第18界 兎 vs 機人

 時間はあっという間に過ぎ去り、午後の二時。スケバン竜人もとい、巳守みかみカナミに指定された時間がやってきた。

 武闘祭実行委員会室になっている鉄砦を、俺は昨日ぶりに訪れる。スタッフの制服を着た不良たちでガヤガヤとうるさい中、応接間のような部屋に通されて、待つこと数分。上機嫌な様子のカナミが扉を開け放って現れた。


「おう、待たせたなぁ、風紀委員サマ。よく来てくれた。さっきの放送は聴いてくれたかい?」

「おい、賞品ってどういうことだよ。俺は何も聞いてないぞ!」

「いやいや、店を手伝ってくれと言っただろ? 風紀委員サマはトロフィーとして、手伝ってくれよ、今回の武闘祭を盛り上げるためにさ」

「店って規模じゃないだろ、これ…」


 無茶苦茶だ…。俺なんかを賞品にしたって、たかが知れてるだろ。


「ふふふ、自分を過小評価してるみたいだから、言っておくぞ風紀委員サマ。お前さん、相当注目されてんだよ。ウチら生徒からも、大人連中からもな」

「大人からも?」

「そうさ。ただの地球人でありながら、実力のある《エイリアス》に打ち勝ってきた謎の存在としてね。隠れた異能者なのか、突然変異のカミ殺しなのか、なんてさ」

「そんな適当な話……」


 別に自分は大層な存在じゃない。周りが正確な実力を知らないから、過大評価しているだけだ。そもそも、俺が勝てたのも、きっとホナタやユイと分かり合うことが目的だったからで、万が一殺し合いのような事になっていたらと思うと、ゾッとしない。


「ま、んなに難しく考えなくていいさ。ひとまず、やってもらうこととしちゃ、時間を空けて試合を観戦することぐらいだよ。それに、既にかなりの数の参加希望者がいるし、今更止めれないからねぇ」

「逃げ道は塞がれているってわけか。仕方ない…。けど、あまりにもヤバそうなやつが勝ったら、さすがに逃げるからな」

「あはは、そいつはご自由に。ともあれ、さっそく第一試合が始まるけど、そっちの出し物が大丈夫なら、見ていっておくれよ」

「まあ、今は休憩時間だからいいけどさ」


 話が早くて助かるねと、カナミが壁に設置されたスイッチを押し込む。すると、応接間の壁がゆっくりとスライドし、外に繋がった大窓が出現した。下に見えるのは円形の闘技場で、どうやらここから直接試合を観ることができる仕様になっているらしい。観客席は大勢の生徒と僅かばかりの大人で埋まっており、賑わっていた。


 向かい側のスコアボードに対戦表一覧が載っていたが、第一試合の組み合わせに思わず二度見してしまった。


「ファイブと…ルゥ!?!?」

「二人とも、お前さんが賞品と知って参加したクチさ。モテモテだねぇ。ヒューヒュー」


 下手な口笛で茶化してくるカナミを睨みつつ、友人同士の試合に気が気でなくなる。ルールがちゃんとある闘いとはいえ、二人とも大切な友達だ。怪我なんてして欲しくないし、そこに自分が関わってるかもしれないとなると、嫌だ。


 そうこうしてる内に、試合開始の時間となる。対面する入場ゲートからファイブとルゥが入ってくる。プロレスの試合よろしく、放送委員による両者の煽り文句が入り、ギャラリーの熱狂がここまで届くぐらいに最高潮を迎える。やっぱり、異世界人エイリアスにはバトル好きみたいな習性があるんだろうか…。


 ルゥは法被にハチマキと、完全にお祭りモード。対して、ファイブは、ウチのクラスのメイド服を着てぽつねんと佇んでいる。そういえば、ファイブの戦闘は見たことがない。そこに僅かな興味を抱きつつ、大人しく試合を観ようと諦めるのだった。


 ◯●◯●◯●◯


 さて、と。


 ハチマキを締めなおして、兎の獣人であるルゥは己の足に力を籠める。どうやらカナミから聞いた話では、新辰もこの試合を見ているらしいし、無様は見せられない。

 一方、目の前の機人はどうだろうか。無表情のまま棒立ちである。彼女とはあまり関わったことはないし、そもそも量子機人マキナトロンという種族については詳しく知らない。量子というのが何なのかも感覚でしかわからないし、まあ別に理解できなくてもいいとルゥは思う。戦ってみれば、どういう物かは視ることができるわけだし。


