第8界 祭りの前の小さな火種
春が終わり、夏が来る。そうなるとイベントが増えるのはどの世界でも同じらしく、学園全体が慌しさに包まれ始めていた。
「はぁ…」
そんな中、俺だけは軽くため息をついて、教室の窓から空を眺めていた。気持ちが上がらない理由はただ一つ。
春先に発生した通り魔事件を、依然として解決できていないからだ。
何もしていなかった訳ではない。ルゥやホナタ、マイヨ先生などにも手伝ってもらって、情報を集め続けてはいる。生徒会長からも公に、注意喚起を促してもらったりもした。とはいえ、この学園は小・中・高・大に相当する数の学年があって、生徒の数も膨大だから期待はしてなかったのだが。
「だからって、犯人のはの字も出てこないってのはさすがに……」
あの黒いモヤのように、姿形も掴めていない。いい加減、全部投げ出したい衝動にすら駆られる。けれど、被害者は今も少数だが出続けている。放っておけない。
つくづく損な性格だーと項垂れていると、真横に棒立ちのクラスメイトの一人と目が合った。無言でガン見してきている。
「おわ!? どうしたファイブ?」
「アンケート。個体名:アラトキカズマのみ提出を確認不可。至急回答求む」
少女とも少年ともつかない、無機質な顔立ちの
(そういや、そろそろ学園祭があるから、クラスの出し物を決めるとか言ってたっけ)
うっかりしていたと頭をかきながら、用紙に書き込む一真を見つめながら、ファイブも椅子に座り込む。
気になることでもあるのか、無表情に拍車が掛かっている。
「何か俺にまだ用があるの?」
「否定。ただ、地球人に興味があるだけ。観察すればするほど、脆弱なその肉体。散逸しがちな精神。不思議」
ボロクソな評価だな…。確かにダメダメだけどさ。
ファイブのような量子機人は、統制されたネットワーク回路と、破壊されても瞬時に再生する肉体を持つ種族だ。なおさら、地球の人間が弱っちく見えるのかもしれない。
「
「うーん…」
何故と言われても、自分にだってわからない。あの時は夢中で立ち向かっただけで、勝てる見込みがなくても、勝たなければならなかったってだけだ。
ファイブは小首を傾げながら、ひとまず満足したのか席を離れていく。本当に何を考えているのか読めない。
「よっし」
文化祭のアンケート用紙をパパッと埋めて、職員室に持っていく為に教室を出る。
廊下に充満するジメっとした蒸し暑さに、夏の訪れを感じる。窓から身を乗り出してしばし風の涼しさに浸っていると、何やら中庭が騒がしい様子だ。覗いてみれば、数人の生徒同士が言い合いをしていた。仲良く談笑…って雰囲気じゃない。
風紀委員 (仮) という立場としては、一応話だけでも聴きに行った方が良さそうだ。
口論しているグループそれぞれの先頭にいるのは、リーダーらしき男子と女子。後は取り巻き連中が、二人の発言に同調して騒ぎが大きくなってる状態っぽかった。
女子の方に関してはクラスメイトだ。名前は確か、
ホナタとはまた違った意味で目立つ
もう一人の男子は見たことがない。制服の腕章の色は高等部の物だから、中等部の自分とは普段関りがないし、当然か。後光が漏れているということはユイ同様に精霊族のようだ。
にしても、うちのクラスメイトはなんだって上級生と喧嘩してるんだ。
「ですから、何度も言ってますわよね。そちらの従者が先にぶつかってきたのですわ!」
「おいおい、変な因縁をつけるんじゃあないよ。悪いのはその下民だろ? 中級貴族の分際で、目上への礼儀がなってないと見えるなぁ!」
大仰しく喚く高等部生徒のおかげで、なんとなく理解できた。ユイの背後で震えている女の子がいる。彼女が高等部の連中に絡まれて、それに助け舟を出したからこうなっているわけか。ユイとは教室で会話したことはあまりないけど、良いやつだな。
(って、感心してる場合じゃないか)
「ストップ、ストップ!」
言葉だけで収まってはくれそうにないので、騒ぎの渦中に割って入り、生徒会長に押し付けられた風紀委員の印章を双方に突き付けた。こういう時こそ公的権力の使いどころだろ!
「あなたは…」
「ん? 君は噂の地球人くんかな? 何の用だい」
噂になってるんかい。どんな噂やらな。
「何の用って、そりゃ風紀委員ですから。これ以上は危なそうなんで、介入させてもらいましたよ。二人の話を、どこか落ち着いたところで聴かせてもらってもいいですか」
「あはははは! これは貴族社会の問題でね。庶民な上に、異世界のモノに関わって欲しくはないのさ」
お、なんかムカつく言い方だな。今明らかにニュアンスがおかしかっただろ。いや落ち着け、ここは冷静に。
「ここは学園の中だろ。なら学園のルールや秩序がまず優先されるべきだと思うけど、そこんところ大丈夫か、先輩?」
「……貴様も口の利き方がわからないようだな、この下等な猿が!! この僕を誰だと思ってる、十貴族の中でも高位の家の出である
のわー、やっちまった。最近ホナタの喧嘩っ早さが移ってないか、俺。まぁ、大人しく話を聞いてくれる感じでもなかったし、遅かれ早かれだ。
アルフレッドは己の優位を疑わず、高慢な笑みの中に澱んだ怒りを滲ませている。既に金の錫杖を取り出して構え、何をしてくるかわからない不穏さがあった。
「あなたは退がりなさい」
一触即発の空気の中、ユイが立ちふさがった。いつの間にか、彼女の左右の手にも武器が握られている。
どこか近代的なフォルムの拳銃、武骨なソレはマグナムと呼ばれるタイプのようだが、中心にリボルバー式弾倉が埋め込まれている。持ち主の髪色と同じく、日光を反射した四角形の銃身に赫が燃えていた。
「いい加減にしてくださいな、黄陽様。これ以上 "こちら" の邪魔をすれば、ご実家が黙ってはいらっしゃらないのではなくて?」
「………」
二人の間に流れる緊張の内情を知らない一真をよそに、アルフレッドは逡巡しながらも錫杖を収めて取り巻きと共に中庭を後にした。まさに苦虫を噛み潰したような表情からして、よほど癪だったらしい。
「ふぅ…。感謝しますわ、新辰一真。いい加減、あの方に絡まれ過ぎてうんざりしていましたの。これで大人しくなれば良いのですけれど」
「それはいいけど、お前もあんまり挑発するような態度取るなよな。面倒な事になるだけだろ」
「あら、それはあなたもでしょう? なんですの、さっきの啖呵は。とても小気味良かったですわ」
ユイはそう反論すると、クスクスと愉快そうに笑う。
うーん、それを言われると痛いんだよな。とはいえ、一件落着だろう。さて職員室に行かねば。
「お待ちなさい」
「?」
自分から呼び止めて来たくせに、ただ無言で俺を見つめるユイ。いや、視線の先にあるのは、無意識に呼び出していた白剣……?
「……ええ、なんでもありませんわ。学園祭、楽しみですわね」
「おう。いい祭りにしようぜ!」
他に用も無さそうなので別れを告げて、急いで職員室に向かう。ただでさえ広い校内なんだから、早くしないと次の授業に間に合わなくなる!
「……」
駆け足で去る一真の背中を見つめながら、ユイは重い息を吐き、震える手を隠すように腕を組んだ。
「全ては…母上の望みのままに…」
後日。
生徒会の査問を経て、各学年各クラスの出し物がついに決定。いよいよ "祭り" に向けて、学園全体が動き出す。
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