第11界 昏き怒りの『炎』

 学園中枢に位置する生徒会室。

 生徒会長・匂王館菊世は、窓の外で起きている異常事態を優雅に眺めていた。何か対策を取るでもなく、まるでこうなることを知っていたかのようだ。


「姉さん、今度はここからどうするつもりだ?」

「そうねぇ。ひとまず、あの『剣』が目覚めない限り道はないのだから、そこからかしら。その為に、あの魔女も巻き込んだのだものね」

「ならば、俺は一応の準備をしておこう」


 お願いね、と最愛の弟に頷きを返し、菊世はここではない遠くを想い、愉悦の笑みを浮かべた。計画が上手くいきますように。




 ◯●◯●◯●◯


 学園北東部の魔族専用エリアで、断続的な悲鳴が上がっては消えていた。

 突如として出現した黒い靄の巨人によって、混乱の渦に叩き落とされた生徒達が、脱出を試みて失敗し、闇に呑まれる。


 そんな阿鼻叫喚の地獄、その中心部に近い、倒壊した観客席の残骸に横たわっていた俺は、重い目蓋を持ち上げた。


 軽い負傷はあるものの、手足は動く。顔を上げると、黒い巨人がいまだに暴れているらしく、地響きと爆発音が聴こえてきた。


「くそ、なんとかしないと」

「無理じゃんね。もう…は止まれないじゃんよ」


 瓦礫の上から立ちはだかったのは、俺を見下ろすトリリアだ。手にした『杖』も狙いを俺に定めている。協力してくれる雰囲気じゃなさそうだな…。


「……コウのことか?」

「見ちゃったかぁ。うん、アレはコウじゃんよ。肉体に収まらなかった精霊体が暴走した結果起こる現象…、アストラ=ベルセ。こうなる前にデータを集めたかったんだけど…」


 悲しげなトリリアの頬を、つぅと涙が伝う。後悔と、危険な覚悟の色が、瞳の中に揺らめいていた。


「学園のみんなを襲ってたのは、そのためだったわけか」

「そう」

「コウはその事を?」

「知るわけないじゃんよ。彼はすんごく優しいんだから。そんな事許してくれないじゃん。だからこれはあーしの独断、コウを助けるために…。でも、もう無駄」


 そんな事を話している間にも、巨人、コウが変貌した怪物は暴れ続けている。苦しむような咆哮を上げている。残されている時間は少ないのは明らかだ。


「止めないと」

「あひゃひゃ、カズマっちじゃあ、無理だよ。誰かの力をマネすることしかできないアンタじゃあ、どうにもならない」

「だとしても。このままじゃ不味いんじゃないのか、コウも」

「もういいよ…。もう助からないじゃんね。破滅なんて急に訪れるもんじゃん? 大人しく受け入れてよ…」


 虚な表情で嘆く魔女を前に、けれど、俺は決してそれに頷くことはできない。肯くわけにはいかなかった。どんなに破滅的な状況になろうと、諦められない。

 あの日、全てが崩壊した街で立ち上がったのは。例え、何があっても、もう。


「まだ希望の目がある限り、俺は足掻き続ける…!」

「そんな物ないって言ってるじゃんよ」

「なら、お前の力を貸してくれ!」

「!?」


 身勝手だとは思う。もういいと嘆く人間の頬を引っ叩いて、前を向かせるなんてどれだけ傲慢なことか。けど、それでもいい。例え恨まれようと、救いの無い終わりを受け入れるより、誰かと一緒に過ごせる未来を俺は選びたいから。

 

 何もしない内に座り込むなんて、真っ平御免だ。


「……なら、アンタはまず、自分の『剣』の名前を見つけるじゃん。そこからだよ」

「白い剣の?」


 学園に来て出会った相棒。確かにちゃんとした名前を知らない。それでも戦えるからいいと思っていたが、これが全部じゃない…?


「その『剣』は、あーしの予想が正しければ、能力のコピーだけじゃなく、ぁ、うっ……!?」

「トリリア!」


 重要な情報だったはずだが、それを聞き終えることはできなかった。真上から降り注いだ闇が彼女の身体を喰らい、のみならず、こちらにも迫ってくる。反応が間に合わない、だが体を引っ張られるような感覚とともに回避。しかしそれだけで終わらず、地面を突き破って次々に、黒い触腕が這い出てくる。


「大丈夫ですか、新辰さん!」

「なーにやられそうになってんだ、カズマ!」

「ルゥ! ホナタも!」


 俺を掴んで跳ぶのは、間一髪で飛び込んできたルゥとホナタだった。二人とも無事でよかった。さすが、俺と違ってすぐに状況に対応していてくれたらしい。

 一旦触腕をかわし切ると、壊されていなかった校舎の屋上に着地する。


「あの黒いの無茶苦茶だぜ。見境なく生徒を飲み込み続けてやがる!」

「狙いも不明です。止め方も…!」

「それなら、心当たりがある。けど、どうやって止めたらいいかは……」


 トリリアは、俺の『剣』の本来の能力があればみたいなことを言っていたが、あやふやすぎて二人をそれに付き合わせるのは躊躇われる。それなのに、気づけば二人は無言で俺を睨んでいた。


