第16界 学園祭開宴前夜 (後編)
「で、どうしてこうなった!?」
夜中の九時ごろ、良い子ならもう寝始めてる時間。俺・ユイ・ピットの三人は、不良が根城にしている例の砦に潜入していた。いや、正確じゃない。しようと、していた。
結果、周囲360度を竜の翼と尻尾を持った不良たちに囲まれていて、全員から襲われている真っ最中だった。どうにか凌いでいるが、限界がある。そもそも、どうしてバレたし。ピットの作ったカモフラージュベールとやらを着ていたのに。
「ごめんよ…、竜人の超五感までは誤魔化せなかったみたいだねっ」
「ただのミスかよ!」
「仕方ないだろー!?」
「ひゃひゃひゃ、ゴチャゴチャうるせぇ、さっさとぶん殴られろやぁああああああ!」
「御免だな!!」
「ええ、うっとおしいですわ!」
ヤンキー感丸出しで襲いかかってきた竜人を、
砦に入ってすぐの大広間、今俺たちがまさに激闘を繰り広げているエリアの奥、階段の最上段で仁王立ちの女生徒がいる。腕章の色からして高等部。不良たちのボスだろうか。深青の髪を雑にまとめたポニーテールにスケバン風のセーラー服という、いかにもな出で立ちで、大振りのハルバードを肩に担いでじっと静観している。
手を出してくる様子もないし、ひょっとしたら話が通じる相手だろうか。
「そこのあんた! こいつらに攻撃を止めるよう言ってくれないか!?」
「てめぇ、なぁに勝手に姉御としゃべろうとしてんぷげっ!?」
飛び掛かってきた不良の顔面を踏み台に、『跳躍』。一足飛びにスケバン女子のところへ着地。近くでみると、切れ長の目が篝火を映しこんでコバルトブルーに輝いて、とても綺麗だ。もう一度話しかけようと一歩踏み出し、嫌な予感。全身に走った悪寒に身を任せ、足を捻り、無理矢理立ち止まった。
「っ ――」
「おや、避けるたぁ。粋だねぇ、風紀委員サマ」
虚空を走った一文字。もう少し深く踏み込んでいれば、床を抉った斬撃に俺の足も斬り飛ばされていたかもしれない。冷や汗が流れ落ちるのを感じ、思わず後ずさる。眼前のスケバンはハルバードを振るっていない。なら彼女の能力だろうか。
「危ないだろ…!」
「そりゃあ、ヤるつもりで奮ったから。で? 初めましてだね、風紀委員サマ。想像より可愛らしいじゃないか。なんの用だい」
物騒過ぎるだろ、このスケバン。あと可愛らしいとか言うな。いや話せる機会だ。落ち着け俺。
「えっと、俺たちは、ここの鉱山にある宝石を採掘しに来たんだ。だから、このまま見逃してくれないかな。別にあんたらがここに陣取るのをとやかく言うつもりはないからさ」
「おや、そっちもアレが狙いなのか」
「なに…?」
言われて気がつく。スケバン竜人の背後、大量に煌めく宝石の山に。鉱山の内壁から生えてる風でもなく、誰かが採掘して積み上げたものだ。誰か。そんなの決まっている。
「元から、宝石が目当てだったんだな」
「おうさ。悪ぃが、ウチらにとっちゃ大事なモンでね。お引き取り願おうか」
「そう言うなよ。その宝石が、学園祭のために必要なやつがいるんだ。少し分けてもらうのも無理か?」
「ふぅん…。なら、条件を呑んでおくれよ」
「条件?」
面倒な話を吹っかけられるんじゃないだろうな。ただでさえこんな怪しげな砦をアジトにしてるくらいだ。何か危険な企みの一つや二つあるかもしれない。
「ウチが学園祭で出す店を手伝いな!!」
「やっぱり変な企みとかなら断らせ…………は?」
この学園に来てからアホ面を晒すのは、何度目だったろうか。頭を抱えながら、そう嘆く一真であった。
◯●◯●◯●◯
衝撃的な申し出の後、砦から帰宅したのは真夜中のこと。出し物の準備で残っていたホナタと共に、俺とユイは、作戦会議をしていた。
「で? ソイツの手伝いをすることにしたのかよ、カズマ」
「まあな。断ったらピットが入場ゲートを作れなくなるし」
「ほんっっとにお人好しなんですから、一真さんはっ!」
真夜中なので集まっているのは、学園寮の俺の部屋だ。元は人間の生徒が入る予定で建てられた寮らしいが、今は住んでいるのは俺だけで、部屋が大量に余っていたりする。
「ふぅ……」
「って、聞いてますの?」
うむ。深夜に食べるカップ麺ほど美味い法則に間違いはない。ホナタからもらった干し肉や、ユイからのスコーンも美味いけど、やはりこれだなーと麺をすする。
にしても、店の手伝いっていうのがよくわからない。あのスケバン、やはり何か企んでいるんだろうか。でも、あの状況で嘘をつく必要はないだろうし、考えれば考えるほどよくわからない。
「まあ…、ひとまずは様子見でいいのではないかしら? 彼女の店がどんなものかも、よくわからないのですし。マズい物なら、その時対処するのも手ですわ」
「ああ。ヤバいモンだったら、ブッ潰せばいいだけだしな!」
ユイとホナタなら、それでもいいかもしれないけど、俺は一応風紀委員だからなぁ。後手に回るのもあまり良くないような。なんにせよ、取れる選択肢はないんだけどさ。
「そういえば…家具など、何にもないんですのね、一真さんのお部屋」
「ん? ああ、まぁ急に転入してくれって言われたからな」
思い出したかのように、ユイがキョロキョロと室内を物珍しげに見渡し始める。
元から私物なんて少なかったし、師匠の所にいた時も稽古ばかりでそこら辺整える余裕はなかったからな。お嬢様な彼女からしたら不思議なのかもしれない。
「いいんじゃねぇか? オレも自分のモンなんてほとんどねぇしなー」
「脳筋女の部屋はどうでもいいですが、もっと飾り立てた方が楽しいですわよ?」
「そんなもんかなぁ。でも、あまりゴチャゴチャした部屋は好きじゃなくてさ」
「オイ、誰が脳筋だ!」
「二人とも、近いって…」
たわいもない会話をしてる中でも、相変わらずユイやホナタの距離が近い。何やらこそばゆくなってきた。というか今更だけど、人生でほぼ初めて女の子を部屋に上げている事実にも思い至り、落ち着かなくなってきた…!
そもそも、ユイもホナタもかなり整った容姿だし、これだけ仲良くしてくれてるのは嬉しいんだけど、さすがに慣れてないのだ。
まあ、二人が揃うと軽い口喧嘩が絶えないし、色気より微笑ましさが勝つからセーフかな…。
二人が騒ぐのを眺めて、そんなことを考えてソワソワしつつも、ゆっくりと麦茶を飲み干す一真。学園に来て初めての穏やかな時間を満喫しつつ、彼は明日から始まる祭りに思いを馳せていた。
(色々あったけど、学園に来て初めてみんなと過ごすイベントか。しっかり盛り上げたいな)
なんて、こっそりワクワクもしていたり。
そんなこんなで三人の夜は更けて、朝が来れば、いよいよ学園中の生徒を巻き込む熱狂が始まる。《ユニベルシア》の一年間で最も大きなイベントの時間が――――
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