第67界 闇の帳
「先輩じゃねえか。どうして、ここに?」
「良い質問だ、ホナタ=ネツァク=リオウ」
不良めいたギラつく金髪をかき上げながら、高等部の先輩であるクリムゾはその鋭い眼光を魔神に飛ばした。
「こいつの狙いは世界の崩壊、全てを破壊して己の闇に取り込むことだ。それは魔族としても不味いんでね。止めに来たという訳さ」
「“本音ヲ言うがいい魔族の王子。我ガ持つ世界の『門』ガ欲しいのだロウ? 全てノ平行銀河を統ベル力を内包すルこの力ヲ”」
「ああ、欲しいさ。ぶっちゃければ全種族が欲しいはずだ。だがそれは、この学園での面白おかしい日常を壊してまで手にする価値はないのさ」
そう断言するクリムゾに、ユイは心の中で頷いた。自分もかつては精霊族の『母』の思惑に乗って暴走したことがある。地球と接続されたあらゆる異世界の人間が、水面下では『門』を狙っていることだろう。
けれどクリムゾの言う通り、たとえ世界が望もうとも、今ここにいる自分は学園での生活を愛おしく思っている。大切な者と過ごすこの場所、世界を簡単に壊されてたまるものか。
「あなたが世界を破壊するというのなら、わたくしが止めてみせますわ! それに、カズマさんもいますもの!」
「“ハハ、は。アノ小僧ならもう居らヌ”」
「…………え?」
「おい、テメェ。どーいう意味だそりゃ」
今、なんと言ったか。
真横にいるホナタが、犬歯を剥き出しにして問いかけるのを横で聞きながら、頭の中が白