第44界 超越する力

 地下にあるとは思えない広さの空間を、所狭しと這いずり襲いかかってくる粘液の龍。網状に放たれる液の槍がまさしく雨となって降り注ぐ。


「クらうとヤバそうじゃんね! “リヒテンシルト=ツァオバークスト”!」

「スキル『魔法』、魔技障壁マジック・カーテン!!」


 二重に張られた魔術の障壁が粘液を消し払う。だが、次々と降ってくる上にその中には〈スワンプリム〉も混ざっており、とてもではないが受け切ることは不可能に思える。


「だったら先ほどの焼き直しです。新辰さん!」

「さーせーるーかってェ!」


 ルゥと並び立つ暇も与えるものかと龍が咆える。粘液が細くまとまり糸と化して広間中を覆い尽くした。その一本一本から水が、風が、土が、各属性を宿した攻撃を飛ばしてくる結界となる。


 今までの〈天使〉よりも器用かつ、巧妙にこちらを追い詰めてくる。けれど、こちらも負けてはいられない。


「駆け砕く、“乱・藍・RUN”!!」

「“ラケーテン=ツァオバークスト”ぉ!」


 ルゥの高速突撃とトリリアの魔力ミサイルが、龍を構成する粘液の体を次々に抉り飛ばしていく。だが怯む様子はない。むしろ攻撃を取り込んで、なお勢いが増し続けている。どうすれば。


「おい、地球人」

「なんだよコスモス。てか、お前も鍵がなにか知ってるんなら、教えてくれよ。俺は知りたいんだ、いや、知らなきゃいけないんだよ」

「そのことにも関係があるが、おまえはまだその剣の使い方を全て知っているわけではなさそうなのでな。一つアドバイスだ」

「アドバイス?」


 コスモスが自身の大太刀の柄を外して、そこに納められていたメダルのような物を抜き取って渡してくる。時計のような紋章と、『SCORE』という文字が刻まれている。


「これは?」

「おまえは知らないだろうが、これと同じ物が白き剣の中にある。10個揃った時には何かが起こるとされている代物だ。その記録は…もうないがな」

「どういう…」

「しのごの言わずに、これを使え、そして引き出せ仲間の力とお前の想いを」


 コスモスは意味深に告げるだけ告げると、戦いに戻ってしまった。一体、このメダルをどうしろっていうんだ。


 悩んでいるとルゥがこちらまで吹き飛ばされてきた。


「っくぅ! 大丈夫ですか、新辰さん」

「あ、ああ。ルゥこそ、まだ戦えるか?」

「愚問ですね。全然余裕です。そちらこそもうリタイアですか?」


 そんなわけない。そんなわけにはいかない。相手がどんなに強くたって、俺は立ち向かう。一人では難しい相手ならば、みんなの手を借りてでも。


「ルゥ、あの〈天使〉を倒すぞ…!」

「もちろんです!」


 握った〈ウィアルクス〉に力を込める。それと同時にコスモスから受け取ったメダルが熱を帯び始めた。


「あっつ!?」


 パッと光ったかと思えば、メダルが剣に吸い込まれて消えた。ユイやホナタや、みんなの力を使えるようになった時に似た感覚が全身に走る。


《new SKILL, accepted. 『SCORE』. SKILL 『RAPID』, new SCORE release.》

「これは…??」

「ルゥ、脚が…!」


 〈ウィアルクス〉から放たれた煌めきがルゥの兎の脚を覆ってゆく。大地を揺るがすほどの跳躍力が彼女の強靭な脚に収束していくのがわかる。そしてその影響はルゥにのみ及んでいるわけではなかった。


《SKILL, evolution. 『EXイクス-RAPIDラピッド』, accepted! 》

「スキルの新しい形…?」

「わたしだけでなく、新辰さんも!?」


 迸る光が形作ったのは、『超跳躍』の力を持つ純白の脚甲レギンス。ルゥとお揃いのフォルムの強靭無比な “脚”。思えば見知らぬ学園、馴染みのない場所で初めて出会ったのはルゥだった。あの時と同じく、立ち塞がる障害を踏破し、明日への一歩を踏み出すための始まりを示すかたちを纏って、前に。


「一緒にブチ抜くぞ、ルゥ!!!」

「当然ですっ!」


 床が爆ぜる。二筋の光芒が駆け抜け、勢いのままにスライム龍と化した〈パイモン〉の真上へ躍り出る。〈パイモン〉のあぎとがあざ笑うように醜く開く。


「お兄やんんんんんん! その程度で倒せるとでも、っ」

「どうやら、気づいたみたいだな〈パイモン〉」

「新辰さん、行きますよ!」


 ルゥと同時に跳躍。発生した反発の力が圧縮した大気そのものがキンと張り詰め、トランポリンのごとく、俺達の体を真下に撃ち出す。


 天より振り下ろされる神の怒槌いかずち。否、それはもっと自由に、月天を舞う兎の槌脚。そしてそれを導く白金の嚆矢。


「撃ち抜きます、―――“ゲッオーバー・RUN”!!」

超越エクス天弓槌矢ストラトス・ラピッドッ!!」


 解き放たれた一組の光条が互いに互いを支え、相乗的に加速しながらスライム龍の粘液質な巨躯に突き刺さった。突撃の頂に束ねられたのは〈ウィアルクス〉の持つ無効化の力。最大まで増幅されたそれが矢となって、一気に怪物の体を貫き斬った。


「がァ、アァア ―――――――――――!?」


 断末魔の悲鳴を発しながら〈パイモン〉が崩れ落ちていく。


 突き抜けた衝撃が床そのものを揺るがし、しまいには数多のヒビが重なったことで足場が砕け割れた。踏ん張ることはできず、俺たち自身も真下の闇へと落下していった。

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