第24界 閉ざすアギト

 何度剣を打ち込んだだろう。俺は、一太刀も入れることができず、何度も繰り返し土の味を味わっていた。


 強い。カナミの槍捌きは達人と呼べるもので、師匠との稽古を思い出していたくらいだ。どれだけ攻撃しても、届く未来が見えない。まるで、『水』の流れを掴もうとしても手から溢れていくように。


「どうしたんだい、風紀委員サマ。そんなんで、威勢のいい啖呵を切ったんじゃないよねぇ!」

「当たり前、だろ。―― スキル発動、三連!」

《accept. SKILL UNION.》


 右手に握り締めた《ウィアルクス》に力を込め、複数の能力スキルを連ねて、発動。

 『跳躍』、『嵐』、『炎』。

 風と火の弾丸が所狭しと跳ね回り、カナミに襲い掛かる。僅かに驚いた様子の竜人カナミは、しかしそれをハルバードで巧みに弾き落としていく。


(今だ…!)


 刹那の隙に飛び込む。素早く地を蹴って、剣を前に。だがそれも、当たる寸前でクルリと回された石突きによって弾かれる。返す槍の穂先が、学生服を切り裂いて浅皮に達した。わずかに上がった血飛沫に、冷や汗を噴き出る。


「おいおい、その程度か? キミの覚悟はその程度なのか?」

「おまえが強すぎるんだよ…!」


 本格的に攻め手を失っている俺は、一度距離を取り、頭を冷やす。幸いカナミは積極性に欠けるというか、一気に攻撃してくる様子がない。彼女が好んでこんな凶行に及んでいる訳ではないと、改めて確信した。強くはあるが、意志が薄い。カナミの真っ直ぐさを感じられない。なら諦めない、絶対に…!


「いやぁ、君はそろそろ諦めることも覚えるべきじゃあないかい? 鹿

「ぇ」


 冷静になるどころか冷水を浴びせられたように、心臓が早鐘を打つ。目が、耳が、脳が理解を拒む。何度も聞いたことのある、その声の主は、まるで重力なんて自分には関係ないかのようにふわりと降り立った。

 ボディラインを隠すようなゆったりとしたコート、両腰の刀と剣、飄々とした笑み、それなのに全く笑っていない目。それに俺の呼び方。どれも馴染みが深い特徴と一致する。認めざるを得ない。


「師匠…!!」

「はぁい、君の愛すべき師匠だよ。ちょっと我慢できなくなってしまってね。出てきちゃった♪」


 俺にとって大事な人。戦う術や意味を教えてくれた師匠、石動琉香だ。この学園、《ユニベルシア》に来る前に国連に呼ばれたとだけ告げて姿を消したのに、なぜここに。


「待ってくれ…。やっぱり、師匠は今回の事に関わってるのか!? テロリストと繋がっているって、本当かよ!」

「相変わらず、君は騒がしいねぇ。ちょっと黙ろっか」

「かはっ……」


 何をされたのか不明。激痛が腹部に刺さり、体が宙を舞った。師匠はただ刀の唾を数センチずらしただけに見える。何をされた…!?


「急に出てきて、勝手になんだい。アンタだよなぁ。こんな風にしたのはさぁ」

「おや、心外。何故そう思うのかな?」

「だって、こんなタイミングでの登場なんて関係ありますって言ってるようなもんじゃないのさ。違うか?」

「確かに、関係はあるんだけれどね。しかし、それを確かめて、どうするのかな?」

「決まってる」


 言うが早いか、カナミがハルバードを振り抜きながら躍り出る。それを動じない笑みで、刀と剣を使い受け止める石動師匠。双方の間で火花の雨が散った。一拍の間をおいて、そのまますれ違う二人は、矢継ぎ早に追撃を繰り出しあう。決定打にはならない程度のじゃれあい。だが、俺からすれば、どれも殺意の乗った“本物”に見える。


「あはは、やるねぇ。竜人族っていうのは、やはりイイ。基礎能力が高いから、鍛え甲斐がありそうなんだよねぇ」

「随分と余裕だなぁ、風紀委員サマのお師匠とやら!!」

「当然だろう? で本気を出す大人がどこにいるっていうのかな」

「舐める、なッ!!」

「乗せられるな、カナミ!」


 それは師匠の十八番なんだ。相手を挑発して、動揺の間隙を突く。


 予想通り、真っすぐすぎる槍先を、師匠は両手の刀と剣すら使わずに、右足の一振りで蹴り飛ばす。大きく姿勢を崩したカナミの脇腹に、爪痕が刻まれる。痛々しい流血とともによろめき、後退を余儀なくされてしまうカナミ。


「く…、本当に地球人かい…アンタ」

「もっちろん♪ ただし、一般人とは言えないんだどね。僕は、俗にいう異能者っていうやつでねぇ。学者連中は、《界能者ワールダー》と呼んでいるらしいけど」

「おい初耳だぞ、師匠!?」

「だって言ってないもの。まったく、君はもうちょっと人を疑いたまえよ。こんなに強いただの人間がいていいわけないだろう?」


 そんなこと言われたって、師匠なんだから強くて当たり前だと思っていた。マジか。異能者…《界能者》なんて初めて聞いた。


「さってと。時間稼ぎも終わったし、そろそろ、生まれるかなぁ」

「生まれる…?」

「そそ。この『水』のドームね。『水』って、やっぱりこの世の源理だと思うんだぁ、僕は。そして、これより降臨する。“母なる海より現れしは、大いなる世界竜”ってね♪」


 ニコリと微笑んだ師匠が左指を鳴らす。それが合図だったのか、ドームが盛大に弾けた。不思議と水飛沫はなく、ただ会場を包んでいた靄が晴れて、一つのシルエットがその中央にゆらりと現出していた。


 最も目立つのは長大な尻尾。そして全身を包んでもなお余りあるサイズの翼は、まさしく竜のそれか。堅牢そうな鱗と、両手両足の鋭利な爪が凶悪さを物語る。狂的な光を湛える眼をぎょろめかせ、強烈な咆哮をまき散らす。しかし全身のフォルムは人間に近い物で、その顔はどこか見覚えがあった。


「お、叔父上…!」

「この前の…? 嘘だろ、なんであんなことになっているんだよ」

「あはははは。予想通りのリアクションをありがとう♪ まさしく、これはウツミ氏だよん。彼の『巳頭ドラヘッド』、テッサリア嬢の『契約ギアス』、そして僕のスキルで束ねた生徒たちの能力。これぞ試作融合体、《キマイラス》だよん」


 言葉にならない。目の前で何が起きているのかわからない。師匠が何をしたいのか、全く思考が追い付かないし、能力の融合なんてそんな危険な実験めいたことを企む理由もわからない。


「何を驚いているのかな、馬鹿弟子君。君が持っているその剣だって、似たようなモノだろう」

「《ウィアルクス》が…?」

「人の力を借りるしか能がない、あまつさえそれを勝手に掛け合わせて行使するなんて…面白いよね。傲慢で、空っぽで、我が儘な君にはお似合いかもしれないけれど♪」

「っ、俺は、そんなんじゃ…」


 果たしてそうだろうか。

 心の中で誰かがささやく。耳を貸したくないのに、どこかで肯定する自分がいる。

 、俺は、何があっても諦めないと誓った。だけどそれは、俺のワガママだ。それにみんなを付き合わせて、色々わかった気になって好き勝手に動いて。それは傲慢なのでは? やってきたことは、ただの迷惑だったのではないか。そんな思考が脳内を駆け巡る。


「いいや、お師匠サマ…。アンタはなんもわかっちゃいない。この風紀委員サマは、そんなに浅いもんじゃないさ。コイツを我儘というなら、ウチも同じくだしね。己の非力を押し通そうって言うんだから…」

「カナミ…」


 傷を抑えながら、いつの間にか横に並んでいたカナミ。いつも凛としている竜の尾は力なく垂れ下がり、息も上がっている。それでも、目には未だ戦意が漲っていた。ハルバードを握る手に力があまり入っていなくとも、目の前の敵に向き合っていた。ボロボロのくせに、俺のために怒ってくれている。


 ああ、こいつも、やっぱり諦めない側なんだな。


「あれれ、まだやる気なの、お二人さん。このまま、寝ておけばいいのに。あとは、学園内での実戦テストをするだけだからね」

「それ聞いて、ますます寝てるわけにはいかなくなったな…。テロリストになった馬鹿師匠をぶん殴るのは、馬鹿な弟子の役目だろ」

「同じく、この大会を主催していた人間として、放ってはおけない。止めさせてもらうよ、このクソッタレな騒ぎを」


 期せずして、俺とカナミは同じ方向を見ていた。不穏な唸り声を発している《キマイラス》と、その傍らでほくそ笑む石動琉香師匠を。無謀な勇気じゃない、ただ思考放棄で逃げているわけでもない。純粋に俺たちは可能性を諦めたくないだけだと、互いに理解していた。


 出会って間もないけど、カナミの真っすぐさは、その言動からよくわかる。川の激流のように澄み渡って強く、打ち寄せる波のように融通は利かない。でも、その芯の強さは決して弱点にはならない。


「見せてやろう、カナミ。お前のワガママ真っ直ぐと、俺のワガママ諦めない。それがどれだけ強いかって!」

「ああ、やってやろうじゃないか、風紀委員サマ」


 迷惑かどうかなんて関係ない。何があっても、諦めない。相手を思いやって行動しないよりも、何かを変えるために足掻き続ける。それが俺のたった一つのできることだ。今までもこれからも、いつまでだって!!


「だから甘いっていうんだよねぇ。まあ、折角だから、遊んであげる。来なさい、子どもたち。修行のお時間だ」


 琉香も、二振りの刃を構えて、笑みを収める。




 力量差は明白。そう知らしめるように、異形の竜人が顎を開き、歪な咆哮を轟かせた。

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