第49界 この世の裏側

 学園〈ユニベルシア〉の裏山にある雑木林。その只中の獣道を、俺たち一行は歩き続けていた。〈クリプト=ポルタ〉を抜けても景色はさほど変わらなかったが、明らかに雰囲気がおかしい。俺が地球人だからかもしれないが、所々目につく植物や鉱石が馴染みのない何かに変質しているのがわかる。


「ここは一体なんなんだよ」

「ふむ、疑似魔界とでも呼ぶべきなのかな。自然現象なのか人工的な物なのか、それは不明だけど」

「どこぞのバカが儀式でもヤッたんじゃねぇのかねェ」


 そんな簡単に儀式とかで魔界と繋がることができるとは初耳だ。うっかり厨二をこじらせた子どもとかが実行したらどうするんだよ。


「とはいえ、相応の準備と知識がないとできないはずだけどねえ」

「オイ、アンタら。気づいてるとは思うけどよぉ」

「イチイチ声に出してンじゃねぇ、ヒヨッコ。わかってんだヨ」


 ホナタとグレゴリアがなんの前触れもなく振り返る。なにもいない、ように見えた。


 しかし、二人が攻撃を弾く動きを見せると、立ち込める霧を裂くように巨花のバケモノが姿を現す。凶暴にうねる触手は敵意満点だ。人食い植物とかいうやつか?


「ヘッ、今さらこれくらいでビビらねーんだよ! カズマ!!」

「お、おう!」


〈ウィアルクス〉から『嵐』と『激流』の力を発動させて、突貫するホナタの背を後押しする。猛スピードで駆け抜ける彼女の両腕に、凝縮された大気が爪となって、バケモノの胴を一刀両断した。


「っっしゃ、オラァ!」

「――― 初手必殺。わかってきたじゃねェか」

「徐々にレベルアップしてきたようだね、三人とも。良いことだ。後進を育てるとは、僕らの先輩ぶりも板についてきたかな」

「んなつもりはねェ。ただ、戦い甲斐のあるヤツが増えるのハ悪くねえがな」


 そう言いつつもまんざらでもなさそうなグレゴリア。もしやツンデレというやつだろうか。なんてしょうもないことを考えていると、森の最奥らしき場所に着いた。不自然なくらいの数の石柱がそこら中に転がっているのは、誰かが積み上げたのだろうか。それとも魔界と呼ばれる場所ならではなのか。


「ふむ…ここが儀式の跡地ということかな。この数は一人の仕業というわけじゃなさそうだけれど」

「おかしいですわね。かすかですが、精霊族アストラリアスの気配がしますわ…?」


 魔族の儀式と精霊族が関わっているということは、疑いたくはないけど犯人は学園内の人間なのだろうか。けど目的はなんだろうか。こんなことをしてメリットがあるとは思えないのだが。


 そして、魔族と精霊族といえば、校内随一の幸せカップルぶりを見せるあの二人が思い浮かぶ。


「カズマさんも同じことを考えているようですわね。トリリアさんとコウさんも、これに関係ありと見るべきかしら」

「どうだろう…。今は他になにかないか調べてみないとな」


 石柱を避けながら辺りを探っていると、急に足元に影がさした。見上げた空は黒雲に覆われていて、なんとも嫌な雰囲気だ。雨が降るというわけでもなさそうだが。


「……いけない。みんな引き返そう」

「? どうしたんだ、先輩。まだなにも」

「いいから逃げたまえッ!!」


 クリムゾがさっきまでとは打って変わって、激しい怒号を発する。そこにタイミングを合わせたかのように、一条の光が大地を穿った。続けて、光の雨が空間全てを薙いだ衝撃で爆発が巻き起こり、砂煙に視界が奪われた。


「くっ、みんな大丈夫か!?」


 返事がない。まさかやられてはいないと思うが、何も見えないから確かめようがない。闇雲に動くのは危険だ。視界が晴れてから。


「っ!!」


 一秒後に満たない思考時間の末、その場から飛びのく。結果としてその判断は正しかった。


 距離を取ってなお首筋を掠める熱。体勢を崩した俺の胸元に死が突きつけられるのを感じた。


「っ。〈ウィアルクス〉、スキル『炎』!」

《accept. SKILL 『BLAZE』》


 刃に乗せて放った爆炎が、襲ってきた人影を押し返す。


 炎のベールの向こうに立つ人影を睨む。だが、そこにいたのは思いがけない人物だった。


「て、テッサ!?」


 赤く鈍く光る瞳に、ボリュームのある金髪縦ロール。間違いなくテッサだ。でもどうしてここに。なんで俺を攻撃するんだ!?


「落ち着きたまえ、新辰一真。は僕の愛妹ではないよ」

「え?」

「――― “正体を現せ”」


 クリムゾが左手をテッサ(?)にかざすと、靄が晴れてその中側に在るものが可視化される。黒い影のようなのっぺりとした躰に、焦げ付いた闇が絶え間なく蠢いていた。


【―――――】


「魔界に棲む怪物だ。対象の心の裡を覗いてそこにある姿を模倣する、シュピゲル。普通なら疑似魔界といえど、こういう怪物まで呼べる道理はない。今の光もそうだが、今なにが起きている…」


 儀式で発生した魔界に、人の心を映す怪物。ただの悪霊退治のはずが、ずいぶんと大ごとになってきた。


「カズマさん…? どうして想い描いている人がテッサリアさんなのかしら?」

「テメェ、どうしてオレじゃねえんだよっ。そんなに強ぇのかあの魔族っ娘…!」


 ホナタは怒りの方向がズレてる気がするが、ユイの目つきはマジだ。真剣と書いてマジと読むやつである。


【―――!】


 耳障りな鳴き声をあげて、自分を無視するなと言わんばかりに鏡の怪物が襲ってくる。


「貴様は黙っていてくれ。愛する妹の姿を真似するなど万死に値する。――― “永久に眠れ”」

【ギッ――】


 正体を暴いたのと同様、声だけでシュピゲルを弾き飛ばすクリムゾ。魔力の操作に長けているからできる技ということか。自分にできるとは思わないけど、勉強になる。こういうのだって立派な異文化交流なわけだし。


 絶賛機嫌の悪いユイとホナタからすっと目を逸らして、現実逃避ぎみにそんなことを考える。


「ほら、ぼうっとしていては駄目だ。今すぐ下山しよう、この山は既に真の魔界と繋がり始めている。長居は危険だろう」

「それって、テッサやトリリアたちの故郷と繋がりかけているってことですか?」

「ああ。古来より、僕らの世界と地球はわずかだが、縁があってね。きっかけさえあれば、他の世界よりも接続はしやすいのさ」

「“その通り。ダからこそ、我はこの瞬間ヲ狙ッたのだ。お祭りトやらで学園の警備ガ手薄にナるこの時を”」


 突如、ノイズのかかったような声が木々の端々から響く。しかも、ただの声じゃなく、クリムゾのように魔力を帯びさせた音としての発声。


「な、なんですの!?」

「背筋がゾワゾワしやがるぜ…」

「魔族…?」

「はぁ…。予想通り、酷く厄介な者に目をつけられたようだな」

「チッ、クソめんどくせぇ」


 苦虫を嚙み潰したような渋い表情を浮かべるクリムゾと、警戒心と怒りを露わにするグレゴリア。二人を見れば、なにか良くないことが起ころうとしているのは一目瞭然だった。

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