第56界 地獄の大樹が芽吹くとき
「なん、だ…これっ…」
体が、胸が熱い。
急な痛みにうずくまりながら考える。
なにも思い出せない。だけど、激しく脈打つ心臓が告げている。
抗え、と。戦え、と。
「わかってるよ…!」
膝をついた俺の顔を覗き込んでくる、獣人族の少女も、竜人族の女子も、精霊族らしきお嬢様(?)も、機人族の子も。みんな俺を心配しれくれているのが伝わってくる。
覚えていないけど、こうして死後の世界に来る前の自分が、そう想われるだけの人間だったのならば。報いなければ嘘だろうが。
「よくわかんないけどさ…。力を貸せよお前…!」
胸の内で燻る熱に言い放つと、声なき反応が返ってくる。
左腕に漆黒の光が集い、『剣』よりは長く大振りな『槍剣』とでも言うべき武器の形をとる。
「カズマさん、なんですのそれは…?」
訊かれてもわからない。ただ、俺の戦う力となってくれるのならなんでも大歓迎だ。今、少女たちと肩を並べて前に進めるのなら!
「はぁああああああああああ!!!」
左手の『槍剣』を振りかざし、眼前を遮るスライム龍に向かって飛びかかる。俺の雄たけびに呼応して、持ち手部分から剣先に掛けて闇の粒子が巡り、長大な刃と化した。
踏み込み、薙ぎ払う。
ただその一撃で、スライム龍の胴が、四肢が、虚空に飲み込まれたかのように消失する。否、その後に数秒遅れて衝撃波がやってきた。
圧倒的な破壊力。今の一真は覚えていないが、黒の『槍剣』は、能力を重ねて強くなる白の『直剣』とは違い、単一の武器としての強さを持っていた。
勝利に沸いたの束の間。
「ふふふ、やってくれるものね」
「貴女は…!」
「確認、生徒会長……」
世界に反旗を翻した者、匂王館菊世。〈ユニベルシア〉生徒会長が、どういうわけか、弾け飛んだ龍の残骸から愉快そうな笑みを浮かべつつ姿を現した。
(誰だ…‥?)
相手は和装の美少女、そう呼んでいいほどに可憐な女の子だ。だが、他のみんなの敵意を見るに、どうやら敵対関係にあるのだろう。必然、『槍剣』を握る俺の手にも力がこもる。
「そう警戒しないでちょうだい。まったくそれにしても…、そうまでしてその地球人が大切かしら。異なる世界の同胞たち」
「当然ですわ。ゆえに、そんな彼を殺したアナタは絶対に許しませんわ。同胞などもってのほか。アナタこそ我が宿敵ですわよ!」
「今すぐここから立ち去ってください。さもなくば蹴り殺しますよ」
「おいおい、ウチは今すぐお礼参りしたい気分だぜ?」
肩をすくめながら言う相手に、三者三様に怒りを示す。
そんな中ファイブだけが、機人である彼女にあるはずもない頭痛のようなノイズに顔をしかめていた。
「大丈夫か? どこか痛むのか?」
「否定…。しかし。この、感覚…いえ記録…?」
俺が心配そうに声をかけると、彼女は混乱した瞳で、突然現れた存在を見やった。
「もしやファイブさんは、記憶が残っているのかしら? 愚弟め。記録消去を中途半端にしたわね……」
なにかをブツブツと呟きながら、その少女はそれでも、俺たちを無視してスライム龍の残骸から鈍く輝く宝玉を抜き取った。
「それは…?」
「貴方達には関係のないものですよ。もちろん、すでに死んでいる新辰一真、貴方にもね?」
「何をするつもりだよ。この村にこれ以上害を及ぼすつもりなら…」
黒の『槍剣』を両手で構えて威嚇する。記憶はない。けど、あの宝玉、あの少女の表情。良くないことを企んでいるのは確実なのだから。
「ははっ…あはははははははははは!」
「何がおかしいんだよ」
「いえ、いえいえ! 貴方はどこにいても、どうあっても救えないお人好しなのですねと思いまして! こんな村になど手は出しませんとも! けれど、今から私は現世の理に干渉します。それにより困るでしょうねぇ、苦しむでしょうねぇ。現世にいる貴方のお友達はっ!」
「…………そうかよ」
十分だ。
明確な害意。自分が何者か覚えてはいない。だけど、一つだけ確かなことがある。
