第12界 白き軌跡の光/Vサイン
爆発、そして爆発。引鉄が押し込まれる度に、高密度の熱線が着弾点を焼く。
「精霊術 "
炎の
撃たれた右足には鈍痛が残る。的確に利き足を潰されたおかげで、動きが鈍い。ルゥとホナタは、倒れて起き上がる気配はなし。俺一人でやるしかない。
(けど、勝機はある…!)
一発、二発、三発…。戦闘が始まってから、数えて六発目、左右合わせて十二発目の弾を吐き出した、そのタイミング。『跳躍』と『嵐』の重ね技で、ユイの懐に飛び込む。
「
「それは、知っていますわ」
「ッ」
悪寒が背筋をなぞる。剣先が後少しで届くところで、慌てて虚空を蹴って直角に曲がる。その一撫でで充分、ユイの周囲が揺らめいたかと思えば、数本の火柱が出現した。
酸素を全て舐め尽くすと言わんばかりに燃えるそれらは、直撃でなくとも人一人の体を吹き飛ばすには足りる威力。
空気の壁を作ることで緩和するが、吸った息が肺を焼く痛みと共に、せっかく詰めた距離がリセットされた。
「か、はっ」
「近接戦の準備をしていないとでも? 甘いですわね、新辰一真。その程度の力で、何を守るというのかしら」
強力な銃撃と、堅牢な反応装甲。おまえは戦車かとツッコみたい。打開策を考える間も与えられず、追撃の弾丸がまた降り注ぐ。
再び足を止めての防戦を余儀なくされながらも、剣を、言葉を届かせる策を考え続ける。
「どうして…そこまで、必死になるのかしら。地球人でしかないあなたに、誰が守ってくれ、救ってくれと頼んだの? 身分不相応でしてよ」
「頼まれたから戦うわけじゃない…。これは、俺がやりたいからやってるだけだ!」
「そういえば諦めたくない、と言っていましたわね。ですが、ここで引き下がっても、誰も文句はないでしょう。それに《オービスポルタ》の開放は全世界の悲願ですのよ」
聴き慣れない単語が出て来たな。オービスポルタ…? 開放とも言った。この騒動でそれを起こせるってことか。
再度銃撃が止むが、あのトラップのような防御を崩さなければ、もう迂闊に突撃はできない。
「はぁ…《オービスポルタ》のことを知らないなんて、本当に無知で愚かですわね地球人は」
「む。そりゃ、俺は馬鹿だけどな。一々、主語がでかいんだよ、おまえらも!!」
「はぁ!? バラバラに生きる、不完全な地球人と同様に扱わないでくださいな。わたくし達は皆母上と繋がっていますのよ! その意思、その願いは、全員の! ……っ」
口喧嘩がしたいわけじゃないのに、どうしてもカチンときてしまい、売り言葉に買い言葉。互いに良くも悪くも緊張感を失ってきているのかもしれない。
世界の命運を賭けた大きな話じゃなく、友人とのたわいも無い喧嘩のように。
わざわざ応じてくれるユイに、やっぱり人の良さを感じる。中庭での一件といい、ただの私怨や命令で事件を起こすようにはやはり見えない。
一真はユイに向かって歩みを進める。ちゃんと話し合いたいと示すように。しかし、紅の精霊は、銃に弾を込め直すと再度拒絶の姿勢を見せる。だが止まらない。止まれない。
「一つ聞かせてくれ、ユイ。母上の意思っていうのは、お前自身の本心なのか?」
「………関係ありませんわ。言ったでしょう、わたくし達は繋がっていると」
「いいや、あるさ。だって、今ここにいるおまえは紛れもなく鞠灯ユイだろ。なら、おまえ自身の声を教えてくれよ」
「たかだか数ヶ月の付き合いであるあなたに、そこまでする義理がありまして?」
「だって、ユイはいいやつだって信じてるからな」
目をぱちくりと瞬かせるユイ。そして呆れたような、怒ったような、あるいは照れたような真っ赤な顔で、構えていた銃口を僅かに下にした。
「地球人はやっぱり馬鹿ですけど、あなたは特段の大馬鹿ものですわね…!」
「だから馬鹿馬鹿言うな!?」
雰囲気が和らぎ、最初の剣呑さが薄れたユイを見て、少し安心する。今なら、事情を聞いて、一緒に解決することだって可能かもしれない。甘いと言われそうな考えだが、希望が見えたと、声を掛けようとして。
バシュウッ
何かがキラリと光った。腹部に焼けるような痛み、否、事実焼け焦げた肌の感触と、血の据えた匂い。突然の事で堪らずに姿勢を崩す。どうにか片膝を地面につき、何が起きたのかとユイの方を見やった。
「ぅ……あ…?」
「ユイ!!」
ユイの腹部から、豪奢な衣装を彼女の柔肌ごと貫いて、金の錫杖が飛び出していた。
彼女の背後で嫌らしい笑みを浮かべる男の顔には見覚えがある。あれは確か、以前ユイと口論していた…!
