第79界 希望のカケラが輝く時

 意識を失った菊世の身体をゆっくりと甲板に寝かせる。こちらも知らない内に体力が限界を迎えていたのか、片膝を付いてしまった。上がった息を整えるのには少し時間がかかりそうだ。


「よくやったじゃないか馬鹿息子。さあ、後はあの図体だけの神を壊して、全部終わりに…………そんな、おい、嘘だろう」

「? どうしたんだよ師匠?」

「今すぐにここを離れるよ。このままじゃ、この街の消滅に巻き込まれる!」


 は?


 ◯●◯●◯●◯


 時を同じくして、街の中心部。半壊した街から助け出された市民をシェルターに収容し終えたルゥとトリリア、そしてホナタを始めとした獣人族ベスティアの生徒らが集まっていた。


「怪物共は消えたみたいだけどよ。これって、オレたちが勝ったのか?」

「わかりません。ただ、戦いの音はもう聴こえてきません。ひとまずは安心ではないかと」

「ふぁあ。お腹が空いたじゃんねえ。ちゃっちゃと学園に戻ろうじゃん?」


 ルゥの耳がピコピコと動くのをのんびり眺めつつ、トリリアも欠伸を噛み殺している。戦いが終わったと安心した空気が流れる中、ホナタだけが全身を泡立たせる嫌な気配に唸り声を上げ続けていた。


「みんな無事か!?」


 そんな彼女らの姿を上から確認して、俺は琉香の操るふねから地上へ飛び降りた。どうやらみんな目立った傷もなさそうで、一安心である。


「一真さん、お帰りなさい! ということは……勝ったんですね」

「へっ、おまえならやれるって信じてたぜカズマ。で? このムカムカする雰囲気はなんなんだよ。戦いは終わってねェのか?」


 さすがホナタ。野生の勘が冴え渡っている。


「話は後にして、シェルター内のみんなを師匠の艦に避難させてくれ。残りのシェルターも回って収容したら、今すぐこの街を離れなくちゃいけない」

「どうなってんだよカズマ。敵は倒したんなら、なにから逃げるっつうんだ」

「それについては僕が説明しよう。今は一刻も早く避難しなければね」


 俺に続いて姿を見せた琉香師匠の深刻な顔つきに、みんなも事態のマズさを理解したらしく、避難行動を再開してくれた。


 そんなわけで街のみんなの避難も急ぎ完了させて、俺たちは学園上空へ飛び立つのだった。


 ◯●◯●◯●◯


 十数分後に避難を完了させて飛び上がった〈大祓之宝船おおはらえのたからぶね〉の艦橋に、俺を含めた〈ユニベルシア〉の主要な面々が集合していた。ただ一人、菊世に吹き飛ばされたユイだけがまだ合流できていない。


「さてと。みんなよく集まってくれたね。改めて自己紹介させてくれ。僕は石動琉香。新辰一真の師匠であり、育ての母だよ。いきなりだけれど本題から入ろう。今から三十分ほど後に、【Exygg's=Drasilイグズ・ドラシル】は暴走の末に爆発する。それにより、結界内の全てが対消滅し、この世から消え去る。だからすぐにでも現空域から撤退せねばならないんだ」


 みんなが琉香の説明にどよめく。無理もない。俺だって受け入れ難いんだからな。


「けど、匂王館会長は止めたのに、なぜあの神が暴走を? 機能停止するはずじゃないんですか?」

「もっともな疑問だね、ルゥくん。だが残念ながら、神の機能を無理やり行使した結果、《オービス=ポルタ》が招き寄せた平行銀河のエネルギーが制御を失っているんだ。誰かがあの門を閉じるか、破壊しなければならない」

