第6界 日常は流れる雲のように

 ホナタとのランキング戦から一週間ほどが経過した。クラスメイトとの関係はやはりぎこちないものの、最初の自己紹介から比べると徐々に和らいでるように思う。思いたい。


 ちなみに、当のホナタはというと、明らかに態度が軟化していた。毎日のように絡んでくるし、もはや初対面の面影がなさすぎて怖いくらいだ。仲良くなれたのは嬉しいけど。


 今日も一緒にご飯を食べたいとかで、獣人族ベスティア専用の第三食堂に招待されてしまった。うーん、やっぱり好感度の振れ幅おかしくないか??


「というか、入り辛い…」


 そもそも、それぞれの種族によって日常スペースが分けられているのは、各種族の文化が違いすぎるからだ。ただでさえアウェーなのに、ましてや地球人の俺なんかが入ろうとすれば私刑リンチにあってもおかしくない。うむ帰ろう。後で謝るしか、


「お、カズマー! こっちだこっちー!」


 声でかいよ!?


 遠慮なしの大声で、食堂の奥からホナタが呼んでくる。無視するのも申し訳ないし、仕方なく食堂にお邪魔することに。周りの目が痛い…。


 "暴れ姫" と呼ばれるはずのホナタの奇行にギョッとする生徒も中にはいて、どう思われてるのか一目瞭然だ。普通にしてれば、可愛い女の子だと思うんだけどなぁ。


「悪ぃなー、呼び付けちまってよ」

「まぁ昼休みだし、用事もなかったしな」

「そっか、なら問題ねぇな!」


 とことん元気一杯だ。そこが良いとこだと思うし、元来こういう性格なんだろう。だから余計に、初対面の時の言動が引っかかってしまう。ああまで言わせる何かがある、いや "あった" のだろうか。


 一真の疑念をよそに、ビュッフェ形式のランチをどんどん皿に盛っていくホナタ。見てる方が胸焼けしそうなくらいの肉の山が出来上がっていた。


「野菜も食べた方がいいと思うぞ、ホナタ…」

「いーんだよ、こっちの方がパワー出るだろっ」

「そうですね。太りますよ?リオウさん」

「あれ? ルゥ?」


 いつの間にか、隣の席にルゥが座っていた。珍しくウサ耳を出している状態だ。ここが "ベスティア" 用スペースだからだろうか。


「あん? テメェは確か、レプス家の」

「お久しぶりですね、リオウさん。…いえ、

「姫はやめろ、気色悪い」

「ですが、事実でしょう?」


 顔を付き合わせて早々に、言い合いを始めるルゥとホナタ。二人は知り合いだったのか。同族だし、そりゃそうだろうけど、今聞き捨てならないことを言ってなかったか。


 姫? 誰が。え、ホナタが?


「オイ、カズマ。なんかムカつくこと考えてねぇか…?」

「ホナタってお姫様だったのか…」

「ガサツな姫で悪かったな! そーだよ、親父がウチの国の王さんだからよ」


 若干不貞腐れた表情で衝撃の事実を宣うホナタに、とうとう笑いをこらえきれない一真であった。マジか。言われてみれば確かに、改造されてるらしい学生服も、それらしいと言われればそうかも。


「笑うなよっ!? テメェ、ぶん殴るぞ!?」

「ははは、ごめんごめん。ちょっとイメージと違ったからさ。だから "暴れ姫" なんだな」

「よし、ぶん殴る。そこに直れェ!」


 やいのやいのと騒ぐ俺とホナタを見て、ルゥは不思議そうに目を丸くしている。加えて懐かしい光景を思い出すかのように目を細めている事には、二人も気がつかなかった。


「リオウ姫…変わられましたね…」

「ぁ? なんか言ったか、ウサ子」

「いいえ、何にも。昼間っからイチャイチャと何盛ってんですかこのバカ姫様なんて言ってないですねえ。というか、誰がウサ子ですかっ」

「テメェも喧嘩売ってんのかっ!?」


 ルゥがそんな悪態を吐くとは…。どういう仲なんだ、この二人。さすがに止めに入ろうと、声を上げかけたその時。


『ピンポンパンポーン♪ えー、クラスX-1所属の、新辰一真さん。至急、生徒会長室においでください。今すぐダッシュで全速力で。お願いしますねー』


 気の抜けた声と裏腹に、有無を言わせない命令口調の全館放送は明らかに、俺の名前を名指ししていて。俺たち三人揃って、顔を見合わせるのだった。





 ◯●◯●◯●◯


 学園の一角にあるテラス。他に人影もない円形状のベンチで、精霊族アストラリアスの少女、鞠灯ユイは物思いに耽っていた。


 とても穏やかな昼下がり。しかし偽りに過ぎない時間だと、彼女は自嘲しながら、紅茶を口に含む。オリエンタルな薄褐色の肌に、燃えるように紅い髪をたなびかせ、陽光の下燦然と在るその姿は絵画のように様になっていた。


「お嬢様。生徒会が動きました」

「あら。思っていたより随分と早かったですわね」


 従者の報告を受けて、ユイはティーカップの縁を憂鬱そうになぞった。


 心の中が外見の静謐な美しさとは真逆に、ザワザワと揺れ動く。あの姉弟が行動を起こしたということは、いよいよこの退屈な日常を終わらせることができる。かねてよりの計画。しかし、これでいいのだろうか。自分の願いは…。


「ふ、今更気にしても仕方ないですわね。賽は投げられたのですから」

「当主様もお喜びになられます」


 母が寄越しただけの従者も、冷たい目で虚空を見つめながら、そう追従する。何を考えているのか、意志を感じさせないその無機質な反応も飽き飽きだ。


 導火線に火は放たれた。後は、悉くを焼き払おう。己が未来のために。

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