第33界 不完全 or 完全
「何事もなくてよかったですよ~!!」
他グループに分かれていたメンバーが戻ってきて、それぞれの安否が判明し、マイヨ先生は安堵の涙を流していた。俺たちは相変わらず休憩所から動けていないこともあって、新しい情報はありがたかった。
カナミやプテロが槍を持った騎士に襲われたのには、衝撃を隠せなかった。てっきりここに来ている〈ワールダー〉は友里だけと思っていた。彼女の単独行動で、俺が狙われただけだと。
しかし、二人目の天使となると、組織的な先導を行っている誰かがいるとでもいうのだろうか。それも師匠だろうか。
「どうしますの、カズマさん。このままやられっぱなしでいるつもりではないですわよね?」
「そう言われても、友里たちの居場所なんてわからないだろ」
「確かにそうですけれど…」
どこかに拠点があるのだろうか。急に〈ラーティティア〉に現れたのか、計画的にやってきたのか。俺たちがここに文化交流で訪れていると、どこから知った?
嫌な推測に行き当たったな。どこからではなく、誰から、だとすると。内通者がいるっていうのか。
と、ホナタに制服の裾を引っ張られて、思考が中断される。
「カズマ、おかしいぜ。人の数がやけに少ねえ」
「えっ? まあ、平日の昼時だしこんなもんじゃないかな」
「イヤ、そうじゃなくてよ。人の、匂いがしねぇんだよ」
その言葉の意味をホナタに問う時間はなかった。
ガラスが割れる音。雪崩れ込んでくる人間たち、否人間ではない。どれも体のどこかを金に浸食された人形だった。駆動音の鋭さからして、機械の人形。それが幾体も襲い掛かってくる。
「〈ウィアルクス〉!」
「“奉・砲・HOWL”ッ」
「精霊術 “炎舞”!!」
白の斬撃、疾風の拳、紅蓮の弾幕。息の合った異なる攻撃が、機械人形の壁を一瞬で吹き飛ばす。
包囲網を崩して、休憩所から脱出。他の交流会メンバーも各々の能力で避難しているようで安心する。
さて、こんなタイミングで襲ってくる相手の心当たりはひとつしかない。
「またぞろ天使、いや〈ワールダー〉の仕業か…?」
「ご明察でありますよォ!」
「誰だっ」
視界に映った影に辛うじて反応し、〈ウィアルクス〉を頭上に構える。振り下ろされた “黄金” の拳が刀身に激突し、押し負け吹き飛ぶ。
「今度はなんだよ…!」
「おやおや? 貴殿、地球人でありますか?」
綺麗に着地した襲撃者は、不思議そうに首を捻る。目が覚めるような金髪と、背負っている匣が目立つ女の子。少しぶかぶかのコートは動きにくそうだが、身のこなしからして関係なさそうだ。
「だったら、なんだっていうんだよ」
「おかしいですなぁ。地球人が余所者の味方をしていると? そんな不完全、許されないでありますよ!」
「不完全って…」
しゃべりながら突っ込んでくる金髪の少女が繰り出した拳は、まばゆい “黄金” に覆われている。当たれば骨折では済まなさそうな拳を、〈ウィアルクス〉の刃で威力を軽減。横手に回り込みつつ、斬撃を見舞うが。
「効かないでありますよ、裏切り者。なぜなら吾輩は完全でありますからァ!」
「ぐっ」
ガキィン、と硬い音に逆に殴り返されて、大きく後ろに退がる。まただ。師匠や友里と戦った時も薄々わかっていたけれど、能力の無効化ができない。〈ウィアルクス〉の能力は、〈ワールダー〉と相性が悪いのか…!?
「何やってんだ、カズマ!」
「カズマさんから離れなさいな、下郎!!」
『嵐』と『炎』が螺旋を描いて、石畳を削り抉る。以外にも息のあった攻撃を余裕の反応で避けると、襲撃者の少女は "黄金" の波動を放って反撃。そこを好機と、ユイが双銃をトンファーに変えて、アクロバティックな動きで切り込む。
しかし間に合わない。既に、襲撃者の掌に閃光が輝いている。何もないところから突然生まれた金塊が彼我の距離を開ける。
「ちっ、召喚系とは厄介ですわね!」
「そんなお粗末野蛮な技と一緒にするなであります、異世界人!」
矢継ぎ早に空間を喰らっていく金塊に回避を強いられつつ、ユイは弾丸を撃ち続ける。全てが黄金に飲み込まれていく中でも冷静な彼女だが、形勢は不利だ。
「無駄無駄ァ! むむ、そういえば名乗りがまだでありましたな。ごほん。吾輩の名前は
堂々たる名乗りに毒気を抜かれたのか、ユイもホナタも僅かに動きを止める。そりゃあ、ここまで素性の開示に頓着がなければ戸惑いもするだろう。実名まで明かす。〈ハーゲンティ〉というのはコードネームか?