「だったら、オレたち全員で殴って壊しゃいいじゃねえか」


 ホナタは相変わらず単純明快だ。確かにそれが一番早い。だけど。


「残念だがそれは無理だね。今あの一帯は文字通りの異界と化している。生半可な強さで突入しても、神のシステムに排除される。唯一可能だとすれば……」


 琉香が言葉を区切り、俺の方を見る。ああ、そうだよな。やっぱり、それしかない。


「おいおい、もしや風紀委員サマ一人に突撃させようってのかい? 酷すぎやしないかい」

「そ、そうです! 一真さん一人にそんな重荷は負わせられません!」

「みんなで力を合わせれば、きっとなんとかなるじゃんねっ」


 口々に言うみんなの気持ちは嬉しい。だけど。


「それは無理だ。理由は二つ。俺の〈ウィアルクス〉しか異能を無効にできないってのと、異能を直接持っていない俺しかあの空間には入れないんだ」

「……覚悟決まっちゃってるんだね、カズくん」

「ああ。悪いな、友里」

「ふんだっ」


 そっぽを向く幼馴染みに苦笑して艦橋を出ようとする俺の前に立ちふさがったのは、コウや他のクラスメイトたちだった。


「通してくれ、みんな。俺がやらなくちゃいけないんだ」

「ダメだよ。キミだけを大変な目には合わせられない。ボクたち自身がキミを、友達のことを助けたいんだ」


 コウの真剣な眼差しに嬉しくなる。この学園にやってきてできた大切な友達たち。彼ら彼女らを守りたい。その為なら俺は何度だって戦えると改めて思う。


「青春真っ只中なところ申し訳ない。向こうはもう待つ気はないらしい」

「なんだって?」


 琉香が外を見て眉をしかめた。異界と化した向こう側、神が浮かんでいるエリアから遠目にもこちらの背筋を凍らせるプレッシャーが蠢いた。そしてその障壁から敵が現れる。


「なん、だ。アレ」


 巨大な棺。そう呼べばいいだろうか。大樹の形を取っていたのは菊世が操っていたからというだけで、真の姿はこちらだとでもいうのか。


 杭のような半身を備えた巨棺、魔獣や巨人、精霊、その他様々な種族を司る腕。そして頭と思しき部位には瞳のように輝く《オービス=ポルタ》。


 真下で瘴気に当てられて半壊していく学園に胸が痛むと同時に、その存在の破滅性に背筋が凍る。アレが世界全てに矛先を向けたとしたら―――。


「本格的に世界を終わらせるつもりのようだね、神は。よもやシステム自らが手を下そうとするとは思わなかったが」

「いよいよ時間がないみたいだな。そういうわけだから、俺は行くよ」


 言い返す言葉に詰まるみんなを置いて、甲板へ出る。外気を引き裂いて押し寄せてくる終わりの瘴気はまともに浴び続ければ流石にキツそうだ。


「馬鹿息子。これを持っていきなさい」

「これは?」


 琉香に投げて寄越されたのは黒鉄くろがねの立方体。艶やかな見た目とは裏腹にとてもしっかりとした造りのようだ。なにに使うのかわからないが、師匠が渡してくるってことは役に立つんだろうな。


「ありがとう、師匠。それじゃあ、行ってきます」

「……ああ」

「水臭いですわよ、カズマさん」


 聞き慣れた声。振り向くとそこには、吹き飛ばされていたはずのユイが、ぜーはーと息を荒げながら仁王立ちしていた。慌てて駆けつけてくれたのだろうか。


「よかった。無事だったんだな」

「あの程度、当たり前ですわ。それよりもいよいよ決戦ですわね? わたくしもお供いたしますわよ」


 やっぱり、ユイもそう言ってくれるのか。


「いや、これは俺じゃないと駄目なんだ。みんなを危険な目には合わせられないよ」

「馬鹿ですわねえ。そんな事はわたくし達も同じ気持ちですのよ? ねえ、皆さん」

「みんな……」


 ユイの後ろから、ルゥ、ホナタ、カスミ、トリリアとコウ、テッサリアやファイブ、それに学園の生徒たちがみんな揃って甲板へ出てくる。


「なんと言われても付いていきますわよ。カズマさんは頼れる方ですが、それと同時に肩を並べる仲間でもあります。ならば、貴方が困っている時は共に行きますわよ」


 ユイの眼差しは、いつも通り澄んだ情熱に燃えていて、その瞳はとても綺麗だ。どこまでも自分に正直な彼女らしい。


「火の玉女だけにいい格好させらんねえよ。オレだって、カズマと生きるって決めてんだからよ!」

「お二人とも当たり前のことを言わないでください。わたしも、一真さんや皆さんと一緒に明日を踏み締めたいです」


 ホナタとルゥも揃いも揃って力強い笑みを浮かべながら、ユイに続く。その後ろから同じく当然といった顔つきで笑うカスミも並ぶ。


 四人を皮切りに、学園のみんなが次々に武器を構え、能力を発動させ、甲板を詰め尽くしていく。コウ、トリリア、ファイブ、テッサリア、友里、それに普段は表に出てこない色んな種族の先生たちまでも。


 それは決して俺を心配してとかじゃなくて、一人一人がこの状況を打開するために取った行動だった。生まれも年齢も、世界や種族すら違う俺たちだけど。そんな俺たちだからこそ、今まさに一丸となっていた。


「……あぁ、そうかよわかったよ! だったら、俺たちの手で世界の滅亡なんてひっくり返してやろうぜ!!」

「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 まだ見ぬ明日を勝ち取るために、終末を乗り越えるために、俺とみんなの想いが空に響き渡った希望のカケラが輝いた


 地球と数多の平行銀河の運命を決める戦いは、ここに最終局面を迎える。

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平行銀河の風紀委員 藤平クレハル @Ikali7744

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