第17界 その執事、優勝賞品につき

 大勢の生徒でにぎわいを見せ、一週間に渡って開催される《ユニベルシア》学園祭。総勢約二万人、計五百を越えるクラスによる出し物が至る所で開かれ、男子女子問わず絶え間ない喧騒が飛び交っている。一真たちのクラスの『バトルメイド&執事喫茶』も準備は万全である。

 また、生徒たちの親族も、普段は顔を見せないが、今日は郊外の自宅から訪れていた。その他にも、どこぞのお偉いさんなど、数え出せばキリがない数の大人たちも出入りしている。


「……すごいな」


 改めて学園運営の規模の大きさに圧倒される。敷地も広大だが、それ以上に郊外部に住んでいる各種族の多様性に驚いた。それゆえ、地球人である自分が場違いに感じてしまい、少し凹む。


「なにビビってんだよ、カズマ」

「そうですわ。もっと堂々としていただかないと困ると、いつも言っているでしょう?」

「変な馬鹿度胸はある癖に、こういう時は駄目なんですね新辰さん」


 いつも通りの調子で声を掛けてくれるホナタ・ユイ・ルゥに背中を叩かれて、我に返る。独りじゃないんだと。

 地球人としてではなく、新辰一真として向き合ってできた、学園でできた友人たち。彼女らの言葉で、少しだけど胸を張れる。


 ちなみに、なぜ四人が集合してるかというと、スケバン竜人に指定された時間が午後だったので、それまで学園祭を見て回ろうという話になったからである。幸い、クラスの出し物のローテーションにも余裕があった。


「それにしても…。さっきから、俺たち、なんかすっごい見られてないか?」

「まあ、俺らの格好が出し物のヤツだかんなー。仕方ねぇさ」

「ええ。わたくしとしては、注目を浴びるのは慣れていますから、どうってことないですわ」

「私は法被はっぴを着てるだけだから、いいですけど…。改めて見ると、三人ともすごい格好ですね…」


 俺は執事服、ホナタ・ユイの二人はメイド服と、制服から出し物に合わせて着替え済みである。ローテーションに急な変更が掛かった時に備えて、念のため。デザインは、そういうのが得意なクラスメイトにやってもらったのだが、全体的にアレンジが効きすぎているというか…。女子は露出度高めで、男子は軽めの鎧を服にしたような無骨な感じだ。


「で? どうよ」

「どうよ、って?」

「さすがに察しが悪いですわよ、一真さん。この衣服が似合っているかどうか、ですわ」

「ああ、そういうことか」


 得意げに腕組みしているホナタと、メイド服をドレスのように翻すユイを前にして、言葉に詰まる。いや実際可愛いし綺麗なんだけれど、真正面から告げるのも気恥ずかしい。それに、二人の視線が…目が笑ってないんだけど?


「おー、楽しそうだねぇ。僕も混ぜてくれないかな」

「えっ?」


 不意に、肩に手が置かれる。慌てて振り返ると、いつからそこにいたのか、長髪の優男がニコニコと微笑んでいた。着ている服は派手すぎず、かといって質素でも無い。上手いバランスでそれを着こなす男は、年齢不詳な気配を漂わせていた。加えてかなりの美男である。


「えっと、あなたは…?」

「おっ、親父ィ!?」


 いきなり素っ頓狂な声を出すホナタ。ふむ、親父…。え、ホナタの? なら、王様??


「ハハハ、そんな驚かないでくれよ。学友の方々は、初めまして。自己紹介が遅れたね。オレはネメアム。王をやってる者だ、一応ね」

「あら。異界の王とはいえ、目上の方には礼儀を尽くさなくてはいけませんわね。わたくしは、鞠灯ユイ。精霊族アストラリアスの貴族ですわ。以後、お見知り置きを」

「お、王様! ルゥ=レプスです。お久しぶりです!」

「よろしくね、美しき炎のお嬢さん。む、キミはレプス家の。元気だったかい? すっかり大きくなって」

「はい! 王様のお陰で健やかに暮らしております!」


 ユイとルゥのかしこまった態度を見て、目の前の男性が確かに王、つまりはお偉いさんだと理解し、こちらまで萎縮しそうになる。だけど、なんかルゥを見るネメアム王の目つきが…イヤらしいような気がするんだが、思い過ごしか…?


