第50界 可能性の加速装置
「何者だ。姿を見せろ。いや、名乗らなくてもいい。貴様のことは伝え聞いている。まさか、こんな処で相まみえるとはね」
どこからともなく聞こえてきた妖しい魔力を帯びたその声に対し、何かを知っているらしいクリムゾは、静かに自身の『
「… “
この世界の神さまときたか。スケールが大きい。というかそんな相手をどうしろっていうんだ…!
「悪霊退治どころではなくなってきたね…。しかし魔神よ。貴様はこの学園の裏山で何を行おうというのだ。ここは僕らの仮住まい。その平穏を乱そうというのなら、僕は全力でそれを阻もう」
「クリムゾ先輩…あんたは…?」
この先輩、ただの上級生ではないらしいことが、言動の端々からうかがえる。もしかすると自分と同じような立場なのだろうか。
「“我ガ目的が成就さレた暁にハ、魔族全体、いや異界人全体ノ益とナろう”」
「へぇ。それはいい。ではその方法を訊こうか」
「“知れタこと。幽世ノ門を開キ、全テの位相を束ネルまでのこトよ”」
「どういう意味だ?」
「簡単さ、新辰くん。やつは世界を壊すつもりだ。正確にはリセットか」
聞き捨てならない話が出てきた。ふざけるな、世界を壊させてたまるか。あの時みたいな惨劇を起こさせるわけにはいかないんだ。
ズキン、と。頭の奥が鋭い痛みに襲われる。
「…? っ…」
「どうした、大丈夫かい?」
「大丈夫、です。それより、その魔神とやらをどうにかしないと…!」
「“不敬な星人ヨ。謀ヲ知らレたカラには生カして返スコト能わズ。滅ぶガ良イ”」
声の圧が強まるとともに、光の雨が再び降り注ぐ。威力はもう知っている。一発も当たるわけにはいかない。
「スキル、『光』『魔法』!
半透明の光が壁となって全員を守った。その隙に、長槍に形を変えた〈ウィアルクス〉を全力で振り回す。
攻撃を受け止めたままの光の傘が、雨を弾く。拡散したエネルギーの弾丸が周囲の木々を薙ぎ払った。
「“厄介ナことダ。可能性ノ
「また聞き慣れないことを…」
「“知ル必要はなイ。装置ハ装置らシく、大人しくソノ歯車を回セ”」
「ふざけんなよ…!」
蚊帳の外はもう嫌だと思った。だから自分から調べ、知り、解決しようと。
―――いいや。
「一度でも自分から動こうと考えたか…?」
「“なんダ。気づイていルのではナイか。貴様ハ、言われルままに動かサレていたダけ。そウでアロウ?”」
そう、かもしれない。この学園に来てから、俺が何か大きな話に関わる時は、全て彼女に依頼された時で。
「そこまでにしなさい。邪悪なる者よ」
「!」
見晴らしのよくなった森の奥から知った声が響く。その声の主は、たった今思い浮かべていた人物のものによく似ていた。
しゃなり、と。優雅に歩を進める女性の放つ気が張り詰めた空気をさらに凍てつかせていく。雰囲気こそ別人だが、その外見もまたよく見知ったものだ。
「生徒会長?」
「まったく……君という人間は、本当にイレギュラーよねぇ。だんだんと修正するのが面倒くさくなってきちゃったわ」
「なにを言って」
「鈍いわね。行儀のいい生徒会長を演じるのも疲れたと言っているのよ」
生徒会長…、菊世が、いつも手にしている扇をくるんと翻すと、へし折れていたはずの木々がまるで被害なんてなかったかのように、その幹を再生させていく。あっという間に巨木へと姿を取り戻し、その枝葉をあろうことか俺たちに叩きつけてきた。クリムゾが『腕』で守ってくれなければ、致命傷だった。
「ぐっ…!」
「やれやれ、君が黒幕かい。匂王館会長」
「前ッから怪しいたぁ思っていたがよオ。ついに化けの皮剥がれちまったなァ?」
俺たちの代わりに拘束されてしまっても、クリムゾとグレゴリアはあいも変わらず不敵な態度を崩さない。しかし動くことはできないようだ。