『それでは、記念すべき第一回戦! はりきって行ってみましょーか!! バトル、レディッ』


 緊張感が高まる。両足の筋肉が脈打ち、心臓の鼓動がカウントダウンを刻む。


『ゴォオオオオオオオオオオ!!』


 跳ぶ、一直線に。先手必勝。法被の裾がはためき、反応する間を与えない蹴りが相手の腹部に叩き込まれた。が、手応えなし。無表情なままのファイブの目の前で、見えない壁に阻まれるように停止していた。


「…?」

「効果微小。威力計算、完了。現状の装備で対応可能と結論」

「装備? でも、どこに…!?」

「〈量子武装〉、展開。“マキナアイギス”」


 ともかくライフポイントにダメージがないとわかり、ルゥは瞬時に退がる。その軌道を追うように、ファイブの背後から二条の光線が発射された。それを、足で素早く弾いた空気を壁にして反らし、自分は着地。このわずかな数秒の中で、目まぐるしい攻防が繰り広げられる。


(厄介さんですね…!!)


 ルゥの能力は、強靭な脚部による打撃や、それによる空気圧縮での足場作成など幅広く使える便利なものだ。しかし、今の防御と攻撃。まるでファイブは虚空から発動させたように視えた。これが機人の能力だろうか。

 悩むルゥをよそに、ファイブは虹彩のカメラを音もなく稼働させて、腕を掲げた。


「個体名:ルゥに、当機の能力把握は不可能。速やかに降伏を要求」

「馬鹿言わないでください。勝つのは、私です! ―― 駆け砕け!!」


 多くの獣人が使える基本的な技にして、最もシンプルな力。属性を纏った突撃チャージ


「“乱・藍・RUN”!!」

「愚直な攻撃。非効率的。〈量子武装〉“マキナジャベリン”」


 言葉と寸分違わぬタイミングで、ファイブの掲げた左腕からエネルギーの槍が射出され、ルゥの突撃と接触。寸前で脚部の鎧で受けたことで、激しい火花が散って、体が浮き上がる。ルゥのライフが細かい数値の下降を刻む。しかし、ここまでは計算通りだ。


「もらいましたよっ!」

「訂正。脅威、把握。……」


 頭上からの奇襲による回し蹴りを受けて、ファイブの身体が大きく傾き、その身を包むメイド服が破れる。それでも、ただやられるだけではなく、すかさず行った反撃の射撃でルゥに追撃を諦めさせる。

 互いの技量はほぼ互角。そう確信して、ルゥは多少の無理を決める。ランキング戦のルールに乗っ取ったライフポイント制だからこそ、それを削り切れば勝てるのだから。実戦ではないからこそ、活路はいくらでもある。


「行きますよ、ファイブさん!」

「無駄。次弾で終了。〈量子武装〉“マキナブラスト”」


 ルゥの全力の再突撃、それに対してファイブは両腕を量子構造をキャノンへと組み替え砲撃。狙いは正確で、スライディングに近い姿勢で跳んだルゥと、放たれた砲弾が一直線に交わり、闘技場のフィールド内に衝撃波が起こる。ぶつかり合う二人のライフが等しく、削れていく。共倒れか。


 強く念じる。負けたくない。彼が見ている前で、全力を出さないなどあり得ない。そんなルゥの念、気合のようなものがファイブに伝わったのかもしれない。一瞬、砲弾のコントロールが甘くなる。


「――!」

「二兎を追うもの一兎を得ず! “兎・渡・TOE”!!」


 競り勝ったのはルゥだった。勢いは殺せても、慣性までは封じることができない。昼間の空に薄く垣間見える月を背に、ルゥの小柄な体が華麗に跳ねる。もう一度キックの姿勢を取ったルゥのつま先が、今度こそファイブの腹部に突き刺さった。受け身を取ることもなく、機人の躯体が吹き飛ぶ。


『ファイブ選手、ライフ0! 勝者はルゥ=レプス選手~!! 第一試合、高速の決着だ~!』


 放送委員が試合終了のゴングを鳴らし、観客の大歓声が降り注ぐ中で、ルゥは荒れた息を整えながらファイブを抱え起こした。

 気絶しているようだが、目立った外傷はない。怪我をさせていなかった安堵と、ルールがあるからこそ勝てた事への実力不足への悔しさとで挟まれて、複雑な気持ちになるルゥであった。新辰の手助けをするためには、彼の傍にいるためにはまだ、力が……きっと足りないのだ。





「あはは、初手からいい盛り上がりっぷりだったねぇ!」

「二人とも…」


 頭上の観客席からそんな彼女らを心配そうに見つめる、ルゥが抱える悩みの元凶たる一真。当然、彼が少女の隠れた想いを知ることなどなかったが。

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