第78界 神との戦い・後編

[アハハハハ! まだ、ワタシを会長と呼んでくれるダなんて。本当ニ頑なですね、新辰さん]

「だって、お前がこの学園の生徒会長なのは事実だろ。なのに、どうしてみんなを困らせ傷つけるんだよ」


 俺の問いに菊世の姿をした端末は、意外そうな顔をした。変なことは訊いてないと思うけど。


[心底呆れるほどノ、馬鹿が付くほどノお人好しですねエ。それに傲慢が過ぎる。ただ守れば皆が幸せになれるとでも? ただ仲良くしていれば世界がより良くなるとでも? そんな程度の覚悟でアナタはこのワタシを止めようと?]


 語気と共に菊世の放つプレッシャーが増していく。冷徹なシステムと化してなお、彼女のとめどない怒りが伝わってくるかのようだ。


 だけど、俺だって止まってなんかいられない。母さんやホナタ、ユイ、ルゥ、カスミたち学園の仲間達と共に生きる。そんな未来を叶える為に。


「ああ。たとえ中途半端だと笑われようと、俺は最高にご都合主義なハッピーエンドを諦めない。諦めたくない。だから、お前もみんなの所に連れて帰る。抱えている問題をただリセットして終わりになんてさせてたまるかよ」

[なら、やはりもう話スことハありませんネ。アナタを始末します。今、ここで]

「やれるもんならやってみろ!」

[黙りなサい……!]


 突発的に襲いかかってきた根の槍。だがそれを読んでいたかのように前に飛び出したユイが、そのまま吹き飛ばされた。


「ユイ!?」

「っ…、ここは任せましたわカズマさん! そこの頑固女を必ずぶっ飛ばしてくださいまし!」


 そう言い残して、姿が見えないところまで、ユイは根の波に押し流されてしまった。くそ、せめて無事であることを祈るしかできない。


「これでアナタを守ルお仲間はいなくなっテしまった。年貢の納め時ですヨ」

「距離が離れていたって関係ない。俺の胸の中にある絆が全てだ!」

[戯言ヲ!]


 戦いの火蓋は切られる。


 密かに蠢いていた根の槍が放たれるのと、俺が〈ウィアルクス〉の斬撃を叩き込んだのはほぼ同時。


 世界すら呑み込む樹の異能を、あらゆる異能を打ち消す白の光が相殺する。爆発のような衝撃波に抗って、前へ一歩。


[!]


 踏み込む。


兎跳炎舞ラピッド・ブレイズ、“二重斬撃デュアルスラッシュ”!!」


 閃いた白刃が立ち塞がる根の壁を容易く断ち切る。


[ここまデ使いこなせルようになっているトハ……]

「うぉ―――おおおおおおおおお!!」


 畳み掛ける。より速く、より強く、より深く。本来なら届くはずがない、ただの人間の振るう剣が、神の身体に傷を刻んでいく。


[くッ。そちらがその気ナラ、こちらモ使わせてもらいまス。励起、〈獣ノ枝樹ラムス=ベスティア〉]

「!」


 菊世の放つ気配が一層危険度を跳ね上げる。慌てて飛び退いた瞬間、凶悪な鋭さを持つ獣の爪が足元を薙いだ。


 獣の爪は、菊世自身の指先から生えている物だ。


「それは……」

[各世界の力を行使できるノが自分だけトデモ? 今のワタシは神。あらゆる平行銀河を自在に操れる最強のシステムなのでス。こんな風に、ネ!]


 目で追えないほどのスピードで菊世が宙を駆け回る。構えた剣の防御の隙間から、的確に切り裂かれる。左腕、右脇腹、背中、そして右足。四箇所の裂傷から血飛沫が上がる。


「く、そ……、路刻回復スコア・ヒール!」


 コスモスから預かった【SCORE記録】の力で、攻撃を受ける前の状態を呼び出して擬似的な回復を行う。痛みを受けた事実が変わるわけではないから、動きにぎこちなさは出てしまうが傷が消えるだけありがたい。


[そんなコトまで…。ますます不愉快ナ!]

「これはみんなが俺を信じて貸してくれている力だ。この力でお前を止める! 嵐雷激爪ブリッツ・テンペストッ!」

[黙りなさイ! 励起、〈精霊ノ枝樹ラムス=アストラリア〉!]


