第23界 揺蕩い、躊躇わせるは『支配』

 待ち望まれた大規模戦闘イベント、武闘祭バトルロイヤルが、いよいよ開始された。参加者が一堂に会し、放送委員の派手なマイクパフォーマンスで始まった冒頭から数分が経過して、状況は大きく変化していた。


「なんてことですの…」

「サイアクじゃねえか!」

「どうしてこんなことにっ」


 イベント専用に障害物などが配置された円形フィールドの中央、ユイ・ホナタ・ルゥは背中合わせで追い詰められていた。


「ふはははははは! ひれ伏しなさい、愚民ども! 我の『契約』を前に、抗う手段などないわよ!」


 参加者三十数名の中、実に三分の二が、今やたった一人の手駒として操られていた。少女たちを取り囲み、様々な種族を従えているのは、金髪の巨大縦ロールに尊大さを纏わせる幼女、テッサリアだ。

 このピンチに、ユイは、自信ありげな顔を保つだけで精一杯なくらいに焦っていた。これでは勝つどころか、蹂躙されて終わりだ。


「さっさと我に下りなさい、まったく。あの地球人を下すために、その女たちからとは我ながら天才ね」

「だ、誰がアイツの女だよっ。ぶっ飛ばすぞテメェ!」

「ちっ、その下品な口を今すぐ閉じて差し上げますわ!」

「落ち着いてください、二人とも!?」


 兎娘ルゥの静止を聞かずに勢いよく前に飛び出した狼娘ホナタに合わせて、両手の銃を撃ち放つ。だが、攻撃は一切届かない。全て眷属となった生徒たちに防がれて終わる。皆理性を失い、テッサリアの命令のままにじわじわと迫ってきて、こちらを追い詰めてくる。


「ジリ貧ですわね…」

「ハッ、怖気づいたのかよ火の玉女。あんなん、あの金髪ドリルをぶっ飛しゃ終わりだろうが!」

「なら、やってみなさいな! あの壁を突破できるのなら、ですけれどね」


 実際、手堅い戦術だ。本人の戦闘能力に関係なく、この能力なら物量差で有利に立てるし、こういうイベントバトルなどではなく、むしろ。


(“戦争”では、無類の強さを誇りますわね……。さすがに魔族の中でも、上級とされるだけありますわ)


 そもそも、自分たちだけ洗脳されていないのは、向こうの目的通りなのだろう。先日一真を襲ったという話などから推察するに、自分たちを新辰一真派閥だと思ってる節がある。ある意味では間違っていないが、そんな付属物のような扱いは癇に障るし、彼の価値観とも相容れないだろう。ならば。


「今ここで排除するが吉ですわね! 最大火力で壁ごとぶち抜きますわ!!」

「そんなことしたら、操られてる生徒さんが危ないですからね!?」

「テメェ、これから人のことを脳筋呼ばわりすんなよ??」


 おかしい、合理的な判断だったはずなのに文句を言われるとは。これだから、獣の本能で動く人種は困る。


「何をごちゃごちゃとやっているのよ。いい加減、潰れなさい! 誰も彼も、我の所有物になるのよ!」


 洗脳された生徒たちが武器や能力を使って攻撃してくる。いよいよ、決着を付けに来たようだ。こうなれば、やはり生徒ごと焼き払うしか。


 ユイが危ない決意を固めた瞬間。周囲を支配していた空気が変わった。統一されていた流動的な意識が途切れて、操られていたはずの生徒たちが、正気を取り戻したかのようにざわめき始めた。


「どうしたのかしら」

「あ、あれを見てください鞠灯さん!」


 切迫した声に釣られて、正面、金髪ドリル娘テッサリアがいたところを見ると、思わず目を疑った。どんよりと重く立ち込める漆黒の靄のような液体が人型サイズにまとまって、蠢いていた。見たところ、その靄に飲み込まれてしまったらしい。見覚えがある。自分が関わっていたからこそ、すぐに理解した。


「アストラ=ベルセ…? でも、精霊族アストラリアスの暴走なんて感じませんわよ!?」

「違います…。アレは、あの時のとは……」

「あぁ、似てるけど別モンだぜ。あん時よりしてやがる」


 言われて目を凝らすと、なるほど。本来は純粋エネルギーの塊である精霊暴走アストラ=ベルセだが、目の前で胎動している現象は、『水』という明確な形を持っており、中央から周りに伝播する力の行使を感じられた。


