第13界 決着、そして覚醒する紅

 その剣は白を基調としつつも、柄から切っ先にかけて虹色のラインが輝いていた。ずっとただの白い剣だと認識していたはずなのに、名が存在する今は明確にフォルムを見てとることができる。

 刃渡りが片腕ほどあり、峰も刃同様の鋭さを帯びている。柄には結晶がはめ込まれており、機械的かつ生物的、そんな複雑な形状をしていた。


「これが俺の剣、《ウィアルクス》…」

「どこまでも邪魔をするかっ、地球人アースマンンンンンンンン! その武器を手にして強くなったつもりかぁ!?」

「別にそういうのじゃないさ。ただ俺は、強くないといけないってだけだ!」

「ほざくなよっ、――精霊術 "光天ひてん" ・ティーニ!!」


 迫る『光』の障壁。数は三。俺を囲い込むように。だが、既に準備はできている。


「スキル、『跳躍』。躍光一閃ラピッド・スラッシュ!」

《accept. SKILL, 『RAPID』》


 《ウィアルクス》を、跳ねるように振り抜く。涼やかな一本線を描いて、眼前の壁が消し飛ぶ。光速という概念を司る剣撃の前には、『光』程度では意味をなし得ない。


「な、にぃ!?」

「終わりか? なら、次はこっちの番だ。スキル、ツインアクセス!」

《accept. SKILL UNION,『TEMPEST RAPID』》


 名を取り戻した剣が、自らの真の使い方を示す。いつも無意識に発動させていた、複数の能力を融合させる ”力”。バラバラだったそれらが、より高次の純度で一つに纏まり、連なり、大きなうねりへ変わる。刃に宿って、まるでチェーンソーが如き切断力を得る。


「こけおどしを!」

「どうかな!」


 錫杖を振りかざして、光球を矢のように射ってくるアルフレッド目掛けて走る。尽くを弾き落とし、剣の間合いへ。全力で振り抜く。瞬間的な加速の中で踏み込んだ足を大地に沈め、腰だめに構えた一閃を抜きはらう。

 錫杖による防御の上から、アルフレッドを袈裟懸けに叩き斬る。しかし、血飛沫などは上がらない。例えるなら、霞に触れたような手ごたえだ。これは。


「分身…?」

「ふははははははは! この僕が、こぉんな最前線で自ら動くとでも? 残像さ。貴様の相手など残像で事足りるッ」


 アルフレッドの言葉通り、無数の似姿が辺りを埋める。『光』の精霊らしい、厄介な能力だが、なんということはない。本物が分身の中にいないならやりようはある。光の反射による、ホログラムのような技だとすれば。


「蹴散らせ、刃嵐舞踏テンペスト・ブレイダンス!!」


 くるりと一回転。

 地面と水平に弧を描く刃が、広範囲を薙ぎ払う斬撃の竜巻を生み出す。下卑た笑顔を張り付かせた分身を切り刻み、光源からシャットアウト。何をさせることもなく消し飛ばした。


「ば、馬鹿な、ぅぐぁ!?」


 衝撃をもろに受けたのか、どこかに隠れていたらしい本物が地面に落下し、バウンドして吹き飛んだ。

 《ウィアルクス》が発する技は、どうやら相手の能力を無効化するのみならず、相手そのものにも作用するらしい。


 余裕の笑みを失いつつあるアルフレッドだったが、錫杖に寄りかかりよろめきながら、尚も起き上がる。追い詰められた人間が取る行動など限られている。これ以上何かをしでかす前に終わらせなければ。


「えええええい、どいつもこいつもッ。もういい、学園中枢ぐらいは残しておいてやろうと思っていたが、我慢の限界だ。全部何もかも一切合切、ぶっ壊してやる! やれ、アストラ=ベルセ!」


 アルフレッドが暴れっぱなしだった黒の巨人の肩に飛び乗り、錫杖を操って、こちらに方向転換させる。叩き込まれる触腕、一つ一つが直撃が許されない威力を備える。しかし、そこに意思はなく、命じられるままの動作。だからこそ今の俺ならかわせるし、反撃へと繋げられる。


「トリリア! もし聞こえているなら、内側からコウを抑えていてくれ!!」


 声が届いてると信じて、脇目も振らずに突撃。

 触腕を踏み台にジャンプ、巨人の頭上高くへ位置取る。上段に構えた《ウィアルクス》にエネルギーを収束。


 高密度の靄の内部がどうなっているのか判別した剣が、コア部分で眠るコウとトリリアに当たらない軌道へ誘導してくれる。

 これで、全ての道が繋がった。


 巨人とその肩口、アルフレッドの間の抜けた顔目掛けて、《ウィアルクス》の長大な光刃を渾身の力で振り下ろした。


「ひぃっ、?」

「終わりだあああああああああああ!!」

《accept. SKILL UNION full activated, 『ASTRAL BREAKER』》


 天から地へ。青白い光柱が一つ、黒い巨人を丸ごと包み込むように垂直に顕現する。

 物理的なダメージはない。これは心に、精神に、魂にのみ作用する魂の一撃。邪気を祓い清める破魔のつるぎ


 パキィンという細い音を最期に、空回りするCDのようなノイズが止み、黒い巨人の姿が文字通り消滅した。

 不可視の衝撃波を残して、淀み切っていた曇天から、決着の証として光が降り注ぐ。


 瓦礫の山ばかりが散乱する学園内の風景に胸が痛むが、コウを抱き抱えるトリリアを宙に見つけたことで安堵による嘆息が、知らず口から漏れた。アルフレッドは気絶して伸びている。

 早くみんなを介抱しないとだな。あの物騒な保険医の所に運び込めば大丈夫だろう。


「まだ……まだ、ですわ。まだ、終わりではありませんわよ…」


 しかし、これで一件落着なんて絵空事のような願望と嘲笑うように。平穏を取り戻したはずの場の大気が急激に熱されて、真夏日並みの外気を再現する。

 慌てて振り返った先で、紅蓮の『炎』で身を包みなおしたユイが相対していた。


「もう決着はついただろ、ユイ。おまえらの目論見は、俺たちで阻止した。これ以上やれることなんて……」

「勘違い、して、いますわ。わたくし一人でも、引き起こせますのよ、アストラ=ベルセは…!」


 言葉は現実へ。ユイの身体が漆黒に堕ち、鳴り止んでいたはずの不協和音を再奏し始める。反転した色相を纏った少女の両手に銃が握られ、忌姿いみすがたが完成した。


 拘束具に全身を縛られている出で立ちからは、暴走というより自制・抑圧といった印象を受ける。そして鮮やかな紅色だった髪と瞳は等しく、澱んだ黑に塗り潰されていた。

 だというのに、驚いたことに、やはりそこに佇んでいたのは ”紅” の少女と言わざるを得ない。少なくとも、一真の目にはそう映った。


 地獄すら生温い、喰煉ぐれんなる ”紅” を衣としていても、彼にとって大切なクラスメイトだった。そう思えたから。


「さぁ…最終ラウンドですわよ。始めましょう、新辰一真。わたくしの願いと、あなたの信念。どちらが上か、勝負ですわ!!」


 胸襟を開いて話し合うための、あと一合。ああ、望むところだ。とことん相手になってやる。これが、あいつなりのけじめであり、 "話し合う" 方法だっていうんなら。




 誰が合図するのでもなく、示し合わせたように。自然な、当然のようなタイミングで、白虹と黑紅の、正真正銘最後の戦いの火蓋が切られた。

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