第22界 乙女たちの想い

 《ユニベルシア》学園祭四日目。祭りも半ばが過ぎ、学生たちのテンションも最高潮を迎えつつある今日、カナミが主催する武闘祭もクライマックスの盛り上がりに向けて、動き出していた。予選の総当たり戦を乗り越えたメンツによるバトルロイヤル、その後に決勝戦が始まるそうだ。


「さぁて、主催者として緊張するのは、こういう時だねぇ」

「そう言う割に、落ち着ているのな」


 昨日の弱弱しさはどこ吹く風で、カナミは、幼い少女のようにわくわくしている。純粋というか、真っ直ぐなやつなんだな。

 一方、俺は重い雰囲気に包まれていた。師匠が何かを企てて、この学園に手を出そうとしているだって。信じられない。あれほど、良くも悪くも中立的な人間は見たことがないのに。いや、そう思いたいだけなのだろうか。答えなんて出ない。


「お前さんも、悩むのはわかるが、今しばらくは目の前に集中しておくれよ。むしろ、この場で事件が起こることを防がにゃならんのだから」

「わかってるよ…」


 ひとまずは、みんなに何かあれば守ろう。もしかしたら、師匠が関わってるっていうのは間違いかもしれないしな…。


 気を取り直してバトルロイヤルの参加者名簿を眺めていると、ルゥやユイ、ホナタらはしっかり勝ち残っているようだった。って、三十数名の名前の中に、テッサリアもいるじゃないか。なんであのワガママ金髪ドリルが。


「ああ、その娘は、急に飛び入りで参加してきてね。あっさりと勝ち残ってしまったのさ。若いってのはいいもんだ」

「ちょっと心配になってきたな…」

「人心を操る能力を持っているらしいね。なに、いざとなれば止めに入ればいいさ。お前さんなら対抗手段があるんじゃないか?」

「あるにはあるけどさ」


 そんな気軽にアテにしないでくれ。ファイブの時みたいに直接洗脳されたら、対抗できない。そんな風に悩んでると、コンコンとドアがノックされる。


「一真さんはいらっしゃいますかしら?」

「え、ユイ?」

「客人かい。ああ、いるよ。入ってきな」

「む、この声は…。失礼しますわ」


 どういう訳か、ユイは部屋に入ってくると、ソファに腰かけもせずに俺の前で仁王立ちになった。なんだ…?


「一真さん!」

「お、おう」

「わたくし、鞠灯もりびユイはここに宣言しますわ! この大会に勝って、あなたを貰い受けると!」

「はい!?」


 何を言い出すのかと思えば、どうしちゃったんだユイ。横で爆笑してるカナミを睨みつつ、自信満々にドヤ顔のユイに困った視線を向ける。


「はぁ。そろそろ、わたくしの好意に気付いてもいい気がしますわよ?」

「いや、それはさすがに、なんとなくわかってるんだけどさ…。どうしてかなって」

「決まってますわよ。あなたが、わたくしと向き合ってくれたからですわ。種族すら違うのに、貴族としてではなく、わたくしを一個の存在として認めてくれた。それがとても嬉しかったのですわ」


 正面からそんな事言われたら、恥ずかしくなるな…。でも、そう言ってもらえるなら、ぶつかり合った甲斐はあったのかもな。相手のことを慮って。逆に手遅れになるなんて、まっぴらごめんだものな。

 気づけば、なぜか、横で聞いてるカナミがすごく複雑そうな表情をしている。ユイは俺からカナミに視線を移すと、優しく微笑んだ。


「ですから…カナミさん」

「なんだい」

「もし悩みがあるのなら、構わず彼に頼るといいですわ。きっと、力になってくれるはずですもの」

「ハードルが上がるなぁ…」

「できますわよね?」


 何も言わず考え込むカナミを一瞥すると、ユイはそれではご機嫌ようと出て行った。この後は自分の戦いがあるというのに、人の心配をする余裕があるのは、なんというか彼女らしい。


