第4界 語り合うは拳と拳

 衝撃のホームルームと午前の授業が終わり、転入初日のお昼休み。俺は人気のない中庭で一人頭を抱えていた。ホナタとのランキング戦、どうしよう…。


 まさか、あそこまでとは。担任のマイヨ先生によると、ポイント制だから必ずしもランクが全てではないらしいが、にしたってだろ。ホナタの好戦的な性格を鑑みても。


「勝てるか…?」


 別に積極的に戦いたいわけじゃない。けど、それしかないなら、そうする。、友達を作ってきたし、ここで退く選択肢はなかった。


「何か困ってますか、転入生さん?」


 悩んでいると、不意に声をかけられた。この呼び方をする知り合いは一人しかいない。顔を上げると、亜麻色のショートヘアに、意志の強さを覗かせる瞳の少女が立っていた。やはり普段はウサ耳を生やしていないらしい。


「ルゥ。無事だったんだな、良かった」

「良かった、じゃないですよ! 心配してたのはこっちなんですからね!」


 ルゥが、怒ってますと示すように腰に手を当てて顔を近づけてくる。近い近い。


「悪かったって。でも、ほらピンピンしてるしさ」

「全く、危なっかしい人ですね…。まあ、わかりました。それより困り事ですか」

「ああ。今度、ホナタとランキング戦で戦うことになって」

「はぁ!?」


 可愛らしい目を全力で見開いて、ルゥがずっこけた。そ、そんな驚くことだったか?


「どうしてまた、そんな危険な事に! あの "暴れ姫" と戦うなんて命がいくらあっても足りないですよ!?」


 何その物騒な二つ名。今からでも謝るべきだろうかと真剣に悩んでしまう。


「あの人のランク見たでしょう! この学園であそこまで登り詰めるには運だけじゃ不可能。冗談抜きの強さがなきゃなんですよ!」

「けどさ、仲良くなるためなんだ。仕方ないだろ。それがあいつのコミュニケーション手段だっていうなら」

「正気ですか…? 暴れたいだけです、彼女は。それに地球人を快くは思ってないでしょうから、鬱憤を晴らしたいだけに決まってます!」


 ううむ。同族から酷い言われようだなぁ。素行が良くないってわけか。不良少女といったところか。


「それも実際に戦ってみれば、わかると思うんだ。ホナタがどういう人間なのか」

「どこからその度胸が出てくるんですか…? 馬鹿なんです? 馬鹿なんですね…」


 おーい、勝手に自己完結するな。でも、育ててくれた祖父母や師匠にも昔言われたっけか。お前は直線的過ぎるって。心外だ。これでも結構色々考えてるんだぞ。


「はぁ…。それなら、一つアドバイスです。リオウさんは格闘戦を得意としています。だから、リーチ的には転入生さんの方が有利なはずですよ」


 それは良いことを聞いた。気休めにしかならないけれど。それはそうと。


「……新辰一真だ」

「?」

「俺の名前。そういや、自己紹介してなかったなーと思ってさ。好きに呼んでくれ」


 唐突な名乗りに、ルゥは心底訝しそうな顔で首を傾げながらも、頷いてくれた。


「私の話聞いてます?? 本当に読めない人です…。ええ、よろしくお願いしますね、新辰さん」

「おう。改めてよろしく、ルゥ」


 僅かながらも親交を深めたところで、チャイムの音によって現実に引き戻される。そろそろ午後の授業が始まる。次は体育だったかな。


「それじゃあ、私もクラスに戻りますね」

「ルゥってどこのクラスなんだ?」

「私はクラス7-4です。新辰さんは…恐らくクラスXです?」

「合ってるけど、どうしてわかったんだ?」


 あのクラスは特別ですからと、意味深な言葉を残してルゥは校舎に戻っていった。その背中を見送り、自分も授業に向かう。


 体育の際は、学生服のインナーがそのまま体操服となるらしく、ジャケットとズボンを脱ぐだけでいいそうだ。楽だよな。一々着替えるの面倒くさいし。


 集合場所である校庭に向かうと、既にクラスメイトたちが準備運動を始めていた。やっぱり普通の体育にはならなさそうで、誰も彼も自分の能力を使いながらウォームアップしている感じだ。場違いだよなー、俺。


「来たかよ、地球人!」

「そりゃ授業だからな。って…」


 相変わらず大仰なノリのホナタに振り向いて、思わず顔を逸らしてしまいそうに。男子はインナー姿でも大したことないけど、女子のは駄目じゃないかな!? 引き締まったボディラインが強調されて、非常に目のやり場に困る。ホナタの堂々とした態度も相まって、余計に悪い事をしてるような気になってくる。


「オイ、目逸らしてんじゃねぇ。こっち見ろって」

「逸らしてない、ってか、距離が近いから。危ないだろ」

「だったらこっちを、っとと」


 案の定バランスを崩して、ホナタが倒れ込んでくる。慌てて抱き止めて、しかし踏ん張れずグランドに倒れ込んでしまった。ルゥといいこいつといい、距離感のなさはもしや獣人族に特有なんだろうか。ホント心臓に悪いからやめて欲しいんだけどもっ。ふにゅ。


 ……ふにゅ?


