第20界 守るべき世界

 初日から色々ありすぎた学園祭一日目が終わりを迎えて、中夜祭。俺はクラスメイト達と一緒に、校庭の一角でキャンプファイアを囲んでいた。みんな執事服やメイド服姿なので、少しシュールだ。

 出し物による軽い模擬戦もこなし、学園内の揉め事も生徒会と協力して解決。正直疲れているけど、こうしてみんなで一緒にワイワイやるのは、やっぱり楽しい。


「ほら、カズマ、この肉ウメェぜ!」

「こちらのケーキが美味しいですわよ、一真さん」

「お、おう。ありがとう…って、取りすぎでは?」


 料理山盛りの皿を手に、恐ろしいスピードで食べ続けるホナタとユイ。たまに思うけど、異世界人は食べる量も地球人とは基準が違うんだろうか。


 ふと周りを見渡すと、ファイブはちゃんと回復したようで、『オイルジュース』と書かれた飲み物を口にしながら、せわしなく歩き回っている。マイヨ先生なんかは裏方で頑張ってくれて疲労がたまっているのか、隅でお酒を煽りつづけている。幽霊なのにお酒飲めるんだ…。


 少し疲れて、皆から離れてベンチに座っていると、上機嫌なトリリアがやって来た。出し物では人気だったらしいから、それが理由だろう。


「へーい、カズマっち。シケた顔してないで、楽しむじゃんねー!」

「ちゃんと楽しんでるよ。…そういえば、昼間は迷惑かけたな、ごめん」

「気にしない気にしなーい。それよりぃ、襲われたそうじゃん。テッサリアお嬢様に」

「む。知り合いなのか?」

「知り合いっつーか有名なんよ、あの。支配欲の塊っつーか? 関わると執念深くて厄介なヤツじゃんねぇ」


 やっぱりロクでもない性格の人間らしい。また狙われるんだろうか。ほんと勘弁してほしい。


「ま、とにかく頑張って。アタシにできることはこれぐらいじゃんよ」

「これは…?」


 懐から取り出されたお守りのような物を、トリリアに渡される。光の粒子が封じられている結晶体で、何かご利益がすごくありそうな見た目をしている。


「コウっちと一緒に完成させた、まぁ、お礼みたいなもん。助けてもらったからね、カズマっちには」

「みんなのおかげだよ。俺だけじゃ駄目だったかも。でも、ありがとな、大事にするよトリリア」

「へへへ、惚れちゃダメじゃんよ? んじゃ、アタシはそろそろ魔族のイベントに行ってくるじゃん!」

「おう、楽しんできて」


 『箒』を装着して飛び去るトリリアに手を振っていると、なぜか顔が少し赤いユイが近づいてきた。熱でもあるのだろうか。流れるように自然な動きで、真横のポジションを取られる。


「どうかしたのか?」

「いえ、特に、用事というわけでは。なんですの。用事がないと話しかけちゃ、駄目ですの?」

「そういうわけじゃないけどさ…。なんか、いつもより絡み方が…」

「口答えは許しませんわよっ」

「へ!?」


(前から距離感が近すぎると思っていたけど、これはさすがに駄目じゃないかなユイさん!)


 いきなり、ユイにぎゅっと抱き付かれ、軽くパニックになる。いつものライトなやつじゃなくて、しっかりと体全体を押し付ける体勢で、柔らかさといい匂いを全身で浴びてしまう。耳元には吐息がかかるくらい近い。どうしてこうなる!?


「だいたい、いつも煮え切らない態度で、結局一真さんはどういうタイプが好みなんですの!?」

「なんでそんな話題にっ」

「ほーらー、答えてくださいな!」

「も、もしかして、酔ってるのか…。お酒なんてなかったはずなのに…?」


 と、テーブルの方に視線をやると、ブランデー入りの紅茶とか見つけてしまった。絶対あれが原因だろ。そして待ってほしい。今まさにその紅茶が入ったカップをホナタがっ。


「あ」

「ひっく。おっしゃ、なーんか、気持ちよくなってきたなァ、オイ! カズマ、手合わせしろや!」


 このバトル好きは酔っぱらっても戦いたがるのかとツッコむ間も無く、いつも以上のテンションで、ホナタにも手を肩に回される。よく引き締まって、熱を含んだ肢体に密着されると、ユイに既に抱き付かれている事もあって、頭が沸騰しそうになる。


