第5界 友達の証/ピースサイン
轟、と空気が逆巻いた。拳銃の弾丸など亀に思える程の拳が、ホナタから放たれる。
ガントレットと化した白い剣を、半ば自動的にかざして防いだ。直接肉体に装備されている分だけどうにか反応できた。
「オラオラァ! そんなもんかァ!?」
(く、反撃するには、『速さ』が…!)
そうだ。『速さ』。頭の中でイメージしたのは、昨日ルゥが見せた高速跳躍。自分の体では耐えれないだろうが、あのスピードの世界なら、ホナタに対抗できるかもしれない。今だけでも良い。俺に、目の前の彼女と "話す" ための資格を…!
《accept. Skill, 『RAPID』, re:load》
「ッ!」
再び電子音声。と同時に疾風が頬を叩く。迷いなく直線距離を翔けて繰り出された拳は、ホナタにこの戦いで初めて防御の姿勢を取らせる。ダメージはなくとも驚いた様子で、素早く後ろに跳んで距離を作る。
「速くなった…!? テメェ、ただの地球人じゃねぇのかっ」
「いいや、ただの地球人さ。だから、借り物の力だとしても、お前に勝つためなら!」
「借り物…!?」
詳しく説明したくてもできない。俺にも自分の武器がなんなのか理解できてないし。だが、これでやっと、目の前の少女と同じ土俵に上がることができた。
そこからは言葉を交わしながらも、互いに動きは止まらない。ホナタの脚が地面を蹴り砕く度に、俺の足が空気を踏みしめて跳ぶ。
二人の拳が交錯する回数は、最早目で追えない領域に達していた。完全に勘でのみ動いている。だが不思議と噛み合っていた。拳だけでなく、もちろん体で受け止めもして。痛みより高揚感が勝った。
ダンスのように自由に舞いながらも、台本通りの殺陣がごとく。言葉のキャッチボールというが、さながらこれは。
「意外だなオイ。拳で会話すんのって、こういう事だよなぁ!」
ホナタも同じ事を考えていたらしく、凶暴さの中に楽しそうな笑みが浮かんでいる。同感だと、一真の頬も知らずに緩んでいた。
いつしか、興味なさそうに離れていたクラスメイト達は、二人の闘いの成り行きを見守り始めていた。"暴れ姫" と揶揄されるホナタと互角に渡り合える、謎の地球人。興味が生まれたのもあるだろうが、そこに流れる雰囲気にこそ惹きつけられていた。冷たい闘争ではなく、何か意味がある熱のぶつかり合い。それでいて薄れゆく緊張感に。
地球に来て《エイリアス》と呼ばれてから、忘れかけていたそれは、昨日までと違う明日の予兆のようで。
「名残惜しいけどよ。そろそろ終わりにすっかァ!」
ホナタが吠え、一際大きく距離を開ける。次で決めるつもりらしく、彼女の両拳に覇気とでも呼ぶべき、緑色のオーラが収束する。
「そうだな、これで!」
というか、そろそろ俺も体がもたない。腕も足も感覚が曖昧になってきて、割と危険な気がする。腹を括って、次の一撃で決めるしかなさそうだ。
一真の腕のガントレットが、その意思に呼応するように光り出す。重ねられた拳の重みと、乗せられた想いがスキルとなって具現化される。嵐のように吹き荒れる真っ直ぐな心意気。———《skill, re:load『TEMPEST』》
「"乱・嵐・RUN" ッ!」
「
飛び込んでくるホナタを見据えて、彼女の風に合わせる。圧縮された空気の上を跳ぶことで、威力を限界まで高めた一撃。
全力と全力が破壊的な激突を生み、純粋な力のみが吹き荒れる爆発の中心で一真とホナタは拮抗する。
「「!」」
が、それもほんの一瞬の出来事。弾かれるようにして、両者はほぼ同時に背中から倒れ込んだ。ランキング戦の判定は。
【WINNER:新辰一真!】
ワァアアアアアと、クラスメイトの控えめな歓声を薄っすら耳にしながら、どうにか立ち上がって。右手で形作ったピースサインを、眼前に翳す。祖父母に教えてもらったおまじない。自分の在り方を決めるきっかけになったソレを、クラスメイトに、今は特にホナタに見せたくて。
「なんだそれ」
「友達の証だよ」
「へっ、そうかよ。あー、負けちまうなんてザマぁねぇ。けど楽しかったぜ、えっと…カズマ、だっけか」
「なんだ名前覚えてくれてたのか」
毛嫌いされてると思ったのに。
「こんな風に真正面から殴り合ってくれるヤツが、この世界にもいるなんて思ってなかった…。サンキューな、カズマっ!」
ホナタのその言葉は、ただ暴れたいだけの人間の物には思えなかった。やはり事情はあるんだろう。けど今はいい。彼女の、明るく無邪気な笑顔を見ることができただけで満足だ。
ホッとしたら、体から力が抜けていく感覚。忘れていた疲労と痛みが一切に戻ってきて、足元がおぼつかなくなる。
「おっと」
もう元気になったのか、ホナタが起き上がり逆に肩を貸してくれる。心配そうに覗き込んでくる彼女の顔を眺めながら、やっぱり距離が近いんだよなぁ…と感じる一真であった。
◯●◯●◯●◯
校庭から聴こえていた音が鳴り止んだ事に気が付き、少女は顔を上げた。十二単を動き易くしたような色鮮やかな着物に身を包むその少女は、書きかけの書類を隅に避けて、ティーカップに満ちる紅茶を一口含む。
「……終わりましたか。勝ったのは、あの地球人の少年…ふむ」
意外ではなかった。むしろよっぽど驚いたのは、あの "暴れ姫" と恐れられる少女が彼を認めたようであること。
「貴女も飢えていたのかしら……。ねぇ、どう思う?」
後半は、自身の背後に控える青年に向けての言葉。大太刀を体に立て掛けるように持ち、ソファに腰掛けるその男は、切れ長の目を少女に向ける。
「何にせよ…。鍵は揃い始めた。ならば、後は封印が解かれて仕舞えばそれで終わりだ」
「相変わらず淡白ねぇ。モテないわよ?」
「ほっとけ、姉さん」
ふふふと妖しい笑みを返し、着物姿の少女は再び退屈な書類仕事に向き合うことにした。明日から忙しくなる。この学園全てを巻き込んだ、大きな花火の準備をしなければならないのだから。
窓の外から差し込む昼光の中、『生徒会長』の腕章を煌めかせながら、匂王館菊世は口元を策謀に歪ませるのだった。
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