第32界 天使たちの凱歌

 〈ラーティティア〉南部に位置する外海との移動連絡用湾港。その波止場のテトラポッドに腰掛けながら、両腰に一振りずつ刀と剣を挿したコート姿の女性、石動琉香は鼻唄混じりにスマートフォンをいじっていた。


「順調に戦ってるみたいだね〜」

「呑気なものだな〈キマリアス〉」

「やめてくれよ〈アモン〉。その名前って、あんまり好みじゃないんだ」


 空間が歪曲し、騎士鎧に身を包んだ人物が現れる。地球を守る〈ワールダー〉の一人、天使の力を身に宿す異能力者。男か女かわからない声なのは騎士鎧のせいだろうか。


「それで? 次は誰が奴等に挑む。加えると、我は回復した。いつでも出れるぞ」

「負けた人間に指図される謂れはないよね。黙っててくれないかなぁ」

「ぐっ、貴様ァ…」

「その辺にしておきなよー、二人とも」


 再び空間が裂けて、学生服の少女、友里が姿を見せる。手にはソフトクリームを握っていて、〈ラーティティア〉内で遊んでいたらしい。


「お帰り、幼馴染み君。収穫はあった?」

「変わらず、琉香さんは名前で呼んでくれないんだからー。うん、やっぱりカズくんはみたい」

「そうか。まぁ、そうだろうと思ったさ。学園で戦った時も、何も分かってなさそうだったからねぇ」


 一つ。


 琉香には不思議なことがある。〈ワールダー〉と呼ばれる存在は同じ規格にない。誰でも成り得る。だから、馬鹿弟子新辰一真が実は〈ワールダー〉であっても驚かない。それが理由であの白剣を操れているのだとすれば、何の問題もない。けれど。


「おかしいんだよねぇ。あの時、彼の力はあそこになかった…。それは確認できた」

「カズくんの力が弱すぎたんじゃないの? だから、琉香さんに感知できなかったとか」



 そんなはずはない。自分の異能は、他人が大なり小なり持つ力に気付き、そこに干渉できる物だ。ゆえに馬鹿弟子が戦ってる間に、なんの力も検出できていないのは明らかに異常だった。


「まあ、今は置いておこうか。それより次は、〈ハーゲンティ〉に行ってもらうとするよ」

「え、あの子に? 大丈夫かなぁ」


 首を傾げる友里。神妙な顔つきだが、口元に付いたソフトクリームで台無しだ。


「おいおい、堅物の〈アモン〉や、狂戦士バーサーカーの君に比べるとまだマシだと思うよ?」

「ひどいー。そんなことないよぉー」

「貴様ら。気付いてるのかそうでないのか、はっきりしろ」


 〈アモン〉がナイトランスを構えつつ、僅かばかりの緊張感を孕んだ声を掛ける。当然と言わんばかりに、友里はソフトクリームを平らげるとボウガンを両手に携える。流香も柄に手を置き、フランクな声音で呼びかけた。


「出てきたまえよ、三流の兵士諸君」

「……まったく。鼻が効く、というのは困ったものよな」


 波止場を埋め尽くしたのは、大量の機械人形。個々が強力な武装で固められており、それを指揮しているのはここの小隊を司る一握りの兵士だ。

 その中でも一際目立つ軍服を着ている髭面の男が前に進み出る。彼自身も、半身に鋼鉄のアーマーを装着しており、戦う準備は万全といった様子だ。


「少佐。何しに来たのかな」

「いや、なに。外敵と内敵にと、我々も忙しくてね。投降しないか石動君」

「冗談だろう。滅ぶべきはそちらじゃあないかな、少佐。この世界はもう変革に向けて漕ぎ出しているんだ。旧時代の君たちはもう要らないんだよ」

「言い残す言葉は、それだけか。それなら――、実力を行使させてもらおう」


 機械人形が一斉に銃火器を、琉香たち三人に向ける。トリガーが今にも引き絞られんと駆動を始めた瞬間。


「ハッハァ! でくの坊が揃っておりますなぁ!!」

「この声は…」

「あちゃー、来ちゃったかあ」


 急に響き渡った声に引きずられるように、港湾部だけあって周囲に無造作に積み上げられていた鉄骨が、ガコン!と浮き上がる。機械人形に載せられたAIが判断する暇もない一寸のときを翔けて、密集していた場所の中央に降り注いだ。