「ふ、フハハは、ハハハハハハハハハハハ!!! ワ、我の力が、増幅、されるッ! これはイイ! この会場全てヲ、飲み込んでくれるわ!!」

「まぁ、なんにしても暴走していることには違いないようですわね…。安全がどうとか言っている場合ではありませんわ。全火力で止めますわよ!」

「しゃーねぇ、全力で俺を蹴り飛ばせルゥ!」

「どうなっても知りませんからね…!」


 ルゥさんが全力で振り抜いた足の裏を踏み台にして、狼娘ホナタが跳ぶ。彼女の『嵐』が掛け合わされて、砲弾のような瞬発力を発揮する。そこに合わせて、双銃阿吽を変形合体させたロングライフルから火線を走らせた。


 拓かれた空間を一直線に駆け抜けたホナタが、生徒たちを薙ぎ払って、黒泥のような靄に包まれたテッサリアを貫いた。ように見えたが。


「っ、コイツ…」

「! 危険ですわ、離れなさい狼娘!」

「モウ遅いわよ。――“浸蝕契約ギアスイロージョン”!」

「ぐ、ぁあああ!!?」


 泥が弾ける。腕を拘束されていたホナタが飲み込まれて、そこを起点に淀んだ気が解き放たれた。会場全てを飲み込むように駆け巡った波動は、フィールドはもちろんのこと、観客席にいた生徒たちをも『浸蝕』する。唯一免れたのは、会場から少し離れた応接間から観ていた一真とカナミだけだ。


「なっ…。これって、コウが暴走した時と同じやつじゃ」

「面倒なことになった。力を貸しておくれ、風紀委員サマ」

「当たり前だろ、行くぞ!」


 応接間を出てフィールドに到着してみれば、そこはおぞましい異空間と化していた。あちらこちらを侵すブヨブヨとした『水』、だろうか。そういう物が蠢いている。気持ち悪さで足が竦みそうになるが、あの中にはユイたち三人がいるのだ。立ち止まっている暇はない。


「カナミ。俺があの空間を切り裂くから、その間に中にいるやつらを助けてくれ」

「了解したよ」


 十分な距離まで近づいて、右手に《ウィアルクス》を呼び出す。刃に能力を無効化する光を宿して、放つ。


「断ち切れ!」

《accept. SKILL CANCELER, activated.》


 ドーム状の空間めがけて《ウィアルクス》の『光』が突き刺さる。表面が泡となって消滅する。反応はたったそれだけで、場を満たす能力が消えることはなかった。


「なんで…」

「おそらく、キミの力が届かないんだ。やはり…あの『水』はそういうものさ…」

「その言い方、何か知っているのかよ。テッサリアの能力じゃないのか、あれは」


 問い詰める俺から顔をそらして、カナミは自分のハルバードを思いきり振り上げると、なぜか、俺に向かって、急に…、!


「ぐっ」


 ガキン! 咄嗟にかざした剣で斧刃を受け止める。なんでこうなるのか、全くわからない。けれど、武器越しに見えたカナミの、何かに駆り立てられるような、口を一文字に引き絞った泣き出しそうな表情。それだけで、腹を決めるには十二分だった。

 剣を滑らせてハルバードから逃れると、『跳躍』のスキルで後ろに。カナミが、浸食する『水』のドームを背に庇い、ゆらっと立ち塞がる。そんな彼女を見据える。


「すまないねぇ、風紀委員サマ。これはもう、どうにもな…。一族の不始末、ってとこさ。ウチがどうにかするよ…。だから、今すぐ逃げておくれ」

「ふざけるなよ、そこには仲間がいるんだ。はいそうですかって納得するわけないだろ! 何か事情があるのなら、頼むから言ってくれ。一緒に解決する道だって…」

「いいやダメなんだッッ!!」


 体の芯を揺さぶるカナミの悲痛な叫び。彼女の変わり様は、きっと、あのドームを発生させている能力の主に関係があるのだろう。もしかすると、この大会の裏で暗躍していたテロリストとやらにも繋がる事、なのかもしれない。

 なんにしても放っておけない。だって。


「あいつの期待を裏切るわけにはいかないからな…」

「はっ、ほんとに羨ましいね。鞠灯クンは、キミという理解者を得ることができた。ウチにはなかったモンだ」

「今からだって遅くないと思うぜ?」

「手遅れさ。ふぅ…。柄でもないけど、巳守みかみ家の長女として、宣言する。この件はウチの全存在を以て収めさせてもらうよ」


 聞き捨てならない。そんな勝手に、何もかも終わったみたいな顔と口ぶりで。巻き込んでおいてそれはないだろ。


「お前がそんな風に諦めるのなら…。その分、俺は諦めない! 必ずみんなを、おまえだって救ってみせる!!」

「やれるものならやってみな。歯向かうなら、容赦しないよ」


 本当に平穏な学園生活なんて長続きしないものだ。けど、もう一度みんなで、笑いながら祭の終わりハッピーエンドを迎えるために。


「風紀委員を執行させてもらう――――!」

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