「面倒なことになったー…」

「それで、どうなんですの! わたくしと、この狼娘や、あの兎女、あげくは機人であるファイブさんや魔族の小娘までっ。どこまで婦女子に手を出せば気が済むんですの!」

「人を鬼畜外道みたいに言うな!? てか、そんな風に思われてたのショックなんだけども!」

「オイー、遊ぼうぜカズマー」

「うふふ、青春ですねぇ」


 気づけば、騒ぎまくる俺たちをマイヨ先生や他のクラスメイトが、微笑ましいものを見るように笑顔で眺めていた。みんな、他人事だと思って…。

 けれどこれが。これこそが、俺が欲しかった、守りたい日常の光景なんだと、漠然と感じる。種族の壁を越えてみんなと笑いあえる、そんな平和な世界。うん、かなり幸せなのは間違いない。


 それはそうと。だれか、この修羅場から助けてくれ!



 一真の心の中の絶叫が聞き届けられるわけはなく、彼らの賑やかな休息の時間を、キャンプファイヤーがただ煌々と照らし出していた。


 ◯●◯●◯●◯


「なーんてさ、楽しそうにしちゃって。甘々なんだよな、一真君は♪」


 月夜の明かりを受けて薄っすらと影が差す校舎の屋上。巨大な電波塔の真下、柵にもたれて、眼下の、青春ドラマのように楽し気な少年少女を見下ろす女性が一人いた。その人物は異世界人ではなく、あろうことかだった。腰にぶら下げた刀と剣をカチャチャッと鳴らし、モデル顔負けのスレンダーな体型を使って大きく伸びをする。


「ここのセキュリティも甘々。いくらお祭りだからって、ここまで部外者の侵入滞在を許すとは。それとも何か狙いがあって、こんな回りくどいことしてんの?」

「本当に…、どこから忍び込んだのか。勘のいい地球人ね」

「人聞きの悪い。ふむ、この清廉なる気…。だが、神仏の類というには、いささか人間味に溢れた殺意だね」


 月がもたらす影に潜む謎の人影が、静かに女性の後ろに立っていた。身の丈以上のローブを被っており、顔は隠されている。

 手には何も持っていなくても、ローブ下の双眸は、明確な意思を謎の女性に向けていた。


「貴女よね。彼を…、をこの学園に寄こしたのは」

「さて、何のことだかね。僕はただ馬鹿弟子に、友達ができてほしいと願っただけだよん」

「それだけ? 探り合いは無しにしましょう、お師匠さん。貴女は『門』について何を知っているのかしら」

「《オービスポルタ》か…」


 世界を狂わせた元凶。あり得ないはずの幻想を顕現させて、当たり前だった日常を破壊せしめた強大な遺物。

 全てを破壊し、全てを繋ぐ――――。『地球』という一世界の存在意義に関わる物体だということだけは、女性も理解していた。だが、知り得ることを素直にしゃべる必要もない。


「ふはは、本当に難しいことは知らないんだ。けど、僕の目的はシンプルなものだよ。うん、とてもシンプルだ」


 女性は顔を傾けて月夜を見上げ、瞳を見開く。自分の行いは間違っていないのだと微塵も疑っていないその顔を垣間見て、ローブの人影も、さすがに言葉を失う。


 凄絶に壮絶に、けれど爽やかな笑顔を、女性は浮かべていた。


「僕はね、『世界』が欲しい。ただそれだけなんだよ」

「どういう意味? 一体、貴女は……」


 その問いには応えず、女性は屋上をゆっくりと後にした。少ししてから、ローブ姿の人影、――匂王館菊世は緊張の息を吐く。


(とんでもないのにも目を付けられてるわね、新辰さん。アレは、断じて無能力の地球人なんかじゃない。もっと、得体のしれない、おぞましい何か…。警戒はしておきましょう)



 そうして、少年が守ろうする世界の裏側で、密かな邂逅が行われたが、学園祭はまだまだ続く。

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