「おい、親父。さすがにガキ相手に色目使ってっと、マジでお袋に殺されるぞ」

「ハハハ。すまない、性分でね。強い娘を見ると、手が出そうになるんだ」


 やっぱりそういう目で見てたのかよっ。


 慌てて、ルゥを背中で庇うように間に割り込む。大丈夫だとは思うけど、念のため。横で額に手を当てたユイが呆れてる。


「へぇ、いいじゃない。キミが、新辰一真くんか。噂はかねがね耳にしてるよ。娘とは仲良くしてくれているそうだね。改めて、よろしく頼むよ」

「あ、はい。こちらこそ、地球人のオレと仲良くしてくれて、本当ありがたいです」


 拍子抜けしながらも、差し出された手を握り返す。細い目つきを更にすぼめて、ネメアム王は何かを伺い覗くような様子で、心の中で首を傾げてると、急に周囲がざわつき始めて意識がそっちに逸れた。


「す、すっげえ美人だ!?」

「緋色の御髪が素敵…! お姉様とお呼びしたいくらいだわ…!」

「どこぞのお妃様かなぁ…」


 なんだかよくわからないが、人混みから次々に感嘆のため息が漏れ聞こえてくる。アイドルとか王族が来てるのかな。


「嫌な予感がしますわ……」

「ユイ?」

「ユ〜〜イ〜〜ちゃぁああああああんっ」


 人の壁をかき分けて、とんでもなく甘ったるい声を響き渡らせながら爆走してくる人物がいた。

 腰まで届くボリュームのある緋色の髪の毛が身にまとうドレスと一体化しているようで、全体的に優美で豪華な印象を受ける女性だ。みんなが色めき立つだけあって、とんでもない美人である。絵画から抜け出してきたようなというのは、こういう人のことを言うのかもしれない。けど、どことなく面影に見覚えがあるような…?


「お姉さま。ですから、人前でそのようなはしたない真似は止めてくださいとあれほどむぎゅう」

「あああん、そんなこと言ってぇ。久々に会えてうれしい癖に~~!」

「く、苦しいですし、恥ずかしいから早く離れてくださいな!?」


 ふむ。どうやら、この騒がしくユイを抱きしめている女性は彼女のお姉さんらしい。ホナタの親父さんといい、やっぱりこういう時には親戚が来るのはどの世界でも同じか。しかし、ここにいるということは、半ば人質のような形で学園の領地に住んでいるのだろうし、素直に羨ましがるのは筋違いかもしれない。


「み、見てないで、助けてくださいな一真さん!」

「あらぁ? 貴方が地球人の…。ふぅん、それにしては、透き通った魂ねぇ…」

「初めまして、俺は新辰一真です。妹さんには世話になっています」

「そんなのお互い様だわぁ。よろしくお願いねぇ。わたしの名前は、鞠灯イチ。見ての通り、ユイの姉よぉ」


 ネメアム王のように握手こそ求めてこないが、友好的な雰囲気で手をひらひら振ってくれるイチ。娘や妹の手前、地球人への敵意を見せていないだけなのかもしれない。だとしても、彼らの気遣いが嬉しかった。それに恥じないような態度でいないとなと、そんな風にも思う一真であった。


『ぴんぽんぱんぽーん♪ あー、テステス。ユニベルシア学園祭、みんな楽しんでるかなー? 放送委員からのお知らせです! メインイベントの一つ、武闘祭の主催者から今回の優勝賞品について大事な告知がありまーす! それでは、はりきってどうぞー!!』


 再開の団欒がひと段落したところで、学園内のスピーカーがけたたましく校内放送を流し始める。同時に、特別に設置されている各所のモニターに、青を基調とした武者鎧を身に着けた女子生徒が映し出された。例のスケバン竜人だ。


『おうおう、いよいよ祭りが始まったな、皆んな。メインイベントの一つ、武闘祭を主催している巳守みかみカナミだ。祭りの間は、こうして定期的に放送をやって盛り上げていこうと思う。そして、今回は武闘祭における優勝賞品の発表だ』


 あのスケバン、カナミっていうのか。こうして見ると、不良の総代ではなく、仕事のできる人間に見える。武闘祭っていうくらいだから、武を競うんだろうし、商品は剣とか鎧なんだろうか。


『つっても、事後承諾気味なんだがね。いいかい? 生徒会長サマ』

『はいはい、生徒会長の匂王館菊世です。いいんじゃないかしらね。今年ならではですし。モチベが爆上がりする方々も多いのではないかしら?』

『よーしよし。それじゃあ、発表させてもらおうかっ』


 うーん。なぜかお腹が痛くなってきた。嫌な予感に締め付けられる感じというか、今更逃げ出しても遅いと悟ったというか。


『今年の武闘祭、優勝者に与えられる賞品…それは、この学園生徒唯一の地球人にして風紀委員、クラスX-1の新辰一真を一日好きにできる権利だッッッ』


 !?


「へぇ…!」

「それは…魅力的過ぎますわね?」

「ふぅ、ついに私も本気を出す時が来てしまいましたか」


 目に見えてなぜかハッスルし出した三人の声も、周囲の歓声やざわめきも、思考停止した頭には届かなかった。

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