第26界 学園祭はまだ終わらない (前編)

 波乱万丈の武闘祭は終わった、いや正確には勝者が決まっていないので終わっていないのだが。決勝戦は明日改めて行うらしい。

 それはそうとして、ホナタの親父さんやユイのお姉さん、それ以外の巻き込まれた生徒の親族への事情説明などが終わり、学園側としての筋を通すために一日を費やした。その甲斐あって俺たちの学園祭が戻ってきたし、それは喜ばしいことなんだけど。


「この状況は…?」

「まったく、一真さんが悪いんですのよ? いつまで経っても煮え切らない態度ばかり取るから!」

「いや、そう言われてもだな」

「なんでもいいからよぉ。さっさとメシ食いに行こうぜ」

「み、皆さん、新辰さんにくっつきすぎですよ!」

「なぁ、一真。これはアンタの方が風紀を乱していやしないかい」


 なんでだよとツッコミを入れたいところだが、周りのユイ・ホナタ・ルゥ・カナミがそれを許さない。四方を美少女に囲まれているこの状況は、さすがに思うところがあるというか。単純に照れる。


「照れてる場合じゃありませんわよ? 殿方としてしっかりエスコートしてくださいな、一真さん」

「お、おう。なら、とりあえずご飯…にするか」


 そうしないと、空腹が限界らしいホナタに噛み殺されそうだ。

 楽しそうに横でカラカラと笑っているカナミを横目でにらみつつ、学園祭限定の大型食堂に向かった。




 最終日というのもあって、大いににぎわいを見せる食堂。その一角で、金髪の縦髪ドリルを揺らしながらとある幼女が、やってきた一真たちを、その緋色の瞳で見つめていた。


「ぐぬぬぬ…。なぜ…。なぜ、あんなに楽しそうなのよっ」

「なーにしてんですか、お嬢様」


 幼女もとい、魔皇女たるテッサリアはテーブルに突っ伏しながら、和気あいあいとした雰囲気の一真たちを涙目になって睨んでいた。

 そんな残念さ全開のテッサリアを呆れるように見守っているのは、彼女の侍従メイドであるプテロだ。口の端から除く八重歯と背中の小さな蝙蝠コウモリの羽が特徴的な魔族であるプテロは溜息をつくと、テッサリアの肩に手を置いて、首を横に振った。


「諦めるっすよ。お嬢様は、ああいうリア充にはなれないっす」

「シンプルにヒドイこと言わないでくれるかしらプテロ!? 我は、別にリア充になりたいわけではないわ! どうして我になびかなかったあの地球人が、他の異世界人と仲良くしているのか理解できないのよっ!」

「あー…」


 正直なところ、テッサリアの能力や性格を考えると、正義漢そうなあの風紀委員が心を許してくれるとも思えないプテロだったが、これ以上めんどくさいテッサリアを見ているのもしんどい。よって、風紀委員に仲良くしてくれるよう頼んでみるかーと彼の方に歩いて行った。


「あー、ちょっといいっすか風紀委員さん」

「ん?」


 中性的な顔立ちで、ボサッとした黒髪、平均的な見た目の少年が、なんだろうと首を傾げる。周りの少女たちは、幾らかの警戒心を向けてきた。まあ、そりゃそうだろう。下級とはいえ自分は魔族だし。


「あたしはプテロ。テッサリアお嬢様の侍従をやっているものっす。ちょっと、頼みがあるんすよ」

「頼み?」


 テッサリアの名前を聞いて、一真が少し眉をひそめた。まあ無理もない。急に襲ってきたり、操られていたとはいえ多くの生徒を巻き込んだ人間の事をよく思うはずもない。けれど、あんなのでも自分の主なわけで、引き下がるわけにもいかないプテロだった。


「ええ。めんどくさいし、嫉妬深い残念お嬢様なんすけど、彼女と友達になってあげてほしんすよ。友達でないなら、知人レベルでもいいっすから」

「なんだ、そんなことか。もちろん構わないぜ」


 ですよねー。そりゃ断られるっすよねって、え?


