第57界 新生する力

「飲み込み、押し潰せ」


 大樹がさざめく。無数の根が牙のように襲いかかってくる。


 ユイと呼吸を合わせ、それを回避し、反撃に転ずる。


「精霊術!」

「アストラル…!」


 大弓に番られるのは紅蓮。剣に宿るのは極焔。


「“天陽てんよう”ッ!」

「プロミネンス!」


 大気を焼き焦がしてなお止まらない、太陽のような輝きを放つ。


 強力な一撃が大樹を内から食い破った。炎が逆巻き、菊世の伸ばした木枝を燃やし尽くした。


「そんな…! この表皮が破られるなど…!」

「なあ。もうこんなことやめようぜ、会長。どうしてもやらないといけないことがあるのなら、俺たちが手を貸すって前にも言っただろ!」

「ふざけないで。どこまでも上から目線の偽善者が…。私の力だって、こんなものではないわ。『グロウ』、全てを飲み込みなさい!!」


 塵となった大樹が再び芽吹く。みるみると成長する様は無限を思わせる。どれだけ壊されようと燃やされようと、決して朽ちぬ絶対の天樹。普通なら敵わないだろう。だが。


「いくぞ、ユイ」

「ええ。全力全開、できることは全てやりますわ。今こそ、精霊族に伝わる秘技を使いますわよ」

「秘技?」


 強気に微笑んだユイが、自身の右手を俺の右手に重ねると、幾何学模様の紋章が手の甲に浮かび上がり、力がみなぎる。活力のような、生命力のようなものが血管を押し広げ、全身を活性化させてゆく。


「これは…」

「精霊術 “魂約こんやく”。わたくしも詳しいことはわからないんですの。けれど、異なる種族と心と力を合わせることでより上の次元に至る。そういう術なのだとお姉さまは言っていましたわ」


 なるほど。精霊との契約。古より様々な物語で語られるように、それはきっととてつもない力を与えてくれるのだろう。だがそれ以上に、それを許したユイの気持ちが素直に嬉しい。


「心を重ね、共に生きましょうカズマさん。わたくし達の道を!」

「ああ、行こうユイ。どんな敵が現れても、どんな暗闇が待っていても。俺たちの炎で照らしてやろうぜ!」


 ユイの姿の輪郭がぼやける。彼女の肉体を構成する霊力が粒子となって乱舞する。俺の体が粒子に触れた瞬間、灼熱が燃え上がった。視界の半分が紅い紋章越しに染まり、手足と背中から炎熱が噴き出した。


【精霊術奥義! "極之廻焔"ッ!】

「プロミネンス・ブレイズ・ノヴァフレアッッッ!!」


 一条の陽炎が揺らめく。紅蓮ユイを全身に感じながら勢いを付けて、爆炎ユイを背に受けて加速する。


 赤を超え、青すら遠く。


 白熱を刃に束ねた〈ウィアルクス〉をあらん限りの力で振り抜いた。


「ぐ、っあ…………!」


 まさしく一刀両断。


 バターを切り裂くように滑らかに、分厚い大樹の表皮が、いや表皮どころか内部にいる菊世までをもあっさりと切り裂いた。


「まだ、まだっ! 押し潰しなさい、『グロウ』!」


 それでもなお、菊世は止まらない。


 おびただしい量の傷と血をものともせず、菊世は両手に構えた扇子を翻し大樹を重ねてくる。


「もうやめろ会長! それ以上戦ったら…!」

「往生際が悪いです、生徒会長」

「止めときなァ、もうお前さんの負けだぜ」

「勝敗、既に決定」

「黙れ黙れ黙れ黙れぇえええええええ!!」


 大樹が蘇るが勢いはもはやない。ぶ厚い殻を生み出していくそれも、ルゥ・カナミ・ファイブの連続攻撃で打ち砕かれていく。


 憔悴した様子でよろめく菊世は、忌々しそうに顔を歪めると


「……馬鹿馬鹿しい。相手をするだけ時間の無駄ですか。既にコアは得ています」

「逃がすと思ってるのかよ」

「追いつけませんよ。“私” の相手をしている時点でね」

「え?」


 そう言う菊世の体がフッと背後の景色を透けさせる。みるみるうちに輪郭が薄れ、後には花びらが一輪だけ舞った。


「まさか!」


 頭上を見やる。


 次の瞬間、轟音とともに激震が走った。黄泉の世界そのものが根本から揺らぎ、立っていられないほどの振動。


 "空" を覆うほどの大樹が顕現し、否、その "空" そのものを侵食していく。天蓋が砕かれたことで軋みが広がり、細かなスパークが触れるもの全てを削っていく。


「くそ、みんな大丈夫か!?」

「ええ! わたくしの『炎』でなんとか守れていますわ。けれど、このままではヨモツそのものが……」


 ユイの言う通り、空間そのものが砕かれていくような感覚だ。こちらを不安げに伺ってくる視線を感じて振り返る。さっきまで一緒に遊んでいた幽霊族の子どもたちが、壊れた家屋の陰から見つめていた。


「大丈夫…、俺たちがみんなの住む場所を守るから。だから、安心して待っていてくれ!」


 ピースサインを掲げる。大丈夫だと、必ず約束を守ると示す。


「新辰さん。今なら、この木に乗って現世に戻ることができます。行きましょう!」

「―――ああ!」


 ルゥに応じて、急成長する木の幹に四人そろって飛び乗った。


 今度こそ生徒会長、菊世の暴挙を止めるために。

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