第19界 狙われる一真
武闘祭の会場を後にした俺とは、クラスの出し物のために教室に戻っていた。同じように帰ろうとしていたファイブも一緒だ。そろそろ出番だし、様子も見ておかなくてはクラスメイトに申し訳ない。と思っていたのだが。
「ちょ、今は戻ってきちゃダメじゃんね、カズマっち!」
「へ?」
出迎えてくれたのは、メイド服姿の魔女、トリリアの焦った声。
その理由は、教室が想定外に混み合っていたからだ。そして、誰も彼も手にはチラシを持っている。
そこには『武闘祭の賞品、新辰一真と戦えるチャーンス☆ クラスX-1に来たれ!』と書かれてあった。
「誰だこんなチラシ作ったの!?」
「おい、新辰一真がいたぞ!」
「やばっ」
うっかり大声を出したせいで一斉に客がこっちを見る。皆、好奇に満ちた目をしている。珍獣を見るような目というか。身の危険を感じ、背を向けて逃げ出す。
「追え追えー!」
「どうしてこうなった…!」
「知名度。個体名:アラトキカズマの“活躍”が知れ渡った結果、このレベルの騒ぎへと昇華された模様」
「だから、なんで、そんな話題になってんだよ俺は…!?」
付いてきてくれたファイブと共に廊下を駆け抜けて、曲がり角を一気にターン。追っ手の生徒たちを撒くべく、窓から階下の中庭に飛び降りる。地面に転がって受け身。外に出れば安全、そう思っていた時期が俺にもありました。
「うげぇ」
「反応多数。この状況…、不可解な魔力」
中庭に来た途端、多くの生徒に囲まれる。ファイブの耳元から伸びたアンテナがビビッと反応を示す。俺の目から見ても、この状況の異様さは理解できる。
そこにいた人間全員が虚ろな目でこちらを見る。一糸乱れぬ統率の取れた動きでグルっと回る首は、どこかのホラー映画で見たような光景だ。
何が起きているんだ。そもそも学園祭の真っ最中にこれだけの生徒が集まっていること自体おかしい。
「警告。何かが、来る」
「何か?」
ファイブにしては珍しい漠然とした物言い。間髪入れず、上空から巨大な箱が落ちてくる。いやそれは箱ではなく、棺のような物体だった。ただサイズは桁外れに大きく、中に人が入れそうだ。
「ふぁあ、よく寝たぁ」
「女の子…?」
大棺から出てきたのは五、六歳ぐらいの見た目をした幼女で、巨大な金色のドリルを頭から垂らしている。訂正。その幼女はドリルのような縦髪ロールを揺らして、棺から現れた。着ている制服は《ユニベルシア》の物だから、侵入者というわけではなさそうだが、急に何が始まったというのか。
「あー、いたいた。おまえが地球人ね。こんな時でもないと会えないんだから、まったく。我は上級魔族のテッサリア。おまえを配下に加えに来たわ!」
「配下って。というか、この生徒たちの状態は、まさかお前の仕業なのか?」
「我は皇族よ。森羅万象が、我に支配されるために存在しているの。当然でしょ」
「それで、俺のためにみんなを操ったっていうのかよ」
「ご名答。さぁ、痛い目を見たくなければ配下に加わりなさい!」
溜息しか出ない。どいつもこいつも人を珍獣扱いしやがって。誰かに仕組まれているんじゃないのかと思えてくる。いい加減言葉使いも荒くなろうというものだ。
改めて《エイリアス》もピンキリというか、ホナタやユイ、ルゥなんかがイレギュラーで、本来は地球の常識が通じないやつらだということを忘れかけていた。だからこそ歩み寄りが大事だと思うけど、こういう手合いにはそれも通じないだろう。
「返事がないということは同意でいいのかしら?」
「ふざけるな。さっさとみんなを解放してくれ。でないと、俺も実力を行使させてもらう」
「そんな口答えは求めていないの。力の差を教えてあげないといけないようね。いきなさい、おまえ達。あの地球人を跪かせるのよ! “
テッサリアの能力に従わされているのか、生気を失った学生たちが襲い掛かってくる。誰も彼も能力を発動させているし、危険極まりない。仕方ない。被害が拡大する前に、止めなければ。
加勢してくれようとしたファイブを制して、《ウィアルクス》を抜き放つ。
「そっちがその気なら、風紀委員の権限を執行させてもらうからな」
「はっ、やってみなさいよ」
「言われなくても! 断ち切れ、《ウィアルクス》!」
《accept. SKILL CANCELER, activated.》
狙うのは空間に満ちている『支配』。虚空に向かって剣先を突き付けた。愛剣が、対処法を教えてくれる。
刃が不可視の振動を放ち、空間を“断つ”。他者の
「ちぃ、ムカつくわね。なら、これはどう? ――“
「うっ……」
「ファイブ!」
ファイブの虹彩が赤く染まり、エラー表示のようなものが映り込む。そして気配が希薄になった彼女の左手がガトリング砲に変形し、不吉に回転する。これもテッサリアの仕業か!?