 俺の放った雷逆巻く疾風と、菊世の操る氷と雷の螺旋がぶつかり合う。戦場を揺るがすほどの威力の衝突に、体を持っていかれそうになる。どうにか甲板に踏ん張って攻撃をいなしたが、腕全体に嫌な痺れが広がる。


 続けて、【CRAFT作成】と【MAGIC魔術】の重ね掛けで魔力弾を発射する砲塔を連続生成。弾幕を張って菊世を牽制し、その合間に艦の横側カタパルトの陰で乱れた息を整える。


「さあて、こっからどう攻めたもんかな」

「なんだい馬鹿息子。一休みしている時間なんてあるのかな?」


 どこからともなく現れた琉香に声を掛けられる。艦の操縦は大丈夫なんだろうか。


「オートパイロットってやつにしているから問題ないさ。それより、珍しく弱気になっているじゃないか」


 当然のように人の思考を読むなし。


「仕方ないだろ。正念場なんだからさ、師しょ…母さん」

「あはは。無理に母さんなんて呼ばなくても良いさ。今まで通りでいい。その、当たり前に普通なところが君の強みなのだからね」


 よくわからないことを言う。だけど励ましてくれているのはわかった。


 返事をしようとして、艦を襲う激しい衝撃に邪魔される。菊世の方も我慢の限界らしい。


「行ってきなさい、馬鹿息子。世界を救うぐらい軽くやってのけて見せると良い」

「呑気に言ってくれるなよ。けど、そう言われちゃ、やるしかないよな!」


 気合を入れ直して、艦の外に戻る。間髪入れずに菊世の攻撃が襲い掛かってくるのを、〈ウィアルクス〉で受け止めいなす。


 鋭利に尖った黒曜の雨が降り注ぐ。【RAPID跳躍】で宙を跳ね回って避けつつ、【SHINING】のエネルギー槍を撃ち返す。


 霊体の手がこちらの動きを封じようと伸びる。【STREAM水流】に乗せて放った【BLAZE】でそれを焼き払う。


[しつこいワ。いい加減ニ倒れナサイ、愚かナル地球人ノ勇者!]

「俺は勇者なんかじゃない!」


 鍔迫り合った姿勢から大きく飛びのき、〈ウィアルクス〉の切っ先を菊世目掛けて構えた。息を整え、力を集中させる。次で決めないと体力がもたない…!


[良いでしょウ。これデ決着ヲ。励起、〈暗黒ノ枝樹〉。其れは世を包む絶縁の帳。滅ぼし、呑み込み、噛み砕く!!]


 菊世を中心として、破滅的な黒の魔力が荒れ狂う。艦の姿勢制御も意味をなさないほどの破壊力で空間そのものを削り取り、滅ぼさんと迫ってくる。まさか、魔神が持っていた能力すら使ってくるとは。


 くそ、どうやってアレをぶん殴る!? 光や焔では足りない。他の能力を重ね掛けても足りるかどうか……。


 “ならば、我ノ力も持って往け”


「……!? 魔神の声…? どうして、いや、今はそんなこといい。今だけでも良い。力を借してくれ、■■!」


 なんと発音したのか、知るはずのない魔神の名を口にする。〈ウィアルクス〉を握る手から熱を感じた。


《OK. Accept. Skill, 『ATERNYXアトラノクス』. Re:load!》


 頭上に掲げた切先から、菊世の操る闇とは違う、全てを優しく包み護るような深く静かに星を内包する闇夜の漆黒が拡がる。


 これこそが本来の魔神の闇。夜を統べる鐘の音が、空間全体に澄み渡る。


「眠れ。万星寝闇エタニティ・ステラナイト

[―――!?]


 暗黒と闇黒がぶつかり合う。しかしそこに破壊的な衝撃はなく、ただ音もなく互いの攻撃を霧散させ、菊世の動きを封じるのみに終わった。


[どう、シテ。なぜ、アナタ、は……]

「終わりだ、生徒会長ッ!」


 一足飛びに懐へ飛び込む。ガントレットに変えた〈ウィアルクス〉を装備した右拳を握り込み、万感の想いを込めて振り抜く。


 ゴンッという鈍い音とともに。


 俺と会長の激しかった殴り合いは、あっさりと決着を迎えたのだった。

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