 ―――――――――――――――――――


「で、どうして魔族の生意気娘が、同じテーブルについているんですの??」

「別にいいじゃないか。色々あったけど、同じ学園の生徒なんだしさ」


 ちょうどいい機会だしな。テッサリアの高圧的な性格も、もしみんなと一緒に遊びたいとかだったらほっとけないし。昔なじみの友達にもそういうやつがいたから、そいつを思い出したのもあるけど。


「な、なんでそんなに、簡単に手を差し伸べてしまうんですか新辰さん…」

「あっはっは。さすが一真。器が違うって感じだねぇ」

「テメェら、さっさとメシ食わねえとオレが全部食っちまうぞ!」

「貴女は少しは興味を示しなさいな狼娘」


 騒がしいみんなを前にどこか虚を突かれたというか、度肝を抜かれた様子のテッサリアだったが己のプライドが勝ったのか、キッと俺を睨みつけてきた。


「いや、本当にどういうつもりなの地球人。まさか我を懐柔しようというつもりかしら!?」

「別にそんなつもりないって…。ただ、どんな形でも興味を持ってくれるのは嬉しいっていうかさ。それなら、一緒に話して、仲良くなりたいなって思って」

「は、はぁ…?」


 なぜかドン引きされた。解せぬ。


「風紀委員さん、あんた正義漢っていうより、ただの馬鹿だったっすか」

「馬鹿ってひどくないか?」

「あら、今更? 一真さんの大馬鹿者っぷりは、今に始まったことではなくてよ?」

「ユイまで!?」


 なんで馬鹿とか言われないといけないんだよっ。


 ともあれ、少し警戒心を解いてくれたらしいテッサリアは、自前のトマトジュース(?)を飲みながらこっちの様子を伺っている。他のみんなも、各々学園祭限定のメニューを楽し気に口にしている。

 にしても…。この学園に来て、こんなにも色んな友達と出会えるなんて、思ってなかったよなぁ。


 感慨にふける俺を見て、テッサリアがぼそっと呟いた。


「……おまえは、簡単に友達を作れるのね地球人」

「んー、そんなことないよ。向き合って、話して、戦って、そうやって少しでも仲良くなった友達なんだからさ」

「でも、『契約』しかない我には、羨まし、いえすごいことをしているように見えてしまうわ…。我の周りの人間はみんな我を怖がって遠ざけてしまうから。だから、友達なんていらない。全部従えてやるって決めたのよ」

「なるほどな。でもさ、周りのみんなは本当に、お前を怖がっていただけなのかな」

「え…?」


 だって、それだけなら、テッサリアは今頃こんなところにいないはずだ。きっと彼女を心配する誰かがいたから、ここに入学して友達ができることを望んだのだと思う。現にプテロは彼女を心配して、俺に声を掛けた。もしかしたら、真実は全然違うのかもしれない。けど、俺はそうだといいなと、テッサリアに伝えてみた。


「……脳みそお花畑なのかしら地球人って」

「だからさっきから酷くないか」

「けど!」


 テッサリアは頭の金髪ドリルをふぁさとかき上げると、初対面の時のような淀んだ高圧的な目ではなく、少し和らいだ眼差しで俺にトマトジュース(?)を差し出してきた。


「これは、ゆ、友情の証よ。受け取りなさい地球人」

「おう。ありがとな、テッサリア。あと俺の名前は、新辰一真だぞ」

「ふ、ふん。おまえなんて地球人で十分よ。それと我のことはテッサと呼ぶことね!」


 本当に素直じゃないやつだな。というか、いつしかユイたちが、やれやれまたかみたいな半目でこっちを見ている。どうしたのだろう。


「ふーむ。天然の垂らしってやつっすかね」

「お前も人のこと悪くいいすぎだろ、プテロ…」

「そんなことないっすよー?」

「ハッ、コウモリ女の言う通りだぜ。気づいたら、どんだけダチが増えるんだって話だもんなー。この浮気モンが!」

「ホナタまで、そんな言い方ないだろ!?」


 ともあれ。


 雨降って地固まるというか。もう、テッサリア、もといテッサが無闇やたらと襲ってくることもないだろう。相変わらず、こちらを見る目は少し厳しいけど。


「お~、新辰くんたちだ! 事件のこと聞いたよ、無事で何よりだね」

「カズマっち、ついにテッサリアお嬢様までオトしたか〜。やるじゃんね!」

「人聞き悪いよ、リアちゃん…。こんにちは、みんな」


 人混みの中から現れたピット・トリリア・コウの三人もテーブルに加わり、ますます賑やかさが増す。テッサも慣れないなりに、その輪に混ざっていく。


 そうして、学園祭最終日は緩やかに過ぎ去っていく。自分たちで勝ち取った平穏。たとえ、これが問題を先送りにしているだけだとしても、きっと今だって必要な時間だと信じているから。


 借り物の力なら、それはそれとして、胸を張って友達から借りれるように。


(だから、師匠。俺はあんたのことも、止めてみせる。それで、昔みたいにさ、一緒にご飯を食べよう)


 一真の心の内をちゃんと知る人間は、この場にはいない。けれどこの場の誰もが、彼の意識が遠くにあることには、大なり小なり気づいていた。

 だからこそ、各々が彼と共にあるために、今よりも更に強くならねばと努力するのだが、それはまた別のお話。



 今はただ、友人同士の明るく楽しいランチタイムだけが、ここにある全てだ。

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