「うなっ!? にゃ、なに、何してんだテメェ!!」


 えーと…。この右手の感触、顔を真っ赤にするホナタ。うむ間違いない。やらかしてる!


「ご、ごめんホナタ。でも、危ないって言ったのに詰め寄って来たお前もわる」

「問答無用だ、この変態野郎っっ」


 ゴォン!と振り下ろされた拳をかわせたのはきっとなけなしの運だろう。咄嗟に後転して受け身を取る。涙目になりながら拳を地面から引き抜いたホナタは、犬歯を剥き出しにしながら、なおも拳を構えている。


「もう容赦しねぇ、今、ここで! テメェをぶん殴るからな!」

「だから謝ってるだろ!? っ、これ…」


 ポケットの中の電子端末に、ランキング戦の申し込みが来た。本当にここで始める気らしい。ルールとやらはどうなってる?


【ルール:先に立たなくなった方が負け】


「小学生のようにシンプル!」

「受け取ったか? なら、とっとと始めんぞ地球人!!」

「くそ、やるしかないか」


 立ち上がって、ホナタと向き合う。俺の武器、あの白い剣を手元に召喚する。リモル先生によると、俺の体内に収められてる形だから、念じれば呼び出せるそうだ。便利だけど怖くもある。正体がわからないらしいし。


「そこだッ!」


 最初に仕掛けたのはホナタ。間合いを作ろうと一歩、いや半歩退がったが間に合わない。ホナタの遠慮のない一撃を剣の腹でそらして、回り込むように距離を取る事には成功。


 だが簡単に逃がしてくれるはずもなく、ホナタの脚が地面を蹴るたびに数度の拳撃が次々に放たれる。剣でいなすだけで精一杯、防戦一方だ。くそ、こんな速くて重い拳、何度も受け止めれない!


「おらおら、どうしたァ! そのデッケェので俺をヤってみろよ!」

「誤解招きそうな言い方するな!」


 ホナタが拳を引いたタイミングに合わせて、剣を突き出す。切っ先と拳が互いを弾き、軽い方、つまりこちらの体が轍を刻む。


「ちっ、やっぱ弱ぇなぁ。もう決着付けちまうか。なぁ、地球人!」


 勝ちを確信したのか、ホナタが、胸元のバッヂを引き千切って自身の真の姿を解放する。雷光と共に顕現したのは、狼の耳に、立派な尾、筋肉と爪を震わせる四肢。本能に訴えかけるような気迫に満ちた、獣人族 "ベスティア" としての姿。


「砕けろ! "乱・嵐・RUN" !」

「ッ!?」


 ホナタの技なのか。先程までとは比べ物にならない速度の、暴風を纏った突進。辛うじて構えた剣に拳が触れた瞬間、甲高い金属音が。遅れて、痺れるような衝撃に貫かれた一真の体が宙を舞い、派手にバウンドして、グラウンドの土埃に塗れる。学生服の防御力が無ければ即死だったかもしれない。


「かはっ…」


 不快な嘔吐感を無理やり飲み込む。ルゥは剣の方が有利とか言っていたが、そういえ次元の話じゃない。


 根本的な肉体のスペックが違う相手に対して、こちらは使い慣れてない剣。熟練度すら天と地ほどの差がある。けれどもし、単純な殴り合いに持ち込めれば、あるいは。


《accept. system reactivated... transformation start. sword to gauntlet.》


 まるで主の思考を読んだかのように、初起動時と同じ電子音声が鳴り響く。意味はなんとなくわかる。眩い光の粒子を放ち、剣がその姿を変えた。一真の両腕、関節から拳の先までを覆う、白いアーマーへと。


「あん? 武器が変わった? っつーことは、オレと殴り合おうってか」

「ああ…。そういう事らしい。こっからが本番だぜ、ホナタ!」

「面白ぇ、上等だ!」


 ———この瞬間。心地よい高揚感が、不思議と緊張を上回り始めているのを感じた。

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