 何にせよ、彼女の想いを裏切る事がないように、気合を入れ直す。今の自分を信じてくれる人たちに、向き合わなければ。再び悩む様子のカナミを見て、そう誓いを新たにする。


 ◯●◯●◯●◯


 柄にも無いことを言ってしまったかもしれない。徐々に熱を帯びてきた頬をつまみながら、ユイは廊下を小走りで急いでいた。この後、バトルロイヤルがあるのに、霊体である全身が興奮して落ち着かない。こんなに直情的な性格だったろうか、自分は。


(いえ、本当はこうだったのですわよね…。いつしか、全てに期待せず、諦めて、冷静を気取っていただけですわ)


 だから、もう一度心に火を灯してくれた彼に見てもらいたい。自分という存在の全てを捧げたい。だから、この勝負負けるわけにはいかないのだ。


「お、火の玉女じゃねぇか。なに、ニヤニヤしてんだよ」


 廊下の曲がり角で、ホナタと鉢合わせる。


「あら、狼娘。そういえば、バトルロイヤルにはあなたも参加するんでしたわね」

「当たり前だろ。オレはオレの強さを示して、親父やアイツに認めてもらう。だから、テメェにも勝つぜ」


 そうだった。この女も、彼に惹かれているライバルなのだ、油断できない。けれど、彼女の想いと自分の想いは、また種類が違うのだろう。なればこそ、それぞれと真正面から向き合う一真は、どんな人間とでも仲良くなれるのかもしれない。


「…負けられませんわね。勝つのは、わたくしですわ」

「ハッ、いいねぇ。首を洗って待ってな! テメェの火なんてオレが吹き消すぜ」

「あなたのそよ風ごときで?」


 一瞬二人の強い視線が交差、しかし互いにそれ以上無駄な言葉は発さずに、場を離れる。やはり似たもの同士なのかもしれない。変なところで気が合うようであった。



 そして、そんな二人を柱の影から盗み見ていたルゥは、諦めのため息をついて、ウサ耳をへにょらせた。


「やはり、お二人も新辰さんを…、一番最初に出会ったのは、私なのになぁ…。いえ、うかうかしてはいられません。この大会、必ず優勝しなくては!」

「モテモテだなぁ、あの子」

「だ、誰っ、ですか」


 ルゥが振り返った先。飄々とした雰囲気の女性が、変な笑みを浮かべながら、柱に寄り掛かっている。腰に提げた刀と剣からは、ハッタリではなく苛烈な戦い方を伺わせる。


「怪しい者じゃないさ。僕は、新辰一真の知り合いというか、親代わりのような人間だからね」

「どういうことですか…?」

「ふはは、言葉のままの意味なんだけどもね。僕は、彼が言うところの師匠なのだよ。だから、今回も学園祭を見に来たわけさ」


 本当だろうかと、ルゥは手に汗にじませて身構える。目の前の存在が放つオーラのような、そんな漠然とした危険な雰囲気を獣の本能で感じ取ったからだ。放っておいてはいけない。今すぐ仕留めなければ、新辰に危険が迫るのは必定。しかし。


「ここの学生君たちはまったく、血気盛んだな。だけれど、君は手を出さないし出せないよね。本能で感じ取っているはずだもの。僕には勝てない、と」


 理解わかっている。おそらく、一蹴りも与えられないままに、切り伏せられるだろう。一体、どこの世界の…。いや、彼の師匠ということは、地球人なのだろうか。ここまで濃密な力の波動を放っているのに?


「まあ、僕から手を出すことはないから、安心しておくれ。ただ見届けに来ただけだからね。彼と、世界の選択を」

「何を曖昧な…。はっきり話したらどうですか」

「それじゃあ、面白くないだろう。ただ…、一つだけ言えるのは『鍵』に気を付けろということだけだね。九つ全てが揃った時、この学園に大いなる危機が訪れる」


 先程から雲を掴むような話ばかりで、頭が混乱するルゥ。そんな彼女を放置して、師匠を名乗る女は歩き去った。


(また何か、私たちの知らない場所で、知らない誰かが企てをしている……。嫌な感じがします……)


 ルゥの胸騒ぎなどお構いなしに、否が応にも、バトルロイヤルは始まる。学園の命運を賭けることになる戦いが。

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