第74界 神の軍勢

 学園〈ユニベルシア〉上空、大樹の姿で顕現した終末装置【Exygg's=Drasilイグズ・ドラシル】付近の空域、そこでは一隻の空中艦、琉香が召喚した〈大祓之宝船おおはらえのたからぶね〉が乱気流に揉まれていた。


 逆巻く気流の檻に閉じ込められて、機動力を奪われたままジリジリとその場での滞空を余儀なくされていた。


 もっとも、これは他の誰でもない琉香の仕業だ。発動した終末に抗うために琉香が展開した防御壁なのだ。その証拠に、群がる無数の異形は風の壁に阻まれて艦に近づけないでいた。


「で、どうするんだよここから!」

「ははは。僕なんて神としては、まだ人情のある方だったようだな! 己の手ではなく神の軍勢で世界を圧殺しようとするとは!」


 神の軍勢。今襲って来ている異形の存在のことか。植物のような身体に様々な生物のモチーフを兼ね備えている怪物。共通しているのは大きく広げられた一対の翼。それはまるで。


「天使……」

「ふむ。言うなれば、コレは異世界の天使ワールダーか。己の力を分け与えて操る、神の分け身だな。となれば『門』によってばれるのは、平行銀河の神だったのか。なんだ…僕には元から無用の長物だったわけかい」

「勝手に納得してんなよ。なんとかしないと……。てか俺の願いをこの船が叶えてくれるんじゃなかったのか!?」

「わかっているさ、ただ発動には時間が掛かるのさ!」


 轟音。


大祓之宝船おおはらえのたからぶね〉を護る風の結界越しに衝撃が伝わる。外を見ると、より大型の天使ワールダーがこちらへ取り付こうとしていた。


 駄目だ。何もしなければいずれ艦を落とされるだろう。


「ひとまずあいつらを倒して時間を稼がないと……」

「君の力、というか〈ウィアルクス〉の機能はまだ戻っていないんだろう。どうするつもりだい?」

「倒し切れなくても、追い払うことならできるだろ!」

「な、待ちたまえ!」


 琉香の止める声に構わずに艦の甲板に出ると、既に何体かの天使ワールダーが甲板へ降り立っているところだった。人体など簡単に切り裂けるような鋭い爪や牙を持つそれらはまるで植物の獣といった外見だ。


「多勢に無勢だけど、なんとかしてみせるさ!」


 振るわれる爪を〈ウィアルクス〉の刃で受け流しつつ、胴の真下へ潜りこむ。使える異能スキルはなくても、教えてもらった技術を体が覚えている。


 掻い潜った動きのまま身を捻り、回転の力を加えた斬撃で天使の胴を切り裂く。動きを止めたその隙に踏み台にして跳ぶ。次の一体の顔面に切っ先を叩き込んでのけ反らせる。間髪入れず、全力の回し斬りで首筋を断ち切った。


「はぁっ、はぁっ……!」


 悲鳴すら漏らさずに塵へと還る天使はどこまでも不気味だが、攻撃が通るのならなんてことはない。倒し続ければ時間は稼げるんだから。


[ナゼ抗ウ、ヒトよ]


 脳内に染み込むようにして響く声。


「…? この声は……?」

[ワレハ、ヒトガカミト呼ブモノダ。ヒトノ求メニ応ジテ、せかいノ再創造ヲ行ウベクきたル。答エヨ。汝ハ何故抗ウ? 新タナ平穏、真ノ秩序ガ欲シクハナイノカ?]


 どうやらこの声は、今戦っている天使の大元、あの極彩色の鎧を纏った巨大な樹の神さまの物らしい。というかこいつも喋れたのか。神だというのに、どいつもこいつもコミュニケーションに熱心で嬉しい限りだ。


「話ができるんならありがたいぜ。なあ、こんな事はみんな望んでいないんだ。世界を壊してやり直すなんて間違ってる」

[間違イ? ダガ、事実トシテ界ニハコンナニモ悲シミノ記録デ満チテイル。悲劇、絶望、断絶。ナラ救ワネバナラナイ。ソレガ巫女ノ願イ、祈リ故]


 巫女っていうのは生徒会長……菊世のことだろうか。なるほど、やっぱりこれは会長なりの善行。『門』が開いて繋がってしまい無茶苦茶になった全ての世界を救おうとした結果なんだろうな。


 だとしたら。


「説明が、話し合いが足りないんだよ本当に……! ふざけんな。どいつもこいつも、勝手に話を進めるなよ。世界の行く末を、一人で勝手に背負って決めるなってんだよ!」

[総意トシテノ幸セガアレバ、満足ナハズ。界ハ繋ガッテイル。界ノ幸セがヒトノ幸セデアルハズダ]

「違う。幸せの形なんてみんなバラバラなんだ。何が楽しくて何が嬉しいかは、一人一人が決めればいい。大切なのはそれを選べる世界だ!」

[理解デキナイ。森羅万象尽クニ平等無久ノ幸セヲ。ソノ為ニ一度今ノ界ヲリセットスル。是ハ確定事象デアル]

「話を聞けっ、て!」


 再び襲ってくる天使をいなしつつ、呼びかけ続ける。諦めるな。言葉を交わせる相手なんだ。判断基準がズレていたって、交わす言葉に意味はある。


「俺は絶対に諦めないぞ……!」

[構ワナイ。我ハ終末ノ時樹。只、終ワリヲモタラス者。抗ウナ不思議ナヒトヨ。此処ニ新生ハ為ル]

「ぐっ…………!」


 その宣告を皮切りに、【Exygg's=Drasilイグズ・ドラシル】の全身に並ぶ九つの宝珠が凶暴な輝きを放ち、それぞれの腕から様々な姿形の天使が大量に放出された。


 その一部がこちらをふねごと沈めようと押し寄せてくる。〈ウィアルクス〉を握る手に力を込めなおして迎え撃つが、物量が違いすぎる。複数体に一斉に飛びかかられてなす術なく吹き飛ばされた。


「く、そっ……。こんなところで、みんなを取り戻せずに、世界を守れずに終われるかよ……」

『本当に諦めの悪い人間だ。新辰一真。貴様が望むのは力か? それとも武器か?』


 幻聴だろうか。耳元で聞いたことがある気がする女性の声が囁く。力や武器なんていらない。俺が欲しいのは可能性だ。それだけで良い。だって自分の理想を叶えられるのは他の誰でもない、自分自身だ。


 他人の手は借りるんじゃなくて、取り合うべきなんだ。


『どこまでも愚かな真っ直ぐさよな。では、その剣を振るえ。一度だけ門をこじ開ける手助けをしてやろう。できるか?』

「はっ。当たり前だろ!」


 〈ウィアルクス〉の刀身に漆黒が宿る。不安定な闇ではない。どこまでも透き通り広がるような純黒。銀河を満たす深淵のような美しい黒が刃を形成した。


『今だ。切り拓け!!』

「うぉ、おおおおおおおおおおおお!!」


 声に導かれるまま、黒の大剣となった〈ウィアルクス〉を縦一文字に振り抜く。


 大挙して群がる無数の天使を巻き込んで消し飛ばしながら伸びていく斬撃がカミに届く。


[コレ、ハ]

『届くのだ。人の切なる願いが、世界を変えることだってあると知れ、異界の神。……あとは任せたぞ新辰一真。世界を、可能性を頼んだ』

「……ああ、任せろ」


 黒の斬撃によって刻まれた裂け目から、虹色の光が漏れ出す。それは世界のいろ。誰しもが秘める可能性を示す無限の輝きに違いなかった。


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