第39界 学園に吹き荒れる桃嵐 (前編)

 一真たちが学園内のダンジョン、境界洞窟ホライゾンケイヴを探索していた一方、その頃。


「ふんふんふふ〜ん♪」


 校舎の間に張り巡らさらた渡り廊下の一つ、学生寮を繋ぐエリアを鼻歌まじりに散策する少女、十塚友里の姿があった。


 時折立ち止まって、壁や床をペタペタと触り、また次に行く。はたから見れば意味不明な行動でも、本人は大真面目である。


「そう簡単に『門』の手がかりがあるわけないけどさ〜。にしたって、脈なさすぎないかな?」 


 これじゃ、


 あの力が必要だ。地球と異世界を繋ぎ、創造も破壊も思いのままにする究極の力。


「学園のどこかにあるのはわかっているんだけどなぁ…」


 便利なレーダーを持っているわけでもない。地道に探すしかないのだ。改めてやる気を出して、学生寮に近づいた瞬間。


「だれっ!」

「ほほう。我の気配を感じ取るとは、なかなかにやる。して、なんの用かしら?」


 寮の入り口付近、各種族専用エリアに繋がるエントランス。足を踏み入れるや否や、背後を振り返るとそこには、金髪のドリルロールをフワリと揺らす美幼女が立っていた。報告書で見た顔だ。


(確か、上級魔族デモニスのテッサリア・ドラキュリアだったかな。能力は『支配ギアス』、目で見た範囲内の者を操る力…。厄介だねぇ)


「で、用向きはなにかしらと聞いているのだけれど?」

「う~ん、あなたに話す必要あるかな? まだ学園に不慣れなので、ちょっと散歩してただけだよん♪」

「ほう。とてもそうは見えないわよ。どっちかというと、そうね…」


 テッサリアは口元に笑みを浮かべつつも、笑っていない目を友里に向ける。ここまでの警戒心を見せるのは理由がある。


 友里が内包する〈天使〉の存在。その聖魔併せ持つ異様なオーラを感じているからだった。だからこそ、今の彼女には友里の姿はこう映る。


「まるで、獲物を探す猛禽類のごとくといったところかしら」

「……へぇ」


 言うねーと、内心ほくそ笑む友里。間違ってはいない。そうだ、いっそこの子が情報を持っていないか聞きだすとしよう、そうしよう。


 なんせ、相手は憎き異世界人。情報収集を兼ねて、鬱憤を晴らそう。


「来て、《天機・バルバトス》 ――――!」

「なに? 我とやる気なのかしら」

「そうだよ、って言ったら?」


 言葉が返ってくるよりも先に、目にも止まらぬ速さで貫き手が頬を掠めた。首を傾けていなければ、喉元を掻き切られていた。バックステップで距離を取り直しつつ、友里の額を冷や汗が伝う。


(速っ…。魔族のお姫様ってのは伊達じゃないんだねぇ)


「でも! こっちも負けてないよっ。《一の王笛・アニクスィ》!!」


 諸手に構えたピンク色のボウガンから矢を放つ。当たれば爆風が破壊を巻き起こす力を秘めている。それでも、テッサリアは動じない。


「オモチャに過ぎないわ。“失効契約ギアスリヴォケーション”!!」


 赤き魔瞳が輝いて、矢が力を失って消滅する。慌てず次をつがえる友里に対し、遅いわよとテッサリアは八重歯をむき出す。魔力を体内で目まぐるしく循環させて、何倍にも高め、駆ける。


