第70界 小さな竜は大きく羽ばたく

「“キサマは……。竜族の女、ナゼまだ立ち上がれる?”」

「さあてね。正直、体はめちゃくちゃ痛いし、ありえんぐらい眠いし、もう横になっていたいのは山々さ。けどね。聞こえたのさ」

「“ナニ?”」


 己の胸に手を当て、カナミはすぅと深呼吸する。ああ、間違いなく。この心の高鳴りは幻想じゃない。確かに “彼” の想いはまだ生きている。


「ウチも絶対に諦めないよ。この体が動く限りはね!!」

「“度し難い……。では、望ミ通り完璧ナル終わリをもたらシてやろウ!”」


 魔神が闇のオーラを無数の骸骨の兵士へと変えて放ってくる。ハルバードを下段に構えて、その只中へ自ら突撃していく。全身に纏わせた『水』を高速で循環させることで水流の鎧を生み出し、骸骨兵を打ち砕きながら魔神へと突撃する。


「“無駄ナ足掻きだ。燃えヨ、『焔』”」

「それは鞠灯もりびの…!」


 爆発的に拡がる紅蓮の幕をハルバードに『水』の魔力を集中させて防ぐ。並み居る骸骨兵をハルバードで吹き飛ばすと、一息で魔神の懐に飛び込んだ。


「喰らいな、“撃龍突破”!」


 完璧なタイミングで繰り出した不可避の突き。だが。


「“能ワズ”」

「かはっ…!!」


 見えない障壁が頭上から降り注ぎ押しつぶされる。重力にまつわる能力だろうか。四肢が軋み、圧迫された筋肉が肺から空気を絞り出させる。意識ごと刈り取らんとする圧倒的プレッシャー。


 だが、これしきのことで止まれない。止まるわけにはいかないんだ!


「っ、らぁああああああああああ!」

「“ほゥ?”」


 意識を背中に集中させる。じんわりと熱を帯びた背の『翼』から水流が再び迸り、巨大な蒼い翼と化す。循環し続ける水流の勢いは留まるところを知らず、そのまま障壁を払いのける。


 即座に上空へと飛び上がり、飛翔しつつ魔神との距離を取る。


 認めたくはないが、今の自分の出せる全力ではこの相手とは渡り合えないと悟った。だが、例え刺し違えてでもこの魔神を食い止めねばならない。ウチは…!


 ――――――おいおい。自棄になるなよカナミ。らしくないぜ?


「っ……。はは、こんな時でも風紀委員サマの声が聞こえちまうとはね。ウチも焼きが回ったもんだ!」


 だが、それだけ彼の存在が自分の中で大きくなったということなのだろう。『翼無し』と蔑まれて叔父に虐げられていた昔の自分はもういない。信頼できる仲間と共に、愛すべき存在を得た自分なら、戦うための力を既に持っている。


 彼が可能性と呼んでくれた羽ばたくための『翼』を!


「やってやるさね。彼もみんなも、ウチが取り返してやろうじゃないか」

「“ふム……。消さレる覚悟ハできタカ?”」

「ああ。お前さんをブッ倒す覚悟はできたさ!!」


 背中の熱が増すと同時に、全身を覆うように溢れる蒼い『水』が黄金の輝きに染まる。生えていた『翼』と交じり合った金の『水』がカナミを守るように展開し、それは龍を模した騎士の鎧となる。


 以前、プテロが遊園地で見せた魔力を全身に纏わせて異形化する技。アレを己の操る『水』で再現した物。本来ここまでのコントロール力は自分にはない。新辰一真という少年との絆によって発現した透き通るような金―――、琥珀色の『激流』がなせる業だ。


《OK. SKILL 『STREAM』, new SCORE release. SKILL, evolution. 『OVオーバー-STREAMストリーム』, accepted!》

「はぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 脳内に響く凛とした機械の声。握るハルバードにも水流を宿し、描き出される螺旋が鋭利な切っ先となる。得た推進力のままに上空から急降下、一直線に魔神を狙う。


「“であルから、無駄ダと―――”」

「無駄なことなどなにもあるもんか!」

「“!?”」


 迫る重力障壁も、放たれる数多の属性攻撃も、どれもカナミを止める壁足り得ない。己の限界よわさというこの世で最も越えがたい壁を克服した今のカナミは、一切合切を貫く力を持っているのだから。


「“馬鹿、ナ”」


 ここで初めて動揺を見せた魔神が慌てたように後ずさる。己の有利が揺らいでいると実感したのだ。かのモノを守るように足元から無数の闇の瘴気が噴き出す。


 だが、それも構わず再び空へ舞い上がったカナミは充分な距離を稼ぐと飛翔スピードを微塵も落とさずに再び滑空し突撃する。ただ一点、魔神を討ち倒さんために。


「“く、来ルな。来るナぁアアアアアアアアア!”」

「いいや終わりだ、クソッタレ。重なる雨垂れ石を穿ち、いつか天にもつ金蒼の竜となる! 撃ち抜きな、“克龍突空こくりゅうとっくう・オーバースラスト”!!!」


 限界を超えて加速した高圧水流の螺旋に包まれて、巨大な一本の琥珀色の槍となったカナミのが闇の障壁を意にも介さず消し飛ばす。


 小さかった竜の勇気ある一撃は、狙い違わず闇の瘴気ごと、世界を喰らわんとする魔神の胴を真っすぐに貫いたのだった。


 不気味なほどの静寂が訪れる。


「はぁ…はぁ……!」


 黄金が枯れ、元の姿に戻る。手ごたえはあった。確実に敵を倒した実感がある。だから、もう大丈夫だと振り返ろうとして。


「“惜しカッたナ、竜人族の少女ヨ”」

「………」


 カナミは自分の腹から突き出た刃を見た。


「こふっ」


 ああ。自分は確かに今出せる全力を振り絞った。だが、届かなかった。埒外の相手にはまだ至れなかった。助けてくれる存在は期待できない。魔神の最後の一手はもう間もなく。世界が気付く時には手遅れだろうから。


 すまないねえ、風紀委員サマ……ううん、一真。ウチじゃあダメだったよ。


「いいや、そんなことないよ。さすがカナミ。いい一撃だったぜ?」

「…………ははっ」


 ゆっくりと崩れ落ちるカナミの体を、とさっと受け止めたのは誰だったろうか。


 学園〈ユニベルシア〉の一般的な制服に身を包んだ少し幼さが残る面立ちの少年。ぼさっとしたクセ毛が目立つ黒髪を風に揺らし、彼は抱き留めたカナミを地面に優しく降ろすと、静かに気合を漲らせながら立ち上がった。


「“……アり得ヌ”」

「馬鹿だな。あり得ないことなんて、この学園では一つもないんだぜ」

「“……認メラれヌ!!”」

「だとしても。俺はお前を止めるよ。どんな事情があるのか知らないけど、今の世界を壊させるわけにも変えさせるわけにも、絶対いかないからな!」

「“なんナノだ…。貴様ハ、一体、なんダとイウのダ!”」


 魔神の問いかけに、俺はもう一度そうありたいという願いを確かめるように、心からの大声で宣言した。


「俺は新辰一真。この学園の……いいや、平行銀河の風紀委員だッ!!!!」

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