第21界 できそこないの竜

 学園祭の二~三日目は、一日目と違い、驚くくらい平穏無事に過ぎていった。誰に襲われるわけでもなく、仲間たちとのんびり祭りを楽しむことができていた。うん、これこそ俺が望んでいた学園生活。そう思っていたのに。


「まあ、そう上手くいくことばかりじゃないよな…」

「悪いね、風紀委員サマ。巻き込んじゃったみたいで」


 武闘祭の件でカナミのもとを訪れると、柄の悪い大男が複数人押しかけている現場に出くわした。どうやら、知り合いらしく口論していたところに仲裁に入って、今に至る。


 カナミの砦の応接間再び。この前と違うのは、目の前に大柄な男性が酷く冷めた表情で座っているところだ。大男たちの中でも一際鍛えられた体躯を持っていて、外見はどこかカナミに似ているが、親戚だろうか。こういうのってお腹痛くなるんだよな…。ホナタの親父さんや、ユイのお姉さんと会った時もそうだったけれど。


「で、ウツミ叔父上。どういった用向きなんだい、今日は」

「ふん。無能の分際で偉そうな。貴様がそうして自由でいられるのは、俺のおかげだと忘れたのか?」

「忘れちゃないとも…。もちろんね」

「ふん。何やら地球人の従者まで連れて、青春とやらでも謳歌しているのか? 呑気なことだな」


 何やら高圧的な姿勢だが、身内での問題もあるだろうし部外者は黙っておこう。そう思ってたのに、話のお鉢が回ってきたな。従者って。まあ、他の世界だと、貴族制度が普通のとこもあるし、地球人を見下しているやつらも多いらしい。仕方のないことではあるが、どうにもモヤる。


「彼はそういうんじゃあない、叔父上。風紀委員として、武闘祭に協力してもらっているだけさ」

「まったく、優勝賞品などにしおって。自分だけでは問題を解決できないからといって、そのような者まで使おうとするとは、やはりできそこないだな貴様は」

「っ……」

「おい、あんた。どういう事情があるのか知らないけど、言い過ぎだろ。こいつだって、しっかり自分のやるべきことをやってるんだぞ」

「なに?」


 あ、うっかり口を出してしまった。でも、友達がけなされて黙っているなんて、それもできないしな。案の定、ウツミという男は、こちらを物凄い形相で睨んできてるけど。


「風紀委員サマ、これはこちらの問題なんでね。黙っていてもらえないかい」

「いいや、言わせてもらう。親戚だって言っていいことと、悪いことぐらいあるだろ」

「四代竜王であるこの俺に舐めた口を利くとは…。身の程を教えてやらねばならぬか?」

「やめてくれ、叔父上! お前さんも、変に口を挟まないでおくれ…」


 カナミが机をバンと叩いて立ち上がる。だが、その顔には怒りではなく怯えがあった。その貌を見て、見えない恐怖に縛られているのだと悟ってしまった。けど、だからこそ。


「何があるのか知らないけど、友達がそんな顔をしていて、放っておけるか」

「……いいだろう。そこまで言うのなら、貴様も此度の問題解決に尽力しろ。異論は認めんぞ」

「もちろん、断る理由がないな」


 うーむ、何やら学園祭の裏でまたぞろ事件発生ということだろうか。風紀委員としては、関われるに越したことはない。とはいえ、竜人族が対処している問題ってなんだ…?


