第63界 覚醒する力

 一真が琉香と対峙し、ユイたちが樹龍を打倒していたその頃。


 ホナタは、本人からすれば予想外の苦戦を強いられていた。


「チッ、めんどくせえコイツら!」

「ほらほらあ。逃げないと、串刺しですよお?」


 電磁ランスを構えて突撃する鋼の兵士に、深緑の疾風が拮抗する。


 機械部品で構成された儀典兵騎フェイルリッターに対し、ホナタの爪は刺さりにくく苦戦を強いられていた。加えて、差し込まれる小雪の援護攻撃も動きを鈍らせる要因だ。


「オレも、雷撃を親父並みに使いこなせれば…!」

「ふふふふ、『雷獅子』のようにですかあ。貴女のお父上は最強の戦士だったそうですものねえ、ホナタ=ネツァク=リオウさん?」

「だった、だぁ? 親父は今でも最強だッ!」


 振るった拳が、小雪の鞭に絡め取られ、そのまま引きずり倒される。


 身を捻って廊下の壁に叩きつけられるのを回避して体勢を立て直すも、小雪の能力『和津螺場』で空間を乱されて床に転がる。


 隙を突くように機銃の一斉射が降り注いだ。暴風の壁を張って銃弾を弾き、逸らし、全てを地に落とす。


 しかし、そこまでだ。


 風の塊では、儀典兵騎フェイルリッターを沈黙させるには足らない。


「まだまだですねえ。"暴れ姫" の異名が泣きますよお」

「うるせえ。んなチンケなアダ名は返上したっつーんだよ!」


 鞭打をかわして拳のラッシュを叩き込む。後退した小雪に対し、暴風の檻でもって動きを制限する。


 さらに一歩で間合いを詰めて、全力の右ストレートを叩き込んだ。


「ぐっ……」


 しかし、突如、今まで以上に巨大な機体が現れてその剛腕を横に振り薙いだ。


 ホナタはもちろんのこと、空間を押し潰すほどの圧倒的な斥力フィールドが発現し、その場の全てが軋みを上げる。



「ふふふふふふふ! そんな攻撃ではあ、この子達は倒せませんよお!」

「かはっ………。く、そ…………がァ…!」


 破壊のプレッシャーに潰されそうになるのを耐えながらも、ホナタは憎まれ口の一つも口にできない程にギリギリだった。


 敵は膂力も、技術も、数も、自分より勝っている。能力の相性も圧倒的不利。圧倒的劣勢に違いない。


 普通なら諦めて逃げる方が賢いのだろう。生き残るにはそうした方が良いのだろうけれど。


 ホナタはそうしない。己の強さに自信があるから、ではない。


 むしろ逆である。己の強さなんて最初から信じてない。常に勝つのは強い方で、今までは自分の方が強い戦いばかりだっただけだ。


 だが、例え勝てなくとも退けない戦いは確かにあって、そんな時に限って勝っちまうヤツがこの世に少なくとも二人はいることを知っているから。


 一人は親父で、もう一人が—————


「ぅ、ぉ、オオオ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 RUNはしる、稲妻が。


「!?」


 脳内、いや全身の神経と筋繊維が、枷から外れたように躍動する。


 押し寄せる斥力の壁に触れる。


 自信? 関係ねえ。強さ? 今はいらねェ!


「必要なのは意思、絶対に譲れないモンを諦めないココロだッ!!」

《OK. SKILL 『TEMPEST』, new SCORE release. SKILL, evolution. 『RSライジング-TEMPESTテンペスト』, accepted!》


 ここにあるはずがない白剣の機械音声が脳内に響いた。そして、場を満たす斥力を丸ごと飲み込むほどの爆発が轟き渡った。


「な、なんですかあ、それえ!?」


 大気をチリチリと細かく震わせる金色の『雷』が迸り、深緑の『嵐』が漂う熱気と煙を吹き飛ばした。


 帯電した四肢、力の発露にたなびく緑の長髪、そして両腕両脚には獣の爪を思わせる装甲を纏った姿へホナタは "変身" していた。


「フゥ…。スゲェくらい力がみなぎるぜ!」

「少し姿が変わったくらいでえ、調子に乗らないで下さいねえ!」


 空間が歪む。小雪の異能、『和津螺場』でホナタの立つ座標の軸が百八十度回転させられる。


 しかし、それはもう遅い。


 一秒とかからずトップスピード。ルゥの『跳躍』のような溜めは必要ない。思うままに突き進むのが『嵐』で、その中で強く真っ直ぐに鳴り響くのが『雷』だ。


「———来・轟・GO」

「なっ……」


 小雪を守るように動いた儀典兵騎フェイルリッターの正面装甲が陥没し、内部回路が焼き切れ、そして機体全体が木っ端微塵に弾けた。


 衝撃波が届く前に、小雪は能力でその場から逃れていた。だが今のホナタの ”牙" から逃れることはできない。


「か、はぁっ、?」

「遅ェよ」


 『嵐』の通り道から漏れ出た電気のスパークが矢のように体を貫き、痺れで動きを奪われた小雪が床に落ちる。


「終わりだ、ムチ女。道を開けてもらうぜ」

「まだ、ですう…。会長の邪魔はさせませんよ、お…!」

「いい覚悟じゃねェか。けど、オレにだって譲れねーモンがあるんだよッ!」

「黙りなさい! 『和津螺場・崩』!!」


 小雪を中心として最大出力で展開された空間操作の力が、何もかもを捻じ曲げようと轍を刻む。急激な軸操作で廊下がコンクリートの床を支える鉄骨ごとひしゃげていき、破壊の螺旋が暴れ狂う。


 前までならなすすべなく負けていただろうが、覚醒したホナタの敵ではない。


「噛み砕きやがれ! 雷・RISライ・嵐・RUNランッッ!!!」


 ホナタの両拳に、覇気とでも呼ぶべき、金色のオーラが重なり入り混じった緑色のオーラが一気に収束する。獣の形を取ったオーラがホナタを覆い、彼女の勢いを後押しする。


 暴風のトンネルを発射台として、一筋の金雷が凝縮されたエネルギーの塊となってレーザービームのように駆け抜ける。


「っらァアアアアアアアアアアアアア!!」


 一意専心。ホナタの真っ直ぐな爪の一撃が閃き、能力ごと小雪を砕き、吹き飛ばした。


 中央校舎全体を揺らすほどの爆発が巻き起こる中、ホナタは己の限界に勝てた喜びを噛み締めるのだった。

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