あきらめない。
俺は、絶対にあきらめたくないんだ。
「みんな、力を貸してくれ。正直、記憶はあやふやで戦う理由もはっきりとは思い出せない。けどあいつが言うように、友達が危険な目にあうのなら放っておけない。助けたいんだ!」
俺の訴えを聞いて、最初に、いや話し始めた瞬間から俺の手を取ってくれたのは精霊族の少女、ユイだった。
「何を今さら…。もちろんですわ。わたくしはカズマさんと共に在ると決めたのですから!」
握ってくる掌が熱い。燃えるような想いが流れ込んでくる。
「私もですよ。やりましょう、新辰さん」
「水臭ぇってのさ。さぁさぁ、ぶちかまそうや!」
「肯定。彼女とは個体としての因縁が。助力します」
他の三人、ルゥ、カナミ、ファイブも続けて、そう言ってくれる。言葉にできない感謝がじんわりと胸の内に拡がってゆく。
そしてみんな一様に、指をVの字に、すなわちピースサインを指で形作って向けてきた。
親愛の、友情の証。
記憶も動機も失っても、俺の中に名前と共に残っていた想いのカケラ。
それをどうして、みんなが知っているのか。そんなのわかりきっている。俺がこのサインに込められた気持ちを、みんなに示したから。だとすれば。
脳内で、否、魂の奥底で火花が散った。
「はぁ…。無駄な友情ごっこは終わりですか? こちらはもう仕事に取り掛かりたいのですけれど。諦めてくださいな」
「いいや、生徒会長。あんたが何を企んでるかはまだわからないけど、ここで止めさせてもらうぜ」
「「「「!」」」」
「貴方…、記憶が…。魂と肉体の結びつきが蘇ったというのですか。この冥界にあってなお…! 本当に忌々しいですね。いいでしょう、ここで再び死んでおきなさい。これ以上苦しむ必要もないのですから!」
菊世から圧倒的なプレッシャーが溢れ、彼女の足元から巨大な大樹が、まるで城壁のように、あるいは槍のように生え出た。育ち切った樹の根が天蓋のように頭上まで覆い隠す。
「全部思い出しましたの、カズマさん?」
「おかげさまでな。ごめん、心配かけた」
「まったく、アナタという人は! 心配などという言葉では足りませんわよ、バカ…。けどもう大丈夫。そうですわね?」
「おう。改めて、よろしくな。力を貸してくれ、ユイ!」
差し出した右手を、ユイがしっかりと握る。熱い、暖かい。彼女の想いをはっきりと感じる。その気持ちに報いようと、確かにそう思う。
《SKILL 『BLAZE』, new SCORE release. SKILL, evolution. 『
「これは……」
聞き馴染んだ機械音声がどこからともなく鳴り、境界洞穴でルゥに起きたのと同じ現象がユイにももたらされる。
眩しいほどの煌めく粒子が双銃に吸い込まれていき、そのフォルムを大弓へと変える。同時に、持ち主であるユイ自身の髪が常より鮮やかな紅に燃え上がる。
「すごい……! 感じますわ、カズマさんの力、願いがわたくしの中に流れ込んでくるのをっ」
「うん、どことなく意味深な言い方はやめようか!?」
なんてツッコミつつ、気づくと俺の右手には、白い光が『直剣』の形に集っていた。
失われていた感覚が戻ってくる、〈ウィアルクス〉が不完全ながらも復活したとわかった。
「全く…忌々しい方々ですね。ですが、ここは魂の世界。ここで死ねば今度こそ、生き返ることはできないのですよ?」
勝ち誇ったように告げる菊世だが、そんなことは関係ないとにらみ返す。
「だからって、見過ごすわけにはいかない。生き返っても、その先でみんなが泣いてたり困ってたりしたら、そんなの嫌だろ?」
「—————あぁ、そうですか。今度こそ捻り潰して差し上げますよ。愚かな地球人」
「やれるもんなら!」
「やってみなさいな!」
絶句しつつも言葉を絞り出した様子の菊世に対し、俺とユイは不敵に笑い、駆け出した。
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