第41界 湯けむりで一休憩
「ふぅ、やっぱり気持ちいいじゃんね〜」
「汗をお湯で流すのはいいものですよね。こっちの世界に来てから、すっかりハマってしまいました」
「ふむ。悪くない」
今俺の眼前で繰り広げられているのは、湯煙の幕と、その内側ですらわかるほど元気に揺れ動いている三人分の肌色。
「……」
うーん、状況を整理しよう。
俺たちは洞窟の中のダンジョンを調べに来ている。謎の存在が根城にして、国連の調査団を襲い全滅させたからだ。メンバーは、俺とトリリア、ルゥ、それに洞窟内で偶然会ったコスモス。
この四人で洞窟内を踏破して、見つけた階段を下りた先で思いもよらぬ部屋に出会ってしまったのだ。
それは、―――― 温泉。
空間丸ごとをくり抜いたかのような岩肌に囲まれた広々としたスペースに、床のほとんどを占める湯溜まり。まごうことなき天然の温泉である。
そして、そんなリラックスできる素敵空間が現れれば何をするかと言えば、決まっている。温泉だもの。入るしかないだろう。
ということで。
「温泉に入るのはいいんだけどさ…」
「ほーら、なにしてるじゃんねカズマっち。さっさと入ろうぜ~」
「ええ、いい湯ですしもったいないですよ新辰さん」
「ああ、そうだな…って、無理だよっ!!」
冗談じゃない。俺以外みんな女子だぞ。まあコスモスは両性体とかいって男女の区別ないらしいけど、だとしても今は女子っぽいし油断できない。
「もったいないじゃんね~。気持ちいいのに~」
「いや、いいよ俺は。体だけ拭くとかで、どうにかするから」
「うじうじとしないでください! ほら!」
「は!? る、ルゥ!?」
湯舟に背を向けて、どこか隅で隠れられる所を探そうとした俺は、急に腕を引っ張られてバランスを崩す。踏ん張りがきかず、思いっきり湯舟に落ちてしまった。服の上からでも心地よい温もりが
「ぶはっ、いきなりなにすんだよルゥ、…!?」
顔を上げて目の前にあったのは、こちらをジッと覗き込むルゥの凛とした瞳、整った鼻筋に、柔らかそうな唇…。
「か、顔が近いってルゥ。しかも、これだと混浴にっ…」
「何を慌てているんですか。これくらい、私の世界だと普通ですよ?」
嘘だろ。獣人族の世界すごいな。いやそうじゃなくて、ここは地球だからその常識に従わせてもらう…!
「恥ずかしがってるじゃんね、カズマっち。ウブなんだから~」
「当たり前だろっ。トリリアこそ、こんなことしてたらコウに怒られるぞ…」
「だいじょぶだいじょぶ。コウっちは心広いじゃんよ」
いくら心が広くても、恋人が他の男と風呂に入ってたらさすがにキレるだろ。コウがキレているところは確かに想像つかないけども。
「と、とりあえずなんか体に巻いてくれみんな。でないと、おちおちゆっくりと湯に浸かれないからさ」
「ったく、仕方ないじゃんね~」
「まあ、新辰さんがそう言うのなら…」
「地球人とは難儀なものだな、まったくもって」
なんでみんな渋々って感じなんだよ。
ともあれ。
改めて俺も服を脱ぎ (もちろん腰にタオルは巻いている)、久しく入っていなかった温泉に体を肩まで沈める。心地いい暖かさがじんわりと全身に染み渡っていき、年柄にもなく、まったりとした息を深く吐いてしまった。
「それにしても、学園の地下にこんな場所があるなんて思いもしなかったです」
「だよなぁ。自然に生まれたわけじゃなさそうだし」
「ヘンに魔力で満ちてるのもおかしいじゃんよ」
まったく秘密基地どころの騒ぎじゃない。思っていた以上に奇妙なことになっているみたいだ、このダンジョンは。
「そういえば、聞きたいことがあったんだお前には」
「どうしたんだコスモス?」
「お前、心に決めた相手はいるのか?」
「げほっげほっ」
いきなり何を言い出すんだこいつは。
コスモスからの急な質問に目を白黒させていると、ルゥとトリリアも興味ありげに近づいてくる。万事休す。
「地球人の女はこういう話が好きなのだろう? ガールズトークとやらが」
「いや俺は男だからね!?」
「む。性別のことは難しいな…。まあ、構わんだろう」
いや構うわ。
それより、気になる子、か。この非日常が当然な学園でそんな余裕なかったからなあ。いきなり訊かれても困る。
「その話、わたしも非常に気になりますね!」
少し離れていたルゥがまた身を近づけてくる。だから近いってば。小柄なれども肉付きのいい肢体は、普段制服の上からはわからない健康的な色気があって、非常に困る。
ルゥから目をそらして、俺は再び硬直した。ルゥとは違う意味で目の毒なプロポーションを誇るトリリアが目を輝かせて近づいてきたからだ。
「カズマっちには、ユイっちとかホナタっちとかいるじゃんねぇ。より取り見取りじゃん。ハーレムっちゃう?」
「誰が作るか! 二人は…そういうんじゃないよ」
「まあ、カズマっちはそう言うだろうけど、あの二人は確実に惚れてるじゃんね~。罪なオトコじゃん♪」
いやいやいや。友達とは思っていてくれるだろうけど。…どうなんだろうか。
ふと確かに、以前の学園祭でユイに言われた言葉が脳裏をよぎる。
あなたをもらい受ける、自分の好意に気づけと言われた。そこまで言わせて知らぬ存ぜぬを通せるほど薄情じゃない。だけれど。
「新辰さんは…、嫌、ですか?
「いやそれは違うよ、ルゥ」
俺は学園で出会ったみんなが大好きだ。種族や所属なんて関係ない。大事なのは、そいつがどういう人間なのかだと思うから。この気持ちに嘘はない。だというのに。
即答できない。自分でもわからないモヤモヤが、胸の内を見えない爪で掻き乱す。
「みんなといるとすごく楽しいし、元気をもらえる。でも、恋愛とか…よくわからないからさ。大事なことだからこそ、今はまだそういうことは考えられないんだ」
「にしし、コドモじゃんね〜カズマっち♪」
「でも、少し新辰さんらしい気もします。わかりました。そういうことであれば、わたしは待ちますよ。いつまでも」
「お、おぅ」
いやどういう意味なんだろう。それはそれで考えると怖い気もする。まあ、ルゥなりの優しさだと思うことにしよう…。
「だが、気になるかどうかぐらいはあるんじゃないのか?」
「どわあっ!?」
油断して考え込んでいた俺の下からコスモスがぬっと覗き込んでくる。股下を割り込んでくるように上目遣いの彼女 (彼?) は、湯で濡れた髪や肌が扇情的で、とてもじゃないが直視できなくて。というか、その体勢はまずいって色々と!
「ぁう」
「新辰さん!?」
「ありゃ。カズマっち、のぼせちった?」
ああとても平和だなぁなんて、みんなとのひとときを噛み締めながら、薄れていく俺の意識はどことも知れない暗闇に沈んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます