第58界 世界喰らう蛇樹

 学園〈ユニベルシア〉中央に位置する大きな校庭。多くの生徒がスポーツや遊戯に興じているその只中に巨大な亀裂が走った。


 悲鳴が走り、皆が逃げ惑う中、緑の髪を風に揺らしてホナタは彼らとは逆の方向に走っていた。


「くそっ…なにが起きてやがるんだっ!」


 全身の毛が逆立っている。勘が伝えていた。危険な事態が近づいている、と。


 その予感に違わず、校庭に刻まれた亀裂から爆発が巻き起こり、続けて生えてきた木の根のような物体が次々に生徒を襲い始めた。


「ちくしょう…なんだってんだいきなり!!」


 纏った烈風で根を切り裂き、今にも連れ去られようとしていた爬虫人族レプティノイドの女子を助ける。だがすぐに新たな “攻撃” が飛んでくる。払いのけるだけで精一杯だ。


(こんな時にカズマがいてくれたら…。イヤ、なにを弱気になってんだオレは!!)


 拳の一振りで迫りくる根の波を押し返し、一息つく。


「オイ、大丈夫かよ」

「は、はい。えっとアナタって… "暴れ姫" さん…?」

「チッ、その呼び名はヤメろ。好きじゃねぇんだ」

「ご、ごめんなさい。でも助けてくれてありがとう、とてもカッコ良かったわ! 友達が心配だからワタシも行くね!」


 そう言って足早に去っていく女子を見送り、ホナタは亀裂から湧き出続ける木の根を睨みつける。


「なにがなんだかわかんねぇけど…。カズマのことは火の玉娘たちに任せたんだ。こっちはオレがキッチリ守り通す!!」


 疾風と迅雷。緑光の残像を走らせて、ホナタの爪が根を続けざまに刈り取っていく。


 


「いったいなんなのよ、これ!」

「お嬢様、危ないっす」


 場所は移り、数ある屋上の一つで、テッサリアとプテロもまた異変と対峙していた。


 怒涛のように現れる根を魔族二人の膂力で引き千切り、切り裂き、破壊する。プテロは "強制魔人フォースイビル" で変身し、テッサリアに至ってはプテロの血を吸うことで "越血魔鎧デモン・エクス・メイル" すら発動している。


 だというのに。二人の攻撃をものともせず、複雑な軌道を描いて襲い来る樹の根は、今や校舎ごと呑み込みかけていた。


「この変なの、ぜんっぜん壊せないのだけど!」

「ヤバいっすね…。このままじゃジリ貧っすよ」


 じりじりと焦り始める二人だったが、桃光の砲撃が樹の根を突如貫通、爆発させた。致命傷にはならなくともかすかに怯ませることに成功する。


「「!」」

「なになに? テッサとプテロ、苦戦してる?」

「いいところに来たわね、友里! お願いよ、手伝って。学園がピンチだわ!」


 お嬢様が誰かに頼み事をするなんてと成長にむせび泣くプテロを横目に、友里は刹那に思う。異世界人の居場所なんて壊れても構わないのでは? 地球人の居場所だって無茶苦茶にされたのだから、と。少し前ならノータイムで見捨てていただろう。何なら謎の襲撃に便乗したまである。


 しかし。それは過去の話だ。


「はいはい、友達の頼みだからね。いっちょう、戦ってあげますか!」

「そうこなくっちゃ! 表皮が固いの。同時攻撃で行くわよ!」

「了解だよ!」


 桃色の光が友里のボウガンに充填されていく。それに合わせて、テッサリアとプテロの突き合わされた両掌に濃密な魔力が迸り、束ね上げられる。


「巡る、朽ちて。―――《三の王笛・スィノーポロ》」

「「"魔醒砲・自壊燕返サイクルカウンター"ッ!!」」


 三人のエネルギー重ねた合体砲撃で、強固な表皮ごと根は崩れ去った。


 校舎を呑み込まれる危機はひとまず去り、少女たちは汗をぬぐうのであった。


 ◯●◯●◯●◯


「あーあ、そういうことしちゃうのか菊世君」


 混乱の最中にある〈ユニベルシア〉の上空、高度約三万六千キロメートルの静止軌道上にて待機する巨大な戦艦のブリッジで、石動琉香はわずかに困惑していた。


 〈ユニベルシア〉の生徒会長が、想像していたよりもよっぽど大掛かりな動きを見せているためだ。


「あるいは偶発的な…。なにかイレギュラーな事情でもできたのかな?」


 眼下で起きている事を見ればそう思わざるを得ない。


 いまや、青い星である地球の表面は、幾重にも張り巡らされた醜い樹の根に覆われ始めているのだから。


 人気のない戦艦のブリッジ内に先ほどから全世界からのSOSやエマージェンシーが鳴り響き続けている始末だ。


「まるで太古の昔に世界を呑み込んだ大蛇のようじゃないか。あるいはまさに世界樹…。……そうか。彼女の正体はそういうことなのかな?」


 思いついた正体が当たっているとすれば、匂王館菊世は自分と圧倒的な対極に位置する存在だ。


「ますます戦い甲斐があるというものだねえ!」


 嬉しそうに、あるいは楽しそうに微笑み、琉香も自らの次なる一手を繰り出そうと、ブリッジを後にするのだった。

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