にしても。〈ワールダー〉の操る能力は、ユイたち《エイリアス》からしても相性がよくないように見える。上手く言葉にはできないが、やり方が、法則が違う。異なる世界が混ざり合うことを拒絶するかのように、噛み合わない。
「眼はいいんだよね、君は昔から」
戦い合う俺たちを見下ろす形で、街灯の上に人影が現れる。石動琉香。俺の師匠。右手に刀、左手に剣を携えた状態で、相変わらずの掴めない笑顔を浮かべていた。
「師匠…。やっぱり、あんたの差し金なのか。全部!」
「うるさいって馬鹿弟子君。もちろん僕の仕込みだともさ。君たちがちゃんとこの遊園地に来てくれて嬉しかったよ。でないと、計画が始まらないからね」
計画ってなんのことだよ。どうして
右手の剣をゆっくりと、師匠に対して突きつける。
「ふむ。どういうつもりだい、馬鹿弟子君」
「どうもこうもないさ。いい加減うんざりだ。全部教えてもらうぜ、師匠。俺の知らない全てを!!」
「聞き分けのない子どもだねぇ、君は。いいさ。昔のように遊んであげよう!」
二閃。言い終わるより速い、息をもつかせない寸刻。
防御が間に合ったのは偶然だ。剣圧を抑えきれなくて、真後ろに吹き飛ばされる。姿勢を整えることはできない。振り下ろされる剣と、切り上げられる刀。
「っ、『
「逃がさないよ」
空間を蹴って跳ね、取ろうとした距離はしかしすぐにゼロへと還る。交差する斬撃が手元に剣を構えることを許さない。ダンスのように踊らされている。防がれる度に、力の無効化を使おうとはしている。それでもやはり通らない。
(師匠の力も、無効化できない…!)
「おかしいねぇ。君はやっぱり、なんの力も使っていないようだ」
「え…?」
複雑そうな顔で攻撃の手を急に止めた師匠の言葉に、俺は首をひねる。力を使っていないってどういう意味だ。確かに俺は〈ウィアルクス〉でみんなの力を借りている。けど、それはこの剣の力を使ってできていることじゃないのか?
「なぁにを余所見してるでありますか、裏切者! 〈キマリアス〉殿も、こいつは吾輩の獲物でありますよ!」
「くっ、うっとおしいな…!?」
ホナタとユイを拘束して振り切ってきた〈ハーゲンティ〉が、拳を振り抜きながら怒声を放つ。
〈ウィアルクス〉で真っ向から受け止めて、その黄金の襲撃者と向き合う。よくよく見ると、端正な顔立ちだがまだ年端もいかない少女なのだとわかる。そんな子がここまで戦おうとする理由はなんだ。
「どういうつもりで、異世界人と敵になろうとしてるんだおまえ。何かあったのなら、それを他人の俺がどうこう言えるわけもないけど、争ったって!」
「何を言っているでありますか? そんなことは、彼らが異世界の物というだけで十分なのでありますよ」
「なんだって…?」
小首を傾げる少女の瞳に浮かぶのは、純粋無垢な疑問。なにを当たり前のことをと訝しむ瞳。
「この世界に紛れ込んだ異物。それは在るだけで、完全に対する傷であります。故に、吾輩はその傷を治す。この “黄金” で!!」
「身勝手すぎるだろ、そんなの!」
火花を散らしながら、互いの攻撃がぶつかり合う。剣で弾いた拳の代わりに蹴りが入り、負けじと刃を返して槍に変えて刺し込む。俺の方は致命傷にならない程度の生傷が増えていく一方で、〈ハーゲンティ〉にはダメージがない。全てを “黄金” で受けきることができる能力。分が悪いのは一目瞭然だ。
「ハッハァ! その剣も吾輩の力で完全にしてやるであります。―――
競り合う拳から波動が放たれて、接触している〈ウィアルクス〉が金色に呑まれる。〈ハーゲンティ〉が背負う匣から力が供給され、握っている柄から不快な軋みが上がる。腕に這いずる金の糸は、浸食の証か。
「人間も、体内に金属を保有するもの。このまま “完全” なる金へと変わるであります、“不完全” に味方する裏切者!!」
「ふっ、ざけんなぁあああああああ!!
「!?」
金に呑まれてなお、
ただの
「馬鹿な! 貴殿のそれも、“完全” に連なるとでも!?」
「そんな頭の固い概念なんかじゃない…。これが俺たちの在り方だ。どんな困難があっても、前に向かって生きる。その道がどれだけ不完全で不条理でも! 立ち向かうことを諦めたくない。最高の未来を信じてるからな!」
学園で出会ったみんなは出身世界も抱える事情だってバラバラだ。けど、それは地球でだって同じなはず。絶対の一なんて存在しない。するはずがない。
あるのは、いつだって偶然の連続で。その繋がりこそが、〈ウィアルクス〉の力になってきた。
「御託はそこまででありますよ…。いかな小細工を弄しても、吾輩は倒せないでありますからして!!」
「だったら、試してみろよ。どっちの在り方がより確かなのか!」
言い放つ〈ハーゲンティ〉が、黄金の鉱石を身に纏った巨体となって、天使としての真なる威容を現しても、ちっとも怖くない。なぜなら。
「へっ、テメェだけに戦わせるようなダセー真似させっかよ、カズマ!」
「当然ですわね。燃え盛るなら共に、ですわ」
「私もいます。一緒に跳びましょう、最高の未来へ!」
ホナタ、ユイ、それに動けるところまで回復したルゥ。自分たちもボロボロなのに、三人とも友情の
そのおかげかな。力が、心の底から湧き出てくる。なんだってできる気がする!
四人の意思が重なり合い、始まるのは完全を謳う天使との戦い。
『…終わりであります。不完全なる異物ども!』
「やれるもんなら、やってみろ!!」
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