第71界 培った力

 白のウィアルクスを右手に呼び出し、俺は闇黒が渦巻く大樹のテーブル状の頂で魔神に向き直る。


 状況はきちんと理解している。


 学園もその地下にあった《オービスポルタ》の残骸も、今はすべて魔神に手中に落ちていることを。仲間たちもみんな取り込まれて、世界が絶体絶命で崩壊秒読みであることも。けれど、やはりそんなことは諦める理由にはならないと前を向く。


「みんなも学園も全部取り戻す。改めて、力を貸してくれ〈ウィアルクス〉!」

「“コウなれバ再ビ取り込ンでくれルぞ、人間ンンンンンンン!”」


 先手は渡さない。〈ウィアルクス〉の切っ先を前に向けたまま全力で突撃。間髪入れずに魔神の腕が閃き、無数の骸骨兵と『氷』の波濤で対応してくる。ただの人間と侮られている割に本気の攻撃だが、対処法はある。


 『氷』のような属性能力で生み出される壁は全てが均等な硬さじゃない。精霊族アストラリアであるユイからの教えだ。


 薄くなっている一点に自らタックルして割り砕くことで最低限のダメージで抜けつつ、骸骨兵を〈ウィアルクス〉のエネルギー刃で斬り倒していく


「"ならバ、コレはどうダ!"」


 今度は魔神の背後に現れた機械仕掛けの砲塔が無数の弾幕を生み出す。虚空から現れたように見えたのは、ファイブたち機人マキナの『量子』属性か。


 それも、知っている。


 砲塔が顕現しきるまでの時間差を使って、その真下へと潜り込んで見上げるような姿勢で振り抜いた刃で砲塔を両断していた。砲塔の爆発を使って前へ、そのまま振り抜いた〈ウィアルクス〉を返す刀で叩きつける。


「“ちィ、ちょこマカとうっトおシイ!!”」

「そりゃどうも!」

「“褒めテはいなイガな!!”」


 お次は高速で生成された『剣』が乱舞してこちらを狙ってくる。操る存在がいる場合この手の攻撃は完全な同時攻撃にはなり得ないのは、魔族デモニスであるトリリアから教わったことだ。ほんのわずかに生まれた隙の合間を縫って、ギリギリまで引き付けた飛翔する『剣』を払い落としていく。


 体をジグザグに振って放たれ続ける攻撃をかわす。獣人族ベスティアであるホナタやルゥが得意とする身のこなし。魔神の操る異能の攻撃はどれも見覚えがあるものばかりだから体が動く、避けることができる。肉体と脳裏に焼き付いた学園の生徒彼ら彼女らとの思い出が、前へ進めと後押ししてくれる。


「はぁああああああああああ!!」


 魔神の懐に飛び込み、竜人族カナミ直伝の武器捌きで逆袈裟懸けの一撃を浴びせる。全ての異能を無効化する力を残していた〈ウィアルクス〉の刃に当たった部位が、魔神の瘴気ごと肉体を削り飛ばした。


 絶対の強者であるはずの存在がよろめく。


「“ナンなのダ……。なんナノだ貴様ァ!”」

「言っただろ、風紀委員だって。だから、お前のことも絶対に止めて見せる」

「“止めル……か。殺スや、消ス、倒スとは言わナイのか”」


 意外そうな声音の魔神の呟きに、我ながら確かにと今さら気づく。そうか。俺はこんな時こんな存在相手ですら、解かり合おうと思ってしまっているのか。


「話ができそうなやつを一方的に倒したいわけじゃない。すれ違ってどうしても納得できなければ殴り合ったっていい。それで互いの言い分をぶつけ合えるなら、いくらでも俺は胸を貸してやるよ。この学園で約一年そうやってきたんだ。だから―――」


 ゆっくりと〈ウィアルクス〉を構えて、魔神に向かって宣言する。


「お前の言い分も教えてくれよ。望みをかなえたいのはわかった。もし一緒にそれを目指せるなら、そうしたいんだ」

「“………バカだナ、貴様ハ。我ハこれでモ神。神と対等ニ話そウなどとは、勇者カ愚かモノだけダゾ”」

「はは、そうなのかもだ。でも、世界が少しでも平和になるのなら、馬鹿でもなんでもいい。だから来いよ、魔神。俺が一緒に悩んでやる!!」


 突きつけた言葉への返事は爆発的に高まる瘴気。構わない。今はこれでいい。心行くまで刃を交わして全力だって受け止めてやると、〈ウィアルクス〉を振り上げた。


 チリチリと張り詰めた空気の中、互いに一撃を狙う。どう転んでもそれが最後になるとわかっている。


 魔神の腕が先に動く。


「“終わリの刻ダ、勇者。ここニ終憶の縁を果たソウ。星ヨ、世界ヨ、終の魔神ノ求めニ応じテ我がかいなにテ破壊を為セ。―――ウム・サンサーラ・クシェートラッ!”」


 大気はおろか次元すら覆い振動させる圧倒的量の魔力が一点に収束し、超巨大な暗黒のエネルギー球を作り出す。避けることすら許さない純粋なる破滅破壊の波動が解き放たれた。迫りくる闇そのものに対しできることは少ないけれど。


 握った〈ウィアルクス〉が呼応して熱を帯びていく。今は力を貸してくれる誰かが近くにいるわけじゃない。それなのに、不思議と心臓は熱く脈動し続けている。感じ続けている、みんなの息吹を。だから。


「全然負ける気しないぜ!! 」

《All right. ALL SKILL, FULL access. CHAIN to victory. ―――Now, burst your Spse‼‼》


 機械音声の涼やかさとは裏腹に、今まで感じた中でも最大級の熱が全身を駆け巡る。


 〈ウィアルクス〉の刀身から漏れ零れる白い光がどこまでも伸びて、瞬き輝く光剣つるぎとなる。


 世界を飲み込まんと吹き荒れる闇の嵐にも負けない、どこまでも届き得るほどに眩い光が際限なく輝きを増していく。


「俺がこの学園で培った全てをこの一振りに! 万障断ち切るは、束ねられし果てなき純白! 切り拓けよ、天翔無究ソラストラル・インフィニティッッッ!!!」


 吹き荒れるエネルギーの爆発が制服越しに全身を苛もうとも剣を振るう手を緩めない。最後の一歩を踏み出した。


 立ち塞がる闇のとばりと迷いのなき一刀が、刹那に拮抗して。


 黒く咆哮する次元の壁、差し伸べられた手すら拒絶する断絶の闇を、黄金の白に耀く諦めの悪い理想をだとしてもと力強く押し込んだ。


「"ァ、ァ、ぁあああああああああああ!!"」

「ぉ、おおおおおおおおおおお!!!」


 ズッ———と闇を切り裂く。その狭間に、曇りなき蒼穹、どこまでも続く透き通った綺麗な空が顔をのぞかせた。

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