第55界 ヨモツでの戦い

「で。どうしてお二人がここにいるんですか??」

「それはこちらのセリフですわ。貴女たちもカズマさんを助けに?」

「はい。ファイブさんに調べてもらって、霊波反応がここにあるとわかりましたので」


 一息入れて落ち着いた後で、四人は情報を共有するべく一室を借りて、テーブルを囲んでいた。


 部屋の扉からこちらを伺う様子の幽霊族を気遣うように手を振りつつ、ユイは状況を整理することにした。


 まず一真の魂は確実にこの空間にあるらしい。そして、その居場所は、魂が発している霊波をファイブが追跡できることからおおよそ絞り込めるとのこと。だがその上で、手詰まりだった。


「う〜ん…」

「どうかしたんですか?」

「説明が難しいのですけれど…。カズマさんは確かにこの村にいますわ。ですが、どうも

「なっ…、どうして!」


 ルゥが動揺するのも無理はない。自分も二言三言話してショックを受けた。今の一真は名前以外の記憶をほぼ失っている。


「落ち着きなよ、ルゥ。魂は見つけたんだ、あとはどうにかしてここから出すことができれば、記憶も戻るだろうさ。多分だが」

「可能性は高いと思いますわ。精神と肉体、それぞれに記憶は宿るのでしょう? わたくしたち精霊には馴染みが薄い話ですけど」


 それはそうかもしれませんが、と俯くルゥ。ファイブは何かを考え込んでいるのか一言も発さない。口では楽観視しつつも、ユイもカナミも万が一を思うと顔は曇っていた。


 重苦しい雰囲気に包まれた、その時。


 コンコンコン。


「えーっと、入ってもいいか?」

「!」


 話題の人、一真が控えめなノックとともに部屋を覗いてきた。


「え、ええ。もちろんですわ」


 拒む理由もないが、記憶を失っている彼がどうした用だろうか。


 部屋に入ってきた一真を見て思う。


 くしゃっとした黒髪、柔らかくても真の強い瞳。中性的な顔つきからは今まで激闘を潜り抜けてきたとは思えない優しさを感じる。


 彼を守りたい、否、彼とともに在りたい。ユイは改めて強くそう思う。


「えっと…。みんな俺の友達なんだよな? で、ここから現世に戻る手伝いのために来てくれたって」

「ええ、そうですわ。あの世とこの世を繋ぐ門は開かれたまま。そこを通ればカズマさんは戻れるはずですの」

「そっか…」


 あまりスッキリしない顔で、一真はなにかを思案するように顎に手を当てた。


「なにか心配事でもありますの?」

「いや、現世に戻れるのならそれはいいんだ。やらなくちゃいけないことがあったことは覚えてるからさ…。でも、その前にこの村の問題を解決したくて」

「なにが起きているんですか?」

「…求待。敵性反応、複数。囲まれています」


 ファイブが警告を発する。


「なんですの?」

「今日も来たか。みんな、力を貸してくれ。その "問題" のお出ましだ」


 部屋から出ると、村が騒がしくなっていた。村の幽霊族はみな同じ方向から逃げてくる。そちらの方角から強烈なプレッシャーを感じた。


「この気配は…!」

「地下のダンジョンにも似た気配がありました。コレは〈パイモン〉という〈ワールダー〉が操っていたスライムの龍!」

「なんじゃそりゃ。これまたとんでもねー圧だぞ…。どういう訳でそんなのがここに」

「数秒後、接敵。要警戒」


 轟、と。


 粘液が逆巻き、村の周りの柵を破壊した。雪崩なだれ込んできたスライムの濁流が龍の形を成す。


 間髪入れずに水圧のブレスが放たれる。


「その程度で! 燃え尽きなさい!」

「駄目です守灯さん、炎では水には…」


 双銃から放たれた炎の弾丸は、ルゥの言う通りスライム龍の胴に吸い込まれて蒸発した。効いていないわけではないだろうが、撃った端から吸収されている。


「厄介ですわ…!」

「前回は、新辰さんのおかげで私の力が強化されたから勝てたんです。どうすれば…」

「カズマさんの『剣』が持つ力ですわね。けど、あれはもうないですわよ」

「水分だっつーんなら、ウチがどうにかしてみせよう。はぁっ!」


 カナミがハルバードを構えて突撃する。穂先に水流を集中させて鋭利な切先とし、スライム龍を貫く。


 しかし粘性の液体はすぐさま回復する。元より形のある物ではなく、姿は変幻自在。撃たれても切られても支障はない。


 倒すには、より上の質量で押し潰すしかない。


「みんなすごいな。俺も……。俺も…?」

「どうしたんですか新辰さん」

「俺ってさ、どうやって戦ってたんだろう」

「「「「えっ」」」

「情報開示が必要ですか?」


 固まる四人を困ったように見やる一真であったが、今はそれどころではない。


 スライム龍が巨体を活かして、村を破壊しながら襲いかかってくる。


 ルゥが慌てて一真の襟元を掴んで離れるのを見て、ユイは高密度に圧縮した炎を手元に呼ぶ。一投の下に放たれた火球がスライム龍の手足を焼き尽くすが、勢いを落とすには至らない。


「俺にも戦う力があれば…!」

「今はおとなしくしていてください。私たちでなんとかしますから」

「そんなこと言われても…っつ」

「どうしたんですか?」


 一真が急に胸を押さえて、その場にうずくまった。


 ◯●◯●◯●◯


「………」


 村から少し離れた丘に立つ高台。その頂上の物見櫓やぐらから状況を見下ろす人影があった。


 大太刀を背負い、秋桜柄の着物を羽織っている。


 若干雰囲気は異なっているが、それは境界洞穴の最下層で行方不明になっていたはずのコスモスだった。


 彼女は、あるいは彼は、ジッと眼下の戦いを眺めている。


 記録通りなら、この戦いで新辰一真は完成するはずだ。肉体の覚醒のためには、まずは精神が目覚めねばならない。それはこの霊魂の世界でしか不可能だ。


 その兆しは既に始まっている。


 一真が胸を押さえているのが見えた。


「さぁ…。目覚めの時だ、“鍵” の少年」

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