「ど、どうしたんだ二人とも?」

「いいえ新辰さんのことですから、また無茶なこと考えているんだろうなーと」

「テメェ、一人でなんとかするなんて言わねえよな。オレたちを頼れってんだ!」


 ……二人が怒っているのは、そこか。


「悪い。…そうだよな。ああ、全力で手を貸してくれ」

「了解です!」

「そうと決まりゃ、どうすりゃいいか教えろカズマ。オレにできることはなんだよ?」


 わかっていることは少ないが、二人に伝える。黒い巨人がコウであり、精霊体が暴走していること、それを止めるために必要なのは地球人の肉体データだろうということ……。

 と、そこまで説明して、はたと思い付く。やるべきことの簡単さに。


 そのとある作戦を、ルゥとホナタに告げる。二人は絶句しつつも、ひとまずは文句を飲み込み、協力してくれることになった。

 できることは限られている。時間も同じく。だから迷っている暇はない。


 示し合わせた通りに動き始める三人。

 ルゥは巨人の撹乱を、一真とホナタはその隙に目的を果たすために。


 触腕の突撃をかわしながら、瓦礫の山が散乱する学園内を疾走する。

『跳躍』のスキルのおかげで攻撃には当たらないが、いかんせん数が多く、ホナタに倒してもらわなければ前進もままならない。


「だああ、どんだけいんだよ!?」

「さあな! っ、危ないホナタ!」


 圧縮した『嵐』の刃を飛ばし、ホナタの背後に迫る闇を消し飛ばす。おちおちと喋ってる暇もない。

 だが、どうにか黒い巨人の足元にまでは迫った。時折宙から聞こえる打撃音は、ルゥだろう。彼女の脚の速さなら、簡単には捉えられない。しばらくは注意を引き付けてくれるはずだ。


「準備はいいか!?」

「ああ! 頼む!」


 ホナタが腕全体を覆うように風を轟かせて、俺の体を浮かせる。目指すは黒い巨人の内側、恐らくそこにはコウがいる。


 推測通りならば、これで


「残念ですわね。これ以上、あなたの好きにはさせませんわ」


           解決でき…………っ?


 銃撃音。撃鉄が跳ね上がり、回転弾倉リボルバーが紅蓮の火花で以て吠える。膨張した『炎』が、灼熱した弾丸もろとも一本の火線となって、一真の足を撃ち貫いた。出血の暇すらなく、かすかに肉が焼ける匂いと、じわりと骨まで溶かすような痛みが、声にならない苦痛をもたらす。


「カズマっ」


 ぐらりと傾く俺を助けようと、ホナタが肩を貸してくれる。けれど、それすら罠と言わんばかりに、続けて放たれた̠火線が辺り一面を瞬く間に赫く染め尽くす。


「がぁあああああ!」

「ぐ、ホナタ…!」


 瓦礫や鉄骨などの残骸すら焼き払う『炎』の雨。それを成した張本人は、双銃をこちらに突きつけたまま、曇った瞳を向けていた。


 薄褐色の肌に、燃えるような紅い髪。チャイナドレスのような民族衣装に身を包み、巨人の肩に乗って俺たちに敵対しているのは、見間違うはずがないクラスメイト。


「ユイ…!? ど、どうして」


 精霊族アストラリアスの少女、鞠灯ユイは俺の問いに対し、嘲笑うように鼻で笑いながら銃のリロードを行う。


「チェックメイト、ということですわよ。事ここに至った時点であなたに止める術はありませんの。大人しくそこで、広がる怨嗟を眺めていらして?」

「なんでだよ…。最初から、こうするつもりだったのか」

「全ては、母上のため…。所詮地球人にはわかりませんわ。利用されるだけされて、使い捨てられる痛み苦しみ屈辱など!!」


 ユイの感情に呼応して、周囲の炎が勢いを増す。そうでなくても、彼女のとてつもない "怒り" が語気から伝わってくる。同時に、どこか熱に浮かされているような放っておけない危うさも理解できて。


「…少し、落ち着いて話せないか?」

「消えかけのロウソクの分際で偉そうに交渉とは、おめでたいですわね」


 聞く耳は持ってくれないか。仕方がない。どんな事情があるにせよ、今のままだと対等に話すことすらできないのなら。ぶん殴ってでも正気を取り戻させる。


 固く握り締めた剣を構えなおす。


 ユイと向き合うために。過去の覚悟を今に証明するために。

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