「黄陽、アルフレッド…!!」
「おや、下等な猿でも僕の名前を覚えていたか。褒めてやるぞ。まったく、念の為と来てみれば、地球人なんかにほだされちゃって。これだから分家はダメだねぇ」
勝手なセリフを吐きながら、金髪の青年、高等部に所属する生徒であるアルフレッドが錫杖を振り回した。
突き刺されていたユイの体が宙を舞い、俺の側に力なく落ちる。朱に染まる瓦礫の原を前に、何が起きたのか徐々に理解して、拳を握りしめた。
「仲間じゃ、ないのかよ!」
「はぁ? 僕ら精霊族にとって、それぞれの位階こそが絶対。中級のこいつが僕の役に立つのは当然なのさ。いい働きだったよぉ」
「ふざけんな…! そいつには、そいつなりの気持ちがあってこんなことしたんだ。それを横から掻っ攫ってドヤ顔とか、何様だおまえ…!」
一真の剣幕もどこ吹く風と、アルフレッドは錫杖を黒い巨人に突き立てた。苦悶の声を上げて、暴走状態の
「さぁーて、宴の前に邪魔者は処理しないとねぇ。…精霊術 "
錫杖が終わりを告げる。数度鳴らす毎に、高密度の『光』が空を隠す。一真、ユイ、ルゥ、ホナタの四人全員を押し潰せるだけの面積を覆うように展開された。
震える手足で、三人を守ろうと剣を構える。だが力が入らず、視界も霞む。右手に構えた剣だけが、妙な熱を孕んで掌に吸い付く。脳裏に火花が散り、何かを思い出しそうになる。ダメだ意識が…。
「しっかりしろや、カズマッッッ」
背後で炸裂した力が、薄れた意識を引っ叩く。
触れる物全てを引き千切らんと猛り狂う『嵐』、そこに混じる純烈なる緑の『雷』。四つん這いになって力を溜めるホナタの全身全霊があった。
止める間もなくいつもより速く、強く飛び出したホナタがすれ違う寸前、俺に向かって振り向く。
そこには笑顔と、――――カッコいいピースサインがあった。
友達の証であり、勝利を願い、託すためのサインでもある。Vサイン。この学園でできた友、緑の少女の魅せた緑閃が、『光』の天板を粉々に打ち砕く。
散らばる破片の合間から大地にダイブしていくホナタ、怒りに顔を引きつらせるアルフレッド。その全てがスローモーションで過ぎていく中、一つの "名前" を思い出した。
「こんのぉ、獣風情がぁあああ!!!!!」
再度展開された『光』の障壁が一切を壊そうと迫り来る。けれど、届かない。
脳裏に浮かんだ名を白剣に与え、天に掲げる。その一振りが障壁を切り裂いた。
「な、なぜだっ!」
「『光』の精霊のくせに、そんな事もわからないのかよ」
「なんなんだ貴様ぁ…何者だというんだ!」
純白の中に虹が宿り、確かな形を得て覚醒した剣、《ウィアルクス》を右手に携え、俺は痛む体を叱咤して、もう一度その場に立ち上がった。
この世界を、学園を、みんなを守るという誓いを新たに。
俺は。
「この学園の、風紀委員だ!」
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