第9界 魔女との取引

「で…どうして、こうなった……」


 それは学園祭の六日前、朝早く。いよいよ本番が近いという事で、どのクラスも大いに賑わっている…はずだった。うちのクラス以外は。


 来ているメンバーは、ホナタ、ユイ、ファイブ、マイヨ先生。後手伝いに来てくれたルゥ。以上。


「他のやつどこ行った!?」

「まぁ、所詮こんな物ですわよ。他の世界の人間なんて当てにするからこうなるのだわ。見通しが甘くてよ」

「オイ、火の玉女。さりげなくディスってんじゃねぇぞ」

「あなたには言ってないですわ、この脳筋狼娘」

「落ち着いてください、リオウさん。鞠灯さんも挑発しないでくださいね」


 そこの二人仲が悪かったのか。まぁ、馬合わなさそうだけども。いいや今はそんなことより、出し物の準備をどうするか考えないと。


「そういえば、新辰さん。ここの出し物はなんですか?」

「ふふふ。よくぞ聞いてくれた、ルゥ! クラスX-1の出し物は……『バトルメイド&執事喫茶』だ!」

「……」


 頼むから、なんだそれはって胡散臭そうな顔するなよ。俺だって困ってるんだからさ!


「つまりは、異文化交流を兼ねて、指名した相手に奉仕手合わせしてもらうという催しですわね」

「従者のカッコも面白そうだよなー」


 乗り気のユイとホナタ。貴族や王族の二人なのにと思ったが、だからこそ体験してみたいのかもしれない。奉仕の読み方がおかしかった気がするけど。

 だが、これでは準備ができないまま企画倒れだ。他のクラスメイトの協力がないと絶対間に合わない。


「提案。企画必要最低人数、個体名:マイヨを含めることで残五人に絞る事が可能。現時刻から行動で許容範囲」


 さすがファイブ。計算が早い。


「あと五人…。どこにいるのかもわからないけど、クラスの中から探し出して頼むしかないか…」

「そうと決まれば、行動あるのみですわ。それぞれ手分けして心当たりを。それでよろしいですわね、先生」

「いいですよぉ」


 話をニコニコと聞いていたマイヨ先生も、快く引き受けてくれた。これであとは、今日中に集めるだけだな。


 学園祭期間で授業がないため、毎年、興味がない生徒は自室や各種族のレクリエーションエリアに篭ってしまうのだと先生に教えてもらい、俺とルゥはそちらに向かった。


 目指すのは、魔族のクラスメイト、トリリア=セクストが所有している "工房" と呼ばれる一角。科学とは違い、魔法や魔術が発達した文明を持つ世界の種族らしく、学園の中にプライベートスペースを持つ権限を貰っているらしい。それが "工房" である。要は自分の部屋みたいなものだろうか。


 クラブ棟のような外観の建物に着くと、何やら仄かに甘い匂いが鼻をくすぐる。アロマとか…?


「ここか…。」


 "工房" に辿り着き、ドアをノックしようと戸を叩く。だが、それが間違いだった。

 ギィと軋み、ドアが勝手に開く。鍵が掛かっていなかったらしく、そのまま部屋の内部が丸見えとなってしまった。


「…………」

「…………………?」


 かすかに汗が滲む白いきめ細やかな肌を晒し、グラビアモデル顔負けのスタイルを惜しげもなく披露する下着姿のトリリアがそこにいた。のみならず、その隣にはパジャマのような衣服をはだけさせた少年もいて。


「…お邪魔しましt」

「キャアアアアアアアアアアアア!!?」

「ごふぁ!」


 問答無用で発射された視えないエネルギーに薙ぎ払われて、俺は壁に激突。久々に気を失った。



 …………………ぱちり。


「はっ! 三途の河を渡る夢を見たぜ…」

「そのまま永眠しちゃえば、良かったじゃんね!!」

「最低ですし、変態です」


 うっ、女子二人の目線が冷たい。ちゃんとノックしただろ…。ロックされてなかったのが悪い気もするが、言い出せる雰囲気じゃない。ベッドの上にちょこんと座っている少年は苦笑してくれている。