「くっ」

「っらァ!!」


 細腕のどこにと思うような膂力でパンチが繰り出される。テッサリアの拳を受け止めたボウガンが砕ける。放り投げ、残ったもう一丁を短剣に変形、全力で突き出した。


「ふん。効かないわよ!」

「どうだろね!」

「ッ、チィ」


 剣先をテッサリアが握り込むが、それは罠だ。友里が凝縮されたエネルギーの弾丸をゼロ距離で放つ。激しい炸裂が巻き起こり、寮の壁が耐え切れず瓦解した。


 中庭に飛び降りて、周囲に素早く視線を走らせる友里。けれど、どこにもテッサリアはいない。


「どこにっ…」

「ここよ!」


 砲弾のような勢いで空から踵落としが振り下ろされる。はっきりと、骨が折れる音がする。激痛をこらえて回し蹴りを叩き込むが、力の乗り切らないそれは容易にかわされた。


「フハハハハ、遅い。遅いわよ!」

「だとしてっ、私には意味がない。《二の王笛・カロケーリ》、――― 再生の時よ」


 友里の体が眩い光に包まれて、外傷が治っていく。一見しただけではわからないが、恐らく内側の傷も。魔族であるテッサリアからしても規格外の治癒力。あり得ざる奇跡だ。


「そんな力を行使して、大丈夫なのかしら。相当な負担が掛かるんじゃない?」

「見くびらないでよね。この程度、痛みにも入らないんだからっ!」

「く…」


 再度、俊敏な動きでボウガンを連射する友里。先ほど矢をまともに受けたテッサリアの動きは鈍い。相手の活力を奪う力を持つのが、《一の王笛・アニクスィ》である。


 矢の弾幕をなんとかかわして、テッサリアが魔力弾を生み出して放る。無造作に見えるがその実、しっかりと友里の足場を吹き飛ばしていく魔力弾が、ルートを制限しにかかる。


 それを物ともせず、友里の脚は前にだけ進む。まるで何かに抗うかのように、けれど何かを恐れて脇見もしたくないかのように。


「おまえ…。寂しい目をするのね」

「知った風なこと言わないでくれるかな。あなたには関係ないでしょ」

「覚えがあるのよ」

「はぁ?」


 急に話しかけてきたテッサリアにイラつきながらも、友里は頭を回転させていた。この流れで『門』の場所を聞き出してから、存分にぶっ殺そうと皮算用。しかし、次の一言で理性が死んだ。


「おまえ、友達はいないの? 我も最近気づいたのだけれど、悩みを聞いてもらうと迷いが晴れるわよ。そういえば、おまえもカズマとは友達なのよね?」

「…………………………………ざけるな」

「え、っな、なに!?」


 膨れ上がった殺意に目を白黒させながら、テッサリアの体が宙を舞う。友里が呼び出した巨大な砲塔に殴り飛ばされたのだ。


 受け身すら取れない空中でもがくテッサリアの矮躯を、物陰から身を躍らせたメイド服の女子がキャッチした。メイド兼お目付役のプテロだ。


「な、ナイスよプテロ」

「どうしたんすか。何事っすか、これ。どうしてあんなのとバトって…。お嬢様、また変な因縁つけたりしたんすか?」

「違うわよっ! むしろ向こうが勝手に喧嘩売ってきたんだから!」


 二人に向けられている友里の目は、もはや、今という時間を見てはいなかった。


 平和な生活を侵し、蹂躙し、破壊した忌むべき異世界人。儚くとも楽しく続くと思っていた日常はもうない。テッサリアが言うような友達など、みんな奪われた。その上で、新辰一真という拠り所すら、泥棒猫に我が物顔で語られる。


 怒りはここに極まった。桃色の光が感情の昂ぶりに合わせて、激しく輝き始めた。力の振動が校舎の窓ガラスを振るわせて、不快な共鳴音を奏でる。


「絶対に……許さない…!!」

「あちゃあ、完全に逆鱗踏んでるっすよコレ。どうするんすか」


 どうすると言われても。当然、テッサリアの答えは決まっている。


「カズマの友達ってことは、我の友達でもあるんだから。正気にするわよ、付き合いなさいプテロ!」

「了解っすよ」


 彼女は、心の底から支配者気質だ。自分の思う方向に全てを持っていこうとするのは、良くも悪くもテッサリアの変わらぬ性格だった。


 同じように、プテロからしてもお嬢様のワガママに振り回されるのは変わらぬ業務内容であり、正直楽しい仕事だった。加えて、最近変わろうと努力しているあるじの心に寄り添いたいとも思ってしまう。


「異世界人は…、私が倒すっ!!」

「やれるものなら、やってみなさい地球人。我とプテロで目を覚まさせてやるわ!」

「はいはい。何を言っても無駄みたいっすから、悪いけど覚悟するっすよー」


 天使ワールダーの少女と、魔族デモニスの主従が激突する。

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