第43界 “鍵” の在りか

「っ、第二波来ます!!」

「くそ…、なんだよ、これ!」

「ぼやいてても意味ないじゃんねっ。ほら、ちゃちゃっと倒して先に進むじゃんよ!」


 境界洞窟ホライゾンケイヴ中層。大扉の向こうの広間で変な祭壇のような物をうっかり触ってしまったばかりに、俺たち一行はとんでもない状況に陥っていた。


 壁面にびっしりと設置されたポッドから無尽蔵に湧き出てくるスライム状の防衛装置である〈スワンプリム〉を前に、全く動けない状態だった。しかも、その軍団の奥には一際巨大な〈スワンプリム〉が構えている。どっしりと構えているのを見るに、アレがボスなのだろう。〈キングスワンプリム〉といったところか。


「一気にあのデカいのを叩ければ…」

「難しいじゃんねっ。ちまっこいのがウロチョロしてるんじゃあ!」

「それなら、新辰さん! わたしの脚を使ってください!」


 増殖し続けるスライムの壁をかいくぐって、ルゥが近づいてくる。なるほど遊園地でやったように互いの『跳躍』が発する反発力を利用するわけか。


「オーケー。いくぞ、ルゥ!」

「ええ!」


 文字通り足並みを揃え、互いの足裏を重ねあって、ルゥの脚力に俺の『跳躍』が合わさる。カタパルトから発進する戦闘機のように体が勢いよく前方に射出されて、圧倒的なスピードを得る。


 一瞬で〈キングスワンプリム〉の前に躍り出ると、右手の〈ウィアルクス〉を一閃。乗せるスキルは『BRAZE』。爆炎の刃が粘質体の敵を焼き切り、水気が蒸発するシュウシュウという音とともに〈スワンプリム〉が配下の群体含めて消えていく。


「ふぅ、どうにかなったみたいだな」

「さすがです、新辰さん。これで先に進めますね」

「疲れたじゃんね~。温泉に戻りたいじゃんよ…」

「ふむ。どうやら泣き言を言っている場合では、まだないようだぞ」


 警戒を解いていないコスモスが指さす方を見ると、溶けた粘液の塊の内、半透明な容器のようにも見えるドームの中から這い出てこようとする何かが、いやがいた。


「ふぁあ。よーく寝たわ。あん? オイオイ、誰よおたくら。ここはあっちの縄張りなんですけどぉ?」

「え…?」


 現れたのは、ラクダをモチーフにしているらしい奇怪な椅子にもたれ掛かる、というか寝こけている少年か少女かわからない容貌の人物だった。手にしたキセルを口に咥え、ぷかぷかと煙の輪を飛ばしている。緊張感のない姿に、思わず剣先を下げようとして。


 バギィ!


「へ?」

「呆けているな、地球人。奴はやる気だぞ」


 何が起きたかはわからない。けれど、コスモスが俺を守ってくれたらしい。慌てて謎の人物に目をやるが、いつの間にか三首のスライム龍を従える異形の騎士が立ちはだかっているのみだった。


「あっちの名は〈パイモン〉。この星を守る〈ワールダー〉の一人よん。ここから先は通さないよっと」

「どうしてこんなところに…!」

「考えても仕方ありません。迎撃します!」

「待て、ルゥ!」


 ウサ耳が残像の尾を引いて、飛び出していく。地を滑るように突撃したルゥの強靭な脚が横薙ぎのスタンプとなってスライム龍の首をへし折った。だが相手は粘液。すぐさま再生し、その牙を剥く。


「効かないよぉ、哀れなウサギさん」

「誰がッ!」


 挑発に乗せられて止まった動きを敵は見逃さない。スライム龍の一匹が魔法陣を展開し、ルゥが着地した床を隆起させてその小柄な体を跳ね上げた。別の一匹が逆巻く風を纏って襲い掛かる。


「スキル『激流』! 激流疾駆ストリーム・スライド!」


 間一髪。スライム龍とルゥの間に割り込み、流れる水のように攻撃をやり過ごし、逆に水流の槍を打ち込んだ。彼我の距離が開き、態勢を立て直す時間が生まれた。トリリアからの魔術による援護射撃を受けながら、ルゥを床に寝かせて〈パイモン〉の動きを伺う。


「器用なことねぇ、“鍵” のお兄やん。もうそれだけ『力』を手に入れてるんだ」

「鍵…?」

「貴様。どこまで知っている、いや理解しているのだ、〈ワールダー〉」

「コスモス? おまえ、何を…」

「あひゃひゃひゃひゃ! 愚問よなぁ、番神! 一から十までに決まってるでしょうがァ!」


 スライム龍が顎門あぎとから濁流を吐き、押し流されそうになるのを耐えながら、〈ウィアルクス〉を握る手に力を込めて〈パイモン〉をしっかり見据える。あいつが俺の知らないことを知っているというのなら、やるべきことは一つ。


「ぶっ飛ばして、話を聞くしかないか」

「また無茶なことを考えていますか?」

「ああ。力を貸してくれよ、ルゥ」


 仕方ないですねとウサ耳を揺らして苦笑するルゥと肩を並べ、濁流の只中に〈ウィアルクス〉を突き刺してその勢いをコントロール。凝縮した無効化の刃で能力を両断、消し去った。


「へぇ…? 厄介だねん、ソレ」

「教えてもらうぞ。鍵ってなんのことなのか!」

「お兄やん、やる気かいな。なら遠慮なく戦わせてもらおうかねぇ!」


 再度溢れ出てきた〈スワンプリム〉を取り込み、〈パイモン〉がスライム龍と融合する。広間全体を覆うほどの粘液の翼を持つ巨体へと変わった姿そのものが、こちらを呑み込もうとする怪物の口に見える。


 だが怯んではいられない。


「いい加減、蚊帳の外は嫌なんだ。そのためにここまで来たんだからな!」


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