第51界 抗う者
「一真さん!?」
「カズマァ!」
目の前で少年が力なく崩れ落ち、その体から激しく噴き上がった鮮血が大地に吸われていく。ユイにはなにが起きたのかわからなかった。
慌てて駆け寄った時には、一真の体は急速に冷たくなり始めていた。一撃。なんの躊躇いも呵責も見せることなく、匂王館菊世の攻撃は新辰一真の胸を貫いていたのだ。
咄嗟に彼が飛び出したから当たってしまった風ではない。こちらを見る彼女の目は、まるでこうなることが当然と言わんばかりに一切動じていない。
「貴女…! 何をしたかわかっていますの…!」
「もちろんです。予定より少し早かったですが、彼の運命はこれで正しい。正確無比なエンディングなのですから」
「はぁ…!? いったい、なにを…!」
「どけ、火の玉女。この野郎はオレがブッ殺すッ!」
静止する暇もなくホナタが暴風を纏って突進する。触れる物全てを切り裂く彼女の爪撃。そのはずだったが、予想外の固く鈍い音とともにホナタの筋肉質な身体が跳ね返され、地面に強く打ち付けられた。
「無駄ですよ。受けたそばからこの表皮は凌駕していきますから」
「なんなんですの、その力は…」
精霊族という規格外の存在である自身から見ても、会長が行使している異能は馬鹿げていた。なにせ、見ただけの情報を鵜呑みにするならば、宙に投げた種が刹那の間に巨大な壁となり、ホナタの拳を弾いたのだから。
「木や植物なら、紅蓮の業火で焼き払って差し上げますわ!」
双銃 《阿吽》を構え、素早くトリガーを引き絞って炎の弾丸を連射する。壁の一点のみを狙い、ダメージを重ねる。
「どんなに堅い壁でもこれなら抜けますわよ!」
「はぁ。わかっていないようですね、鞠灯さん。そんな小さな火では何も燃やせませんよ?」
「っ…。舐めた口を!!」
怒りに引っ張られて火力が上がる。放たれる炎弾が次々に爆発を起こす。だが黒煙が晴れた後も、菊世は揺るがず傷ついた様子もない。
「ですから効かないんですって。いい加減理解しなさい、愚か者。そろそろ終いにしましょう? 私は忙しいんですからね」
菊世の扇がヒラリと舞う。大地が隆起し、木の根が次々に姿を現し、地形ごと飲み込もうとさざめいた。地面に散らばる〈ウィアルクス〉の破片もその最中に木の根に奪い去られ、さらに魔の手は一真にも及びかける。
「させませんわよ!」
「パスしろ、火の玉女!!」
「承知! ですわ!」
炎を操って乱気流を生み出すことで一真の体を浮かばせ、そのまま風に乗ったホナタが掻っ攫っていった。
「ふむ…。残念ですが、いいでしょう。“鍵” は既に得ましたし、ね」
口ではそう言いつつさほど残念そうでもない表情で、菊世も巨木に乗ってどこかに消えていった。
訳がわからない。彼女は学園のために尽力していたのではなかったのか。少なくとも、一真への接し方や依頼を見る限り、そのはずだった。
「いえ…どんな理由なあろうとも…。わたくしは、あなたを決して許しませんわよ匂王館菊世っ………!!」
怒りの濁流が止まらない。制御しきれない炎が体中から燻る。今すぐ全てを燃やし尽くしたい、こんな結末を強いるこの憎むべき世界を――――
だめだよ、ユイ。
「っ…」
幻聴だったろうか。聴き慣れた声、愛すべき声が耳朶を打った。目線を落としても一真はピクリとも動いていない。けれど。
「わかりましたわ…。お任せください、一真さん。わたくしが必ず貴方の代わりに…」
「いてて。つってもよ、まだカズマは死んでねぇぞ。火の玉女」
「……え!?」
「心臓がよ、微かだけどまだ動いてらァ。さっすがカズマ。諦め悪すぎんだろ!」
アッハッハと爆笑してるホナタをジト目で睨みながらも、彼女の野生力を信用することにした。ただ耳が良いだけかもしれないが。ここで冗談を言うような子でもない。
「だとしたら…」
自分にできることは事態の把握と、彼の再起を祈ること。そして。
「この学園を、皆さんを守り抜くことですわ…」
「オレもこのまま黙ってるつもりはねー。カズマが戻ってくるまで戦ってやんよ。そのためなら、テメェにも力貸してやるぜ」
「誰に言っていますの? 貴女こそ足を引っ張らないことですわね!」
減らず口ばかりの二人だが、確かに互いを信じていることもある。新辰一真という人間への想い。その一点のみは。
そして、想いを同じくする者たちはまだいる。彼が関係を繋いできた多くの人間たちが。彼ら彼女らもこのままでは終わらない、いや終われないはずだ。
…そうして。
新辰一真が凶刃に倒れ、匂王館菊世が真の姿を垣間見せたこの日。
ここを境に、学園〈ユニベルシア〉は、地球への対応を大きく歪んだ方へ舵を取ることとなる。
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