第72界 銀河を終わらせる時樹

 次第に晴れていく闇の下、俺は片膝をついて力尽きた魔神と向き合っていた。


「"……もウ少しバかり早ク貴様と出会イたかッタものダよ”」

「今からだって遅くないだろ。《オービス=ポルタ》でなにをしたいのか知らないけど、世界を壊さない方法を探そうぜ」

「“ふフ…、勘違イしていルようダ、ナ。手段と目的ハ表裏一体……。『門』を起動スル事が狙いデハない。『門』ソノモノが破滅の―――”」

「どうしたんだ?」


 突然、魔神が何かに気付いたように言葉を止めた。表情が見えるわけではないが、とても納得したようにゆっくりと天を仰ぐ。


「“なるホド。して、ヤラレたヨうだ。なァ、よ”」

「!!」


 魔神が見据える方向を振り返り、驚く。


 そこにはボロボロになりながらも、纏う着物を風になびかせながら余裕を見せるそぶりの菊世がいた。


「生徒会長……」

「ふふふ。感謝するわ、新辰さん。おかげで最後のピースが揃ったのだから」

「“神ヨり生まレし地球人……、イヤ新辰一真とイウ名だッタか。我ガ願いヲ、最後に伝えテおコウ。我ハ、世界ノ裏側にて眠ル娘を取リ戻シたカった……。こノ願い、代わリに果たしテハくれナいカ……?”」

「なんだよ、それ…。お前が自分で果たせばいいだろ! てか、結局師匠が俺の母さんって話はどういう意味」

「“ハハ。そう、ダ、な。ふム……、己の出生ノ謎は、己デ見つケ出スことダ”」


 娘を取り戻す。それが魔神のたった一つの悲願だったのか。最後に、意味深なことを言い残して魔神は静かに塵と化して消滅した。


 確かにもっと早く出会っていれば、戦う以外にも方法はあったのかもしれない。だが訪れた結末は変えられない。今は自分にできることを全力でやろうと、改めて菊世に視線を向ける。


「会長、あんたの目的も教えてくれ」

「根本的にはその魔神と同じですよ。『門』を使って世界の壁を破壊する……。ですが、わたしの願いはその先にある……」

「会長の願い?」

「ええ。全てを終わりにして、新たな世界を始めるのです。その為の『門』、そして他種族の因子を吸収した『白き聖鍵』と『黒き魔素』……。これが全てのピース。そして目覚めるのよ、終わりの時樹が!!」


 止める間もなく菊世が背後の《オービス=ポルタ》に触れる。先ほどから静かに脈動していた円環が九つの極彩色に包まれて宙に浮かび上がり、激しいエネルギーを渦巻かせる。


 天が、割れた。


「これって…………!」


 ひび割れた記憶が目を覚ます。


 天が割れ、地が燃え、海が泡立つ。空に開いた大穴から無数の見知らぬ世界の人間たちが溢れ出てくる。世界がその軋轢に軋みを上げて全てが壊れていく。


 生きとし生ける全ての運命を変えてしまった『門』が、今再び開いた。


 足元の大樹が崩れ落ち、地面の感覚が失せる。天地が逆転して落下していく中、俺は天に現れ始めた "ソレ" を見た。


 初めに一つの芽ありき。芽は育ち芽吹き、大樹となりて、なお止まらず。極太の九枝を伸ばして複雑な紋様を描き出す。それら一本一本が一つの世界を内包する究極の手足となり、さらに伸びた枝葉が樹そのものを上から覆い、極彩色の鎧のような形へと練り上げられていく。


 放つ光を一層強くした《オービス=ポルタ》が単眼のように樹の最頂点に座し、そして ”ソレ" の顕現、いや降臨が完了した。


《All SYSTEM clear. Program start. World Reseter activate. END, FINALE, PERIOD, LAST, CLOSE, DOOM, APOCALYPSE, OWALI, ―――Ω. 【Exygg's=Drasilイグズ・ドラシル】, incarnation》


 〈ウィアルクス〉の物と似通った機械音声が樹より鳴り響く。魂がその威圧感に震える。紛れもなくそこに現れたのは世界を壊すに相応しい圧倒的なナニカだった。


「くそどうすれば……。てか、このままだと落ちる!?」


 いまだに〈ウィアルクス〉にみんなの力が戻る気配はない。俺自身に切り抜けられる力はない。猛スピードで落下し続ける俺に残された時間はなく、大地が迫ってくる。


「馬鹿弟子くん、手を伸ばせ!」

「!?」


 宙の只中で何者かに呼びかけられ、言われるがままに手を伸ばす。どこかに吸い込まれる感覚と共に、空間を通り抜けて見知らぬ場所に転がり込んだ。


「ここは…船の甲板…?」

「間一髪だったねえ、君はまったく無茶ばかりして困るよ」


 よく知る女性の声がした。まあ、薄々そんな気はしていたけれど。


「助かったよ、師匠。……生きてたんだな」

「君同様にね。魔神から解放してくれたおかげで駆けつけることができたのさ」

「そっか……。この船は師匠の持ち物なのか?」

「ああ、僕のとっておきの一つ。人の悪夢を終わらせて理想を叶える、〈大祓之宝船おおはらえのたからぶね〉だ」

「理想を叶える……」


 それはまさに神の力だ。師匠母さんは本当に神さまってことか。


「君は、何も聞かないのか」

「ん? ああ、師匠が俺の母さんで神さまだったことか。……それについては訊きたい事なんて山ほどあるさ。けど、今はそれどころじゃないだろ」

「そう、だね。うむ。この船の力で、僕は君の理想を叶えてあげられる。願いを一つ叶えてあげようじゃないか。思春期の少年特有の願いでも良いんだよ?」

「はいはい……。そうだな、願いか。なんでも叶えられるのなら、俺が願うのは一つだけだ」


 理想なんてたいそうな物は今はいい。必要なのは世界を守るための力。俺一人では何もできないから。


「学園のみんなを、俺の仲間を取り戻したい。力を貸してくれ……………母さん!」

「……! ふっ、任されたよ馬鹿息子!!」


 俺の呼びかけに、琉香は驚きと喜びのないまぜになった顔を見せて頷いた。


 琉香が指をパチンと鳴らす。


 船体が鳴動して俺の願いを受け取る。宙を舞う〈大祓之宝船おおはらえのたからぶね〉がその真価を発揮しようとする。


 だが。


《elimination, start》

「!」


 無慈悲に告げられる機械音声。


 視界一杯に、閃光が拡がった。

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