第15界 学園祭開宴前夜 (前編)
夏の始まり。学園全体で連日、暑さと湿度の最高記録を塗り替え続けていた。
コウの暴走や、ユイとの決闘、それらを含む一連の騒動から、早くも二週間が経過していた。学園祭の準備も再開され、延期はされたものの無事に明日開催される運びとなった。うちのクラスの出し物『バトルメイド&執事喫茶』も、しっかりと準備完了。顔を見せていなかったクラスメイト達も、力を貸してくれてスムーズに進んだ。
その代わりというか、俺の方が問題山積みで頭を悩まされてる。一番の問題は、学園中にある噂が広まっていることだった。
今も一枚のチラシを手に、その件で教室の机に突っ伏していた。
『問題や悩みがある生徒は、クラスX-1・新辰一真のもとに来たれ。風紀委員としてスパッと解決して差し上げます!』
「差し上げます、じゃないんだよなぁ…」
「あら、名が売れて、依頼も来て、学園も平和になる。良いこと尽くめではないですの」
噂を流した犯人なのに、紅茶を優雅に飲みながら、ユイはしたり顔でドヤっている。ティーカップに浮かぶレモンの匂いがふわりと充満していた。
風紀委員の仕事を手伝ってくれると言っていたのは、こういうことか…。
おかげで、学園内での俺への視線も前よりは和らいだ気はするから、そこは結果オーライだと思う。
「けど、なにも自分から揉め事を引き受けなくてもいいと思うんだけど」
「そんなスタンスでは駄目ですわよ。積極的に動きませんと。ね、一真さん」
「だからそういうのは…っとユイ!?」
言いつつ俺にしなだれかかってくるユイ。レモンとは少し違う甘酸っぱい香りが鼻をくすぐり、制服越しの柔らかな感触にドキッとする。
そう、もう一つの問題はユイで、彼女からの下の名前呼びと、やたらと増えたスキンシップだ。嫌なわけじゃないけど、人生でこれまで女子との関わりなんてほとんどなかったし、単純に落ち着かないから勘弁してほしい…!
おかげで、なぜかホナタの機嫌は悪くなるし、ルゥには女たらしとか不名誉な呼ばれ方をしてしまうしで…。風紀委員としてもいけない気がする。トリリアはダブルデートじゃんねー! と張り切ってたが、断固拒否させてもらう。
「あら、男性はこうすると喜ぶのでは? それとも、わたくしの体では満足できないと。まさか、狼娘のような野生児の方が好みですの?」
「どこ情報だよ…。いや、そうじゃなくて…! 人の目もあるからさ。ユイは目立つし」
実際のところ、彼女は相当な美人なので学園でも人気が高かったらしく、あんな事があった後でも羨望の眼差しは絶えていない。それはつまり、俺への嫉妬や敵意も増し増しということだ。平穏な学園生活よカムバーック。
「ふむ…。そういう公平性はさすがですのよね……。まぁ、有象無象が何を思おうと、構いませんわ。わたくしが、契約相手に選んだのです。あなたは、もっと堂々としてらっしゃいな」
「そのメンタルが羨ましいよ…」
そんなこんなで、良くも悪くも、悪い割合が大きいが、とにかく目立ってしまっている現状であった。既にいくつか依頼が来ていたりもする。差し当たって急ぎの案件は、学園祭に関わる物だろうか。
通り魔事件レベルの物はそうそう起きないだろうが、色々と厄介事は尽きないようだ。
「新辰く〜ん!!」
「ん?」
「あら、さっそく依頼者かしら」
教室のドアを勢いよく開け放ち、精悍な顔を焦りで真っ赤にした青年が、飛び込んできた。青年、と言っても身長は俺より少し低いくらいだ。その代わりに、服の下から浮き出るほどに立派な筋肉と、腰のポーチに下げた各種工具類が、全体的にゴツさを醸し出している。
彼の名前はピット・ストルン。隣のクラス 9-1に所属する
「どうしたんだよ、ピット。そんな変な声出して」
「変な声とは失礼なっ。ちぃっとばかし声変わり前だからって! いや、そうじゃないよ、新辰くんに協力してほしいことがあるんだ!」
「協力?」
「ああ。明日の準備で入場口のアーチを作ってたんだけどね。その材料が足りなくなったんだ…!」
「アーチって、あの宝石でできてたやつだっけか」
「そうなんだよ。頼む、材料集めの為に力を貸しておくれ!」
折角の入場ゲートが無いんじゃ、学園祭も締まらないだろうし、手助けするのはやぶさかじゃない。問題は、それをどうして風紀委員の俺に頼んできたか、だ。ただの材料集めではない気がする。
「力は貸せるけど、宝石の採掘でもするのか?」
「ええと、実は、僕らの鉱山が学園内にあるんだけどね。そこが不良の溜まり場になっていて、近づけなくなってるんだよ!」
予想通り、今回の案件も荒事らしい。どの世界の学生にも不良っているんだなーと呑気な感想になりつつ、ひとまずその現場に向かうことになった。
ユイもぴったりと付いてきて、三人で学園の敷地内を移動すること約三十分。 "ドワーフ" の鉱山に到着した。したのだが…。
「なぁ、ピット」
「なんだい新辰くん」
「不良がたむろしてるって話じゃなかったっけ?」
「そうだよ」
「どう見ても、山賊の砦だよなコレは!?」
ピットがそうだろうかと頭を捻っているが、そうとしか表現できない代物だから仕方がない。映画に出てきそうな古めかしい砦、鉄骨で組み上げられた堅牢さは、そこらの不良が陣取っているだけとは思えない本物加減だ。
木陰から様子を伺ってみるが、ご丁寧に見張りらしき人間までいる。
「ちなみに確認したいんだけどさ。あそこにいる不良って…何族なんだ?」
「えっとね、確か、
「うげぇ…………」
「”ドラゴニア” とは。厄介ですわね……」
厄介どころか最悪だ。ドラゴンや龍と呼ばれる生物の力を司り、様々な世界から集う《エイリアス》の中でも、屈指の戦闘力を持つ種族じゃないか。獣人族とタメを張る。以前の戦争でも、最前線で大暴れしていたとかなんとか。
なんせ持ち前の翼で空を飛べるし、五大元素を操り、魔法も思いのまま。強固な
「あの "暴れ姫" や、鞠灯さんにも勝った新辰くんなら大丈夫だよ! 僕は信じてるから!」
「お、おう…」
「まあ、一真さんなら大丈夫ですわよ。わたくしもお手伝いしますし」
「僕もサポートさせてもらうからさ!」
ううむ、随分な期待のされようだけど、どうしたもんか。タイミングを見極めなければ、真正面からぶつかっても数の差で瞬殺されるのは確定だ。
ピットとも相談して、真昼間ではなく夜にこっそり忍び込む方向で話がまとまった。そのためのアイテムも、ピットが持ってきてくれるようだ。
各エリアで準備が白熱していき、徹夜組も散見される、そんな熱気に包まれた学園祭前夜。鉄壁の砦へ潜入開始。
――――この時の俺は、まさかこの一件が、学園祭自体を巻き込み、そればかりか自分たちのクラスの出し物にまで影響してくるなんて思ってもいなかった。
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