 けたたましい衝突音と白煙の後に残っていたのは、難を逃れた数体と部隊の人間のみ。戦力が大幅に削れた様を見て、少佐と呼ばれた男の顔が引きつる。


「なっ、なにぃ?」

「失敬失敬! 吾輩は朽木隼牛くちきじゅんご、19歳。与えられし天命は〈ハーゲンティ〉!! 悪の匂いを嗅ぎつけ、ただいま参上ォ!」

「うんうん、ナイスタイミングだよ。〈ハーゲンティ〉」


 大声で名乗りを上げた少女が、背の白翼を震わせながら着地した。まぶしいほどの金髪が目を引くが、それ以上に気になるのは、彼女が背負っている匣である。

 その立方体型の匣には、シジルという、古い力のある幾何学模様が刻まれているが、〈ハーゲンティ〉こと隼牛はそんなことは知らない。


 けれど、知らなくても使えるのが技術であり、技法。シジルを構成するラインに光がともり、能力が発現する。


「――― 乱れ輝きませい、黄金錬拳ゴルドパンツァー!!!」

「迎え撃て、機械兵メカソル。捻りつぶせ!」


 単騎で突撃する隼牛に向かって機械の兵士たちが殺到する。鋼すら易々と断ち切る振動ブレードを振りかざし、容赦なく目標を消さんと攻撃する。


「けれど、吾輩には効かないのでありますよ。この拳の前では!」


 振動ブレードは隼牛に傷一つ付けることができずに、その刃ごと "黄金" の拳に殴り壊された。紙切れのように引きちぎれた機体を顧みすらせずに、少女の躰が跳ねる。


 演舞のように踏み込み、身を引き、引き絞られた肩と腕がパンチの軌道を描く。どれだけ殴っても隼牛の拳が痛むことはない。彼女の腕は肘のあたりまでが黄金に包まれているからだ。肌の上に展開されているのではなく、皮膚、筋肉、骨、細胞の一片に至るまでが文字通りの“黄金”へとすり替わっている。


「いつ見ても、不思議だよね。あの子の能力」

「そうだねぇ。〈ハーゲンティ〉の錬金術は、まさに僕らに相応しい埒外の力だ。そして、それだけではないのが怖いところでもある」


 みるみる数を減らす機械兵だったが、少佐は焦る様子もなく、懐から取り出した端末に何かのコードを打ち込んだ。それは合図。周囲に点々とする倉庫内に仕込まれ伏せられた、――――


「動き出せ、機械兵メカソル〈ギガンティス〉。目標は、目障りな天使共だ!」

「おぉ?」


 トタン屋根を突き破って這い出てきた三体の異形。輸送機だったはずのそれらが引き合い、合体する。映画のCGかと思うような滑らかな動きで連結した輸送機は、遥か高みから地上を見下ろす鋼の龍と化した。


「こいつは拠点制圧用の機械兵だ。いくら天使といえど勝てまい?」

「ガラクタは束になっても、所詮ガラクタでありますからして!!」


 馬鹿にされて勘に触ったのか (AIにそんな感覚があるかはわからないが)、内蔵された銃器が一斉に火を噴く。

 レーザー、マシンガン、ミサイル、ボム。シューティングゲームのボス並みの弾幕が隼牛ハーゲンティの前を塞ぐ。


 しかし問題ない。


「あらゆる金属が我輩の僕であります! ゆえに、これぞ黄金錬世ゴルドクリエイター!!」


 匣に刻まれたシジルが一際強く光を放ち、隼牛の周り全体が琥珀色に染まる。まず初めに弾丸が、次にミサイル、そしてレーザーを放つのに用いられた微細な金属粒子までもが一色に呑まれた。

 形作られたのは、細かく連なる "黄金" の枝葉。


「馬鹿な…。あ、ありえん…!!」

「だから言ったのでありますよ。無意味な抵抗はやめて、諦めるであります」

「黙れ黙れ黙れェっ! 異常の力で好き放題に暴れおって…。人間が持つべき当たり前の平和を守るため、裁きの鉄槌をここに下すゥ!」


 少佐の怒りと絶叫に応じてか、〈ギガンティス〉がリミッターを解除して咆哮する。隼牛を押しつぶそうと、尻尾部分の突起がハンマーのように振り上げられる。


 それに対し、隼牛は慌てることなく近くで揺れる "黄金" の枝を右手で撫でた。


「そろそろ閉幕でありますな!」


 匣のシジルが、隼牛の意に続くように唸りを上げる。

 枝葉に封じられたのは金属に類する部分のみで、内にあったはずのエネルギーは健在。そして、隼牛にとって "黄金化" のコントロールは自在。つまり。


「戻りて咲きませ。王権之華ゴルドクラウン!!」

「ッッ」


 炸裂したのは金色の花弁。収束していた運動エネルギーが一気加勢に放たれる。

 時を巻き戻すように駆け巡った金光の奔流が、源をたぐって〈ギガンティス〉の巨体に群がった。

 装甲の強度や弱点、ましてや異能への柔軟性など関係ない。埒外の "黄金" にすべからく貫かれ、内側から盛大に弾けて爛れた。


 溶けた鉄塊となり果て、倉庫群に横転した巨大兵器を見て、少佐の顔からは血の気が完全に失せていた。


「あ、ありえん…。こんな、こんなこと…。あれだけの技術と、金と、時間を、掛けたのだぞ………」

「ハッハッハ。地球の技術では、異界の力には勝てませぬ。それを軍人の方々は、かつて思い知ったのではありませんか。ですから」


 隼牛こと〈ハーゲンティ〉は清々しい笑みで振り返る。友里バルバトス琉香キマリアス槍の騎士アモンと共に、足並み揃わない動きと方角揃った意志で改めて、自らの通り名を掲げる。


 これから来たる戦いへの決意と勝鬨と言わんばかりに。


「―――吾輩たちは世界の守護者、すなわち〈ワールダー〉なのでありますよ」

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