第77界 神との戦い・中編
「うわぁああああ!?」
十字路の角に位置する八百屋の店主である壮年の男性は悲鳴とともに腰を抜かした。原因は彼を見下ろす異形の怪物だ。天使のような羽を生やしたナメクジのようなバケモノ。店の屋根を掴んで今にも壊してしまいそうな勢いで空から降って来たかと思えば、男性に襲いかかって来たのだ。
擦れた大地をジュウジュウと溶かす粘性の高い触手が店主に伸ばされ、彼の体を溶かすかに思えた。だが。
「させるっ、かよぉおおおおおお!!」
頭上から声。遅れてやってきた一陣の
店主は見た。それを為したのが、獅子のような耳を生やした緑の髪の少女であることを。そして彼は彼女に見覚えがあった。
回数は多くないが、何度か店に野菜を買いに来てくれた子だった。確か異世界の人間で学園に通う学生だったと記憶を呼び起こす。
「あ、ありがとう……。でも、どうしてだい……?」
「どうしてだァ? はっ、簡単だぜ地球人のオッサン。そりゃァ、てめェの野菜が超美味かったからさ」
「は?」
そんな、そんなありふれた簡単で普通な理由で助けに来てくれたのかと、男は瞠目する。どう見ても今は異常事態だ。空の色が変わり、かつて異世界に繋がる穴が開いた時を思わせる現象が起こっている。
それなのにこの少女はそんな理由で自分なんかを助けに? と、店主は再度声を掛けようとするが、さらに上空から降り注いできた怪物に邪魔される。家屋を踏み潰す意思なき存在は、ただただ恐怖を与えるためだけに動いているようであった。
「ちッ、次から次へと湧いて来やがる。オッサン、さっさと逃げな。ここはオレたちが受け持つからよ。なァ、テメェら!?」
呼びかけた先には、大勢の生徒が少女同様に駆け付けていた。そのほぼ全てが少女と同じ獣人だ。みんな目的は一つ。
「親父に昔言われたんだ。民は帰る場所があってこそ生きていけるってなァ。だからこの街のヤツらが帰る日常はオレたちが守る。オッサンは安心して震えてろよな!!」
そう吠えると、髪を更なる深緑の雷に染めて、獅子と虎の混血たる獣人の姫、ホナタ=ネツァク=リオウは覇気に満ちた鬨の声を上げながら仲間たちと怪物の迎撃を開始した。
◯●◯●◯●◯
「学園施設を開放しています。みなさん、こちらへ避難してください!」
「ほらほら、急ぐじゃんねー!」
街の中心部では、ルゥとトリリアの避難誘導の声が響いていた。天から溢れ続ける異形の怪物を蹴散らしながら、逃げ遅れていた市民を学園敷地内のシェルターへ導くための経路を確保する動きは機動力のある二人ならではだ。
だが、いくら素早くとも敵の数が無限ともなれば疲労は蓄積する。トリリアに至ってはファイブからの補給も限界を迎えて魔力が枯渇し始めていた。
「あー、もう! うっとおしいじゃんねっ!」
「もう少しで避難が完了します。あと少し、あと少しだけ―――」
「う、ぁあああああああ!?」
「っ!」
耐え凌ぐ二人を嘲笑うかのように前方に怪物の増援が降り立つ。鋭い爪や牙を持ち、砲身にエネルギーを充填し、凶悪な武具を構える怪物の群れが、背後の民間人を含めたこちらに狙いを定めている。
これはさすがに無理かもしれない。そんな諦めが一瞬だけルゥの心に黒い染みを落とすけれど。
「……諦めないって、決めましたから!!」
迷いを振り切って強く一歩を踏み出す。脚力の全てで大地を掴み、少しでも敵の数を減らそうと全霊で前へ突撃しようとして。
「いい覚悟だねっ、ルゥちゃん!」
直上から叩きつけられた桃色の竜巻が螺旋軌道を描いて、怪物の群れを散り散りに薙ぎ払った。着弾点で巻き起こった爆発がさらに残存している敵を消し飛ばしていく。
「この技は、友里さん!?」
「はいは〜い♪ お待たせだよっ!」
仰ぎ見た先では純白の翼を大きく広げ、両手に巨大な弩を携えたクラスメイトであり一真の幼馴染である、
「呆けるな貴様ら。まだ来るぞ」
別の声。
迫り来る別の群れが、今度は長く伸びた鋼の槍に薙ぎ払われる。それは、鋼鉄の甲冑に身を包んだ
「あなたは?」
「我には構うな。今はただ前を向き、為すべきを為せ異邦人。目の前の物を守りたいのならな」
「…! はい!」
透の言葉にハッとするルゥ。立場は知らないが、その言葉だけで目の前の騎士は信用に足る相手だと彼女は理解した。礼を告げると、ルゥはトリリアと共に激戦区となっている戦場、一真が戦う中心部へ戻っていった。
「ふふっ」
「なんだ。何が言いたい」
「べっつに〜?」
「気色の悪い笑みを浮かべていないで、我らも往くぞ。地球人を守るのは地球人が為すべき務めだ」
その頑なな言い方に苦笑しながら、友里もボウガンを握る手に力を込め直した。ここが正念場なのは間違い。
二人の
◯●◯●◯●◯
主戦場となっている学園上空では、眼下での防衛戦をはるかに凌ぐ勢いの戦闘が繰り広げられていた。
琉香の〈
「ユイ、大丈夫か?」
「もちろんですわ。カズマさんこそ、へばってきているのではなくて?」
「冗談!」
迫りくる怪物二体を〈ウィアルクス〉に纏わせた炎の刃で切り裂きながら、軽口を叩き返す。
背中を守り合う仲間がいるだけでこんなに心強いなんてな。だけど、これこそが俺達が神のシステムにだって勝てると確信できる要因。一つではか細い可能性も強く固く束ねることで世界を変えることができるんだ。
[―――認メヨウ]
「なんだよ急に。俺たちの勝ちを認めてくれるっていうのか?」
[ナラズ。我ガ手勢デハ不十分ナラバ、我自身ガ相手トナロウ]
「なんだと……?」
その言葉と同時に、大気が激しく震え出す。天を覆わんばかりにひしめいていた怪物たちが次々に【
混然一体となって球の形へ練り上げられていく怪物の残骸に、樹の根がさらに巻きつき、次第に変貌していく。
肉塊と根の融合体がメキメキと歪な軋みを上げながら、その密度を圧縮、【
「おい……冗談だろ」
「どうやら、大真面目らしいですわね」
『マズいかなこれは。気を引き締めなおせ、馬鹿息子。あのサイズは厄介だ。それにあの見た目も、ね』
見上げんばかりの巨躯を晒すのみなら、攻略はまだ楽だったろう。
しかし、対象が人型を取り、同等のサイズとなった時、その対処は遥かに難しくなる。それにとても嫌な相手だ。
[フム―――。やはり、コレくらいの方が動きやすいワ]
「会長…………!」
俺たちの前に立ちはだかった異形の人型が、にこりと微笑んだ。俺がよく知っている生徒会長、匂王館菊世の顔で。
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