第38界 境界洞窟(ホライゾンケイヴ)

 どこかで水滴が単調なリズムで音を刻んでいる。手にしたアウトドアライトを手がかりに進まなければならないほどに真っ暗闇で視界は最悪、けれど互いの息づかいだけはハッキリしている。


 足を踏み入れたエリアはそういう重苦しさで一杯だった。正直、みんなと一緒でなければ絶対歩きたくはない。


「なんでこんな場所が学園の中に…?」

「わからんけど、少なくとも自然に生まれたものじゃないのは確かじゃんね〜」

「どこまで続いてるんでしょう…。これ星の裏側とかに繋がってないですよね?」


 ルゥの可愛らしくもぶっ飛んだ心配は微笑ましくだと思うが、大丈夫だろう。もっともこの摩訶不思議な学園のことだから、謎の秘密基地とかあるかもしれないが。


 しばらく一行が歩き続けていると、映像で見せられた金属質の床や壁が現れた。いよいよ本番ということか。例の化け物がいつ現れるとも限らない雰囲気がある。


「っ、魔力反応じゃんね!」

「さっそく来たのか!?」


 〈ウィアルクス〉を呼び出して構える。柄を握る手に汗が滲む。構えた刃に揺らめくライトの光を睨むこと数秒、前方の暗がりから硬い足音が聞こえてきた。誰か来る。


「新辰か。なんとも奇遇だな」

「あんたは…」


 洞窟の奥からやって来たのは、木霊族プランターで中等部三年生のコスモスだった。

 男か女かわからないが息を呑むほどの美人、外見年齢以上に落ち着いた雰囲気と背負った大太刀のミスマッチが印象に残る。


「君たち、なぜこの〈境界洞窟ホライゾンケイヴ〉に? ここは学園でも限られた生徒しか足を踏み入れないダンジョンの一つだぞ」

「生徒会長に依頼されたんだよ。ここに入った国連の調査団が謎の化け物に襲われたらしいくてさ」

「なるほどな…。アレ、か」


 心当たりがあるらしくコスモスは顎に手を当てて少し考える仕草を見せると、急に背中の大太刀を抜き払った。


 速すぎて見えなかったが、剣閃が俺の斜め上を正確に裂いた。甲高い断末魔を残して、見えない何かが消滅した。鼻をくすぐったかすかな臭いは、どこかで嗅いだことがある。確かユイたち精霊族が以前呼び出していた黒い靄、あれととてもよく似ていた。


「急に何するんだよ」

「ふむ、お前には視えていないのか。この辺りは怨霊悪霊邪霊、そういう存在が当たり前のように存在していてな。こうして、その都度祓はらっていかなければ先には進めないぞ」

「なんだそのお化け屋敷状態…」

「だったら、アタシの魔法でカズマっちの目を視えるようにすればいいじゃんね。データは取ってあるからっと…、うんこんなもんで。――― “オウグーネ・リヒテン”」


 トリリアが杖を一振りすると、視界に光のベールがかかったようになり、次の瞬間さっきまでは感じなかった重苦しさがよりハッキリとしたビジョンに変わった。


「なんだよ、これ…」

「うへぇ、適当に魔力で感知してるのとはワケが違うじゃんね。自分の “目” は戻そっと」

「わたしの勘も慣れてきました。この辺りは、入り口付近とは別格の気持ち悪さですね…」


 感じていた重苦しさの原因は、洞窟内を埋め尽くす大量の黒い影だった。これがコスモスが言うところの悪霊か。どうしてこんな場所になっているんだ、ここは。


「さぁ、調査をするというのなら進もう。そのうち、お前たちの標的とも出くわすだろうしな」

「おう。って、ついて来てくれるのか?」

「このまま帰ろうかと思っていたが、それも悪くないと思ってな。どのみち、一つやり残したことがあるんだ」


 そう言ってくれるのなら素直に申し出を受けよう。トリリアとルゥも安心しているし、俺自身も少し怖さを抑えきれなくなってきていたところだ。


 四人で歩き続けていく間も、敵を見つけたコスモスが流れるように倒してくれるおかげでスムーズに探索できた。

 余裕ができてくるとどうでもいいことが気になる。コスモスは何の目的があってこんなところに潜っていたのか。悪霊を見る “目” がなければ相当危ない場所なはずなのに。


「なにか訊きたげだな、新辰」

「あ、うん。コスモスはここで何してたのかなって思ってさ」

「なんだそんなことか。俺は学園の周囲のどこかに眠っている『門』をずっと探している」

「『門』だって? その話、詳しく―――」

「二人とも! 気を付けてください!」


 ルゥが鋭く警告を飛ばしてくる。次の瞬間、前方の壁から滲み出てくる黒い水滴のような物体。ゲームに出てくるスライムのように不定形でありながら、明確な存在感を放っている。怨霊とは格が違う何かだ。


「こいつらは〈スワンプリム〉と呼ばれる、このダンジョンの防衛システムとでもいうべきものだ。数が多いからな。お前達も手伝え」

「ああ、任せろ!」

「サポートは任せるじゃんね~」

「まずは道を切り開きます!」


 全員で臨戦態勢を取る。〈スワンプリム〉が分厚い壁のように立ちはだかるが、ルゥが全力突撃を敢行して、風穴を開ける。その隙を広げるようにトリリアの炎魔法が炸裂して黒い水滴が散り散りになる。


「炎が効くなら…。スキル『炎』、発動!」

『accept. SKILL『BRAZE』, activated』


 業火を纏った〈ウィアルクス〉を床に叩きつける。熱流の伝播が〈スワンプリム〉を一度にまとめて焼き払った。形のない泥のような体がシュウシュウと蒸気を上げて消滅すると、そのあとには不思議な形の鉱石が落ちていた。光すら反射しない漆黒の石。これも見覚えがあった。


「〈ハーゲンティ〉と戦った時に、あいつが纏っていた闇の黄金…? どうなってるんだよホントここは…!」


 精霊の闇と〈天使〉の力の一端、そんな特別な異能が具現化するダンジョン。おまけに、どこかには『門』が眠っているという。何かがおかしい。ひょっとして自分は、知りたかった事実に近づいているんじゃないのか。


(もしや、生徒会長はなにか隠しているのか?)


 まだまだ長く長く続く、見通しの効かない洞窟が、俺の心に渦巻く疑念のように昏いうろをのぞかせていた。

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