「ふん。ならば、詳細はそこの無能に聞け」

「だから、あんたなあ…」


 聞く耳を持たないウツミは、そのまま応接間から出て行ってしまう。まったく、ホナタやユイの親戚みたいに性格のいい人間ばかりってわけでもないんだな。まあ、それは地球でも当たり前なんだけども。


「はぁ…。すまないね、風紀委員サマ。変な話に巻き込んでしまって」

「いいさ。俺の仕事でもありそうな話なんだろ? だったら、協力させてくれよ」

「……助かるね。もっとも、元々巻き込むつもりはあったんだけど…。アンタ、竜人族の特徴って知っているかい? ウチらは、みな竜の『尾』と『翼』を持ち、その大きさや枚数で強さの階級が決められているのさ」

「へぇ、それは知らなかったな。それなら、カナミはどうなんだ?」

「おぅさ、それが今回の件に関係してるんだ。ちょいと失礼するよ」

「!?」


 前触れもなしに、カナミがセーラー服の上着をスルッと脱ぎだす。慌てて目をつむろうとして、別の驚きを得る。竜人族の裸なんて見るのは初めてで、体の所々が綺麗な鱗に覆われていたのも衝撃だけど、それ以上に目を引いたのは。


「翼…? でも…」

「醜くて、しょぼいだろ? これがウチが出来損ないと呼ばれる所以さ」


 カナミの露になった背中の白肌には、控えめで小さい、青く透き通る翼が生えていた。以前授業で習った話だと、竜人の翼は自在に展開することができて、しかもそれはある程度の大きさらしいけど…。なるほど。これがカナミの抱えている問題の一つか。


「翼が完全じゃないっていうのは、何か理由があるのか?」

「さぁてね。医者にもわからんらしいし、ウチにもどうしようもないことなんだ。けど、実家の人間からしたら、ヒドイ欠陥品に見えるだろうね」


 そんなことはないと言い切ることはできなかった。彼女の気持ちや背景を、俺はまだ知らない。だから、言葉ではなく行動で示したいと感じる。肩をかすかに震わせて意気消沈しているカナミに、そっと服を掛けてあげながら、俺は静かに次の言葉を待った。


 数分を掛けて気丈な顔つきを取り戻したカナミは、武闘祭が抱える問題を話し出してくれた。どうやら、ランキング戦に準じたこの大会では、毎年荒らしと呼ばれる集団が参加しているらしく、そいつらへの対処は主催側である巳守家の仕事だそうだ。

 しかし、今年に関しては、未だに対応ができておらず、その荒らし共の狼藉がまかり通っている。それはカナミの力が足りないからだというのが家の意見であり、そして不味いことに、実際に『翼』が未成熟な彼女には言い返す術がない。ということらしかった。


「だからこそ、お前さんを誘ったんだ。賞品としてではなく、この問題の解決を助けてもらおうという思惑からね」

「だったら、始めからそう言ってくれよ。何か話せない訳でもあったのか」

「まあ、そういうこった。今回の荒らしは、どうもきな臭い。ただの《エイリアス》じゃあないのさ」


 ただのもなにも、俺からしたら、みんな不可思議な力を司る超常的存在だ。それはカナミにも当てはまるんだが、それこそ彼女がそう言うなら普通の敵じゃないのか。ただ、それを差し引いても、歯切れの悪さが気になる。


「もしかして、何か隠してないか?」

「おぅ、そりゃ気づいちまうわな…。これに関しちゃ、伏せておきたかったけどねぇ。ま、お前さんも無関係ではないしな」


 おいおい、随分と脅かすような言い方だな。ここまで言われたら、否が応でも警戒してしまう。けれど、そうして身構えた俺の想定も軽く超える言葉が、カナミの口から飛び出した。


「ウチのチームの調べによれば、今回の荒らしの構成員は《エイリアス》だが、裏の首謀者がいる、名前は石動琉香いするぎるか。彼女はどうやら地球人らしいという報告が上がっているのさ。ゆえに学園を狙うテロリストの可能性もある」

「は……?」


 意味が分からない。動悸が激しくなり、眩暈がする。急すぎて、心配そうにカナミがのぞき込んでくるが、それどころじゃない。


 どうして。どうして、ここでその名前が出てくるんだ。絶対にあり得ない。けど地球人だというなら間違いない。でも、なぜ。だって、その名前は。石動琉香は。


 ――――俺の師匠なのに。

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