 さすがに、二人ともちゃんと服を着てくれているようだ。

 よく見ると彼は顔色が悪く、呼吸も少し荒くて体調が悪そうだ。


「大丈夫か?」

「うん…。問題ないよ…。ああ…、名乗りが遅れたね。ぼくは六日りっかコウ…光の精霊族アストラリアスだよ。リアちゃんが、ごめんね…?」


 フワッとパーマ気味のブロンドヘアーに、儚げな美少年という絵に描いたような王子様のようなコウがぺこりとお辞儀をしてくれると、


「大丈夫だぜ。よろしくなコウ! オレは、クラスX-1の新辰一真。こっちは、友達のルゥだ」

「初めまして。よろしくです」

「カズマっち、何普通に会話してるじゃんねー。コウに変態が移るじゃん」


 膨れっ面を隠そうとしないトリリアだったが、よいしょっと立ち上がると、奥からジュースを持ってきてくれた。話を聞くつもりになってくれたらしい。

 とりあえず、現状と要望を話してみた。魔術が使えるトリリアがいてくれると、非常にありがたいんだけどな。


「パスー。パスしまーす」

「即答かよっ。少しでもいいから手を貸してくれないか? 準備の間だけでもいいしさ。このままじゃ間に合わないんだ」

「いつもだったらいーんだけどね。今はダメ。コウの "調整" があるじゃんよ」

「リアちゃん…」


 トリリアとコウには何か事情があるらしく、二人だけにしかわからない雰囲気が漂う。コウの調子が悪いのと関係がありそうだけど…。

 もし困ってる事があるなら、できることはないかと尋ねようとした矢先。


「質問です! お二人は、恋人なんですか?」

「ルゥさーん!? 人のプライバシーは侵害しちゃダメだから!」

「あひゃひゃ、ド直球ー。そうとも言えるし、それだけじゃないとも言えるじゃんね」


 どっちつかずの返答。トリリアはコウに、いい? と許可を取ると、空中にパッと魔法陣のような映像を表示した。ホログラム映像のような技術だろうか、そこには身体機能のステータスみたいな数値が映されていた。

 点滅を繰り返す光の線は弱々しく、何を示すマークにしても不安定そうだ。


「これは、コウの体調ステータス表。んで、この線が彼の身体を構成する精霊子なんだけど、生まれつき肉体との結び付きが弱くってぇ。アタシは『契約』することでサポートしてるじゃんよ。もちろん付き合ってもいるけどっ♪」


 公私を共にするパートナーってことか。さっきの下着姿は、『契約』更新のためのメンテナンス中だったらしい。紛らわしいというか、なんというか…。けど、そういうことなら。


「俺に何か手伝えることはないかな」

「むむっ、見返りに学園祭手伝えってことぉ?」

「それはどっちでも。単純に、二人の手助けをしたいんだ。困ってるやつをほっとけないからさ」

「ふぅん…。あっ、それならぁ、コウの "調整" に必要なデータをキミから取らせて欲しいじゃん?」


 トリリアが言うには、コウの肉体を補強するためのデータを集めているらしく、それには平均的なデータ…メインの骨子となる情報が欠けているらしい。そこで、平々凡々な地球人のデータが欲しいとのことで。

 それくらいならお安い御用だ。


「俺なんかのデータで良ければ、いくらでも! でもどうやって採取するんだ?」


 まさか、みたいな方法じゃあるまいな。


「新辰さん、ヘンなこと想像してませんよね?」

「シテマセンヨ?」

「やっぱ変態じゃん、カズマっち」

「違うわ!」

「まったくもー。運動データが欲しいから、あーしと模擬戦して欲しいだけじゃんよ」


 うっわぁ、またえらく直接的な方法キター…。言い出した手前仕方ない、それで二人が助かるなら。


 急には無理で、トリリアにも準備が必要らしく、翌日の朝方に再び集合する運びとなり、この日は解散した。ルゥにはまた無茶なと呆れられたが、一歩前進したのは間違いない。許して欲しい一真であった。

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