「お仲間を倒せるかしらねぇ。言っておくけれど、これは、その機人の電脳に直接術を掛けているの。さっきみたいにはいかないわよ!」
「どこまでも、好き勝手を…! スキル、
それなら直接本人を諫めようと、テッサリアに向かって真空の刃を放つ。しかし、操られたファイブがそれを掻き消して、反撃にとビームを発射してきた。ギリギリのところで逸らして突っ込む。峰の部分をファイブの鳩尾に当てて気絶を狙うが、見えない障壁に防がれた。ルゥとの戦いでも披露していた防御技か。
何度攻撃を入れても、すべて綺麗に防御される。後ろで高笑いしてる金髪ドリルロールには届かない。くそ、どうしたら。
「どいてください、新辰さん。私が代わりましょう」
「む。我の邪魔をしようだなんて、誰かしら! いい度胸、ね、…?」
「っ」
ソレはいきなり現れた。いや“生えた”。異常に太くしっかりとした樹木の幹。その硬くごわついた木肌がファイブを吹き飛ばし、俺とテッサリアとの間に壁のように生え塞がる。学園に来てから色んな能力を目にしたが、ここまで常識外れな雰囲気の力はなかった。『嵐』や『炎』を呼び出す超能力や、『跳躍』のような身体能力系はまだわかる。けれど、目の前の樹木は、能力の想像がつかない。不可思議と違和感の塊だ。
そんな風に戸惑う俺だったが、ひとまず誰がやったのかはすぐにわかった。樹木の後を追うように、着物姿の美女が中庭にふわっと降りてくる。《ユニベルシア》学園生徒会長の、匂王館菊世だ。
「あら、生徒会長様じゃない。何よ、そこの地球人を庇う義理でもあるの?」
「あるんですよそれが。彼には、まだまだやってもらわないといけない事が山積みですからねぇ。なんせ風紀委員ですから」
「はっ! 全ては我のために在るのよ。そこの地球人もね。だから、我の所有物になるのが当然なのよ!」
うーん、こいつ本当に身勝手なやつだな。いっそ清々しい。人に迷惑をかけて当たり前と思ってるとは、いい性格をしている。
息巻くテッサリアに対して、菊世がどこからか取り出した扇子で顔をパタパタと煽ぎながらひどく冷たい視線を向けると、左手をゆらっと掲げた。
「言葉が理解できないようですねぇ。私は邪魔をするな、と言ったのですよ」
「ひっ」
「……」
直接向けられてない俺でも、はっきりと知覚できる。いつも話している時とは別人のような濃密な殺意。そういえば、この女性はふんわりした雰囲気のようで、この魑魅魍魎の跋扈する学園でトップを張っているのだ。並大抵の人物なわけがない。
「きょ、今日のところはこれで引き下がってあげるわ! でも、いつか我の物にするんだからね!」
「あ、おい待てよ! って、逃げ足の速い…」
「仕方のない子ですねぇ」
最後まで勝手な捨て台詞を吐いて、テッサリアは慌てて飛び去ってしまった。本当何しに来たんだ。まあ、何はともあれ助かった。
「ありがとうございます、生徒会長。せっかくの学園祭で、あんな変なのに絡まれるとは思ってなかったです」
「お礼は無用ですよ。学園の治安維持は、何も風紀委員である貴方だけの仕事ではありませんからね。私も最大限、協力させてもらいますとも」
「助かります。っと、そろそろ教室に戻らないと。じゃあ、また!」
「ええ、また」
アクシデントとはいえ、出し物の出番に穴を空けすぎるのは申し訳ないしな。気を失ったままのファイブのずっしりとした重みを背中に感じながら、急ぎ足になるのだった。
一真を見送る菊世の顔が険しくなり、目が細められる。
「はぁ、厄介な…。他の世界も気づき始めましたか、彼の有用性に」
「姉さんが、いつまでものんびりとしているからだよ。手早く事を進めてしまえばいいのにさ」
いつからそうしていたのか、木陰に佇んでいた匂王館薊未は、やれやれと首を振った。姉の酔狂を咎めるように。
「薊未、それではいけないのよ。言ったでしょう、『物語』が必要なの。『神』が用意したシナリオを書き換えれる程に強力な、『物語』がね」
手遅れになっても知らないぞ、とぼやく弟は放っておいて、菊世は次の計画のために思考を巡らせる。
少年を取り巻く世界は、その歪な歯車を刻一刻と回していく――――
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