第10界 黒き混沌たる靄

 次の日の朝。

 学園北東部に位置する魔族専用の模擬戦フィールドに、体操服代わりのインナーウェア姿の一真とトリリア、観戦しに来たルゥ、ユイ、ホナタ、ファイブの四人が、集まっていた。

 学園祭の準備期間ということもあって、他の人間は見当たらない。


「準備はいいじゃんねー?」

「ああ、始めようぜ!」


 今回はランキング戦形式ではなく、模擬戦という方法らしい。細かなルールが電子端末の画面を走るが、簡単に言えば設定されたライフポイントが0になれば負けらしい。ゲームでよくあるやつだな。

 互いに距離を取って、武器を構える。俺のはいつも通り白い剣。未だ正体不明だが、他人の能力をスキルとしてコピーできるということと、圧倒的な耐久性だけは判明している。


(それだけわかってれば…、戦える!)


 一方、トリリアは武器らしい武器を持っていない。手に細い杖のような物を引っ掛けているだけだ。どうやって戦うんだ?


「さぁーて、来るじゃんねぇ! あーしの可愛い『箒』ちゃんっ!」


 杖が指揮者のように虚空を走る。宙に魔法陣が出現。内側から機械仕掛けの箱が飛び出した。中央の円柱を残して、外装が次々に展開していき、変形するとトリリアの四肢を覆うように装着された。最後に円柱は剣ともライフルともつかないフォルムに変わり、彼女の手の杖と合体する。


 一真は唖然とした。なぜなら、その変身方法や姿はまるで。


「魔法少女ッ…!」

「あひゃひゃ! 違う違ぅ、コレは”魔心少女ましんしょうじょ"、ミヒャーネッシュ=メイデンじゃんね!!」


 脚部のスラスターを蒸かせて空中に浮きながら、トリリアがドヤ顔で言い放つ。メカ少女的なやつだろうか。というか、魔法少女にしか見えないが、なるほど。世界が違うと、こういうのも実用化されてたりするんだなぁ…。


「早速、始めるじゃんよ!」

「おう。来い!」


 気を取り直して剣を構える一真に、トリリアの『杖』が狙いを定める。


 



 模擬戦フィールドの観客席。トリリアの装備を見たファイブが目を輝かせていた。物理的に。いつも通りの無表情のまま、視覚情報を分析していた。


「強力な外装。体内魔力を増幅、解放可能な魔導デバイス。画期的…自世界の兵装と比較…独創的」

「ほーん。んなに強ぇなら、一度オレも手合わせしてみてぇな!」

「というか、あんなのを相手に新辰さん大丈夫でしょうか……」


 好き勝手な会話を繰り広げる三人を横目に、内心でユイは心苦しさに奥歯を噛み締めていた。この状況をが利用しない筈がないという確信があったから。

 しかし、それがわかっていても、何もできない歯がゆさをユイは抑え込む。今は見守ることしかできないのだから。母の期待通りに動かなければ……。


 苦悩するユイの思惑の一方、一真とトリリアの模擬戦は最初の様子見が終わろうとしていた。


 

「そろそろギアを上げていくじゃんよっ!」

「く、…」


 正直言って、トリリアの戦闘能力はかなり高い。ホナタ程の勢いはなくても、確実にダメージを重ねていく堅実な戦法。魔女らしさの面目躍如といったところか。付いていくだけで精一杯である。


 そんな俺の心持ちを知ってか知らずか、トリリアの装着している外装が魔力を駆動させ始める。スラスターと一体化している肩パーツのハッチが、展開する。あのモーションはまさか……?


「爆ぜるじゃん! "ラケーテン=ツァオバークスト"!!」

「やっぱりお約束っ」


 魔力光が瞬き、ハッチの奥から大量のミサイルが具現化。それらが一斉に発射される。


「やりすぎではっ」

「当たっても死なないから大丈夫ぅ。爆発して気絶するだけじゃんね」

「充分やばくないか!?」


 軽く言い返してるようで実のところ、必死に走ってかわさなければマジで危ない。

 これ本当にデータ収集目的か? 下着姿見ちゃったことへの仕返し含まれてない? なんて考えが頭をよぎる。

 仕方がない。こちらも本気でやらせてもらおうか。


「スキル!」

《accept. skill,『TEMPEST』, activate.》

「ひゃっ!?」


 主人である一真の呼びかけにより、白剣が強く輝く。トリリアの周囲に巨大な竜巻が逆巻き、彼女の姿勢を崩した。

 白き剣の内包する能力。何らかの条件を満たすと、《エイリアス》の持つ能力を模倣して使用できる。例えばこのスキルはホナタの持つ『嵐』の力、のはずだ。


 風圧でミサイルを一蹴すると、一気に距離を詰める。剣で狙うのは、外装の動力部。足を奪えば勝機があると踏んでの突撃。

 竜巻を纏った刃を、スラスター部分に挿し込むように突き入れる。激しいスパークとともに爆発を起こして、予想通りトリリアの動きが緩慢になった。


「こんのぉ、やってくれたじゃんね!」

「まだやるか?」

「当然。まだデータが足りないじゃんね。切り裂け、"シュヴェーアト=ツァオバークスト"!」


 煙を上げるスラスターをパージして地面に着地したトリリアの『杖』に魔力が集い、長大な剣に変わる。近接戦だって望むところだと、前に踏み出したタイミング。相棒である剣が電子音声を、短く発した。


《caution.》


 チリィッ、と。全身の肌を焼くような強烈な "圧" 。様々な異能が集まる学園にあっても、異常なまでに濃いプレッシャー。


「っ、トリリア!?」

「ウソ…。あり得ないじゃんね…! だって、まだ、その時間じゃあ…」


 その時間…? これが何か彼女は知っているのだろうか。今もなお、周囲の大気ごと取り込んでいるこの、『黒い靄』の正体を!


「新辰さん、どういうことですか、これ! セクストさんの魔法ですか?」

「いいや、どうやら違うみたいだ…。けど、何か知っているんじゃないかな」


 観客席から駆け寄ってきた心配そうなルゥを落ち着かせて、事情を知っていそうな魔女に目を向ける。ひどく狼狽しているトリリアだが、ぶつぶつと呟きつつ、魔法陣のデータタブを漁っている。こちらに意識を割く余裕がないのか、そのタブに映っているが見えてしまった。

 その意味を確認しようして、しかし間に合わない。


「ゴォアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 この時、屋上など高いところから確認していれば、事の重大さを認識できただろう。模擬戦場どころか、学園の二割を覆うレベルの黒い靄の脅威に。

 禍々しく、耳をつんざくような咆哮とも悲鳴とも判別できない、単純な力のみを孕んだ声。……ソレは、靄の内側から立ち上がると、一真たちを睥睨した。


 太陽の光を遮り、世界を闇に包もうとせんばかりの巨躯。ソレが身動ぎする度に、どこからともなく、空回りするCDが発するような機械音が漏れ出る。耳にしたことがあった。この数ヶ月学園を騒がせていた、そして俺が探していた存在が零していたノイズ音。


「通り魔事件の犯人…!?」

「でも、なんであんな大きさに…」

「わからない。ルゥ、学園のみんなを避難させよう!」

「もう遅ぇ! 今ここでぶっ潰すぞッ!」


 観客席から一直線に飛び出したホナタが、暴風を纏った拳を漆黒の巨人に叩き込む。だが、周囲に漂う靄がその一撃を受け止め、はじき返した。


 初めて遭遇した時と同じだ。物理攻撃は効かないってことか。だとすれば、俺の剣やルゥ、ホナタみたいな戦い方では分が悪い。ユイならどうだろうと、振り返ったが、そこにいるはずの紅のクラスメイトは居なかった。一足先に避難したのだろうか? それならそれでいいが、困った事態に変わりなさそうだ。


「チッ、やべぇな。どうするカズマ!」

「ひとまず、ここから移動させないようにしないと…! あんなのが暴れたら、学園が危なっ————」


 ゾワリと、靄の内側が蠢く。限界まで膨らんだ風船が破裂するように、満たされていたモノが溢れる。鋭い杭のような先端を持つ触腕が無数に放たれ、フィールド外縁部に破壊をまき散らした。

 一拍置いて、発生した衝撃波に押し出された闇の濁流がその場の一切合切を呑み込むのに、そう時間は掛からなかった。

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