「あら、黒幕とは人聞きの悪い。でもそうね。有り体に言えばそうなるのかしら」
「どうしてだよ、生徒会長…!!」
俺の問いかけに、菊世は冷ややかな目を向けてくる。いつもにこやかな笑みを浮かぶている人間と同一とは信じられない。
「この世界は、いえ、この銀河は大きな間違いを犯してしまった。ここは本来なら生まれるはずが在り得なかった枝葉。可能性の終末点。故に終わらせるのです。新辰さんは知らなかったでしょうが、これまでの依頼や戦いはそのために仕組んでいたことなのよ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
理解が追い付かない。いや仮に分かったとしても、脳が理解したくないのだろうか。菊世の言っている言葉の意味が一割も理解できない。
「細かい事情は存じ上げませんが…。やはり、会長はわたくしたちの敵に回るということでよろしいですのね?」
まるで俺を庇うようにして、ユイが前に一歩出た。目に宿る本気の色は、こうなるわけか経緯でも知っているのだろうか?
「短気ですねえ。鞠灯さんならわかってくれると思いましたのに。それとも、精霊暴走の一件は本気じゃなかったのかしらね?」
「その言い様、あれも貴女が関わっていたのですわね…。この際ですわ、洗いざらい吐いてもらいますわよ!」
銃口を向けてすごむユイに対して、菊世はどうでも良さげにため息をつく。
「無駄でしょう。話してどうなるものでも無し。わたしはわたしの責務を果たすまでの事。退きなさい有象無象。もはや静観している時期は過ぎました」
大樹の牙が菊世の一言一句に反応して揺れ動く。臨戦態勢、いつでもこちらを攻撃できる構えを取る。
「なんか企んでんのはわかったけどよぉ。オレら相手に一人っつーのは舐めすぎじゃねえか?」
「数を頼りにするとは。ネツァクさんはこの学び舎に“強さ”を求めに来たのでは? そのような体たらくではお父様も嘆かれますよ?」
「…てめぇ…!」
挑発に乗せられて、ホナタも八重歯をむき出して唸る。生徒会長として、生徒の情報は網羅していますと以前自信ありげに話していたが、それも誇張ではなかったらしい。二人が怒りそうな話を的確に持ち出しているのだろう。
「…二人とも、落ち着いてくれ。会長も、頼むから事情を話してくれよ。俺が解決できることなら力を貸すから。無駄かどうかは、やってみなくちゃわからないだろ!!」
「……はぁ。どこまで…どこまでお人よしなのでしょうね。この人は」
「それが一真さんですわ。ですが、わたくしはその甘さに救われましたの」
「コイツ、バカだかんな。誰彼構わず手出しちまうんだよなー」
二人ともひどくない?
「そうですね。その甘さこそが新辰さんの強さなのは、視ていてよく知っています。だからこそ…」
次の瞬間起きたことは、その場にいた誰の目にも捉えることができなかったのだと思う。唯一、どういう理屈かわからないが、俺だけには視えていたから、体が勝手に動いていた。
「……え?」
「なっ」
熱。おびただしい量の熱が胸元から迸ったのがわかる。盾にした〈ウィアルクス〉がゆっくりと粉々に砕け、細かな破片となって散らばった。
頭の奥が痺れている。 手が、うごかない。
足が前に、すすまない。 なにが……?
視線を下にやると 見たことがないほどの 巨大な枝が胸を突き破っていた。
ユイとホナタの 心配そうな悲痛な顔が 視界の端に映る。
大丈夫だと言いたかったが
もう口は動かなかった。
意識が
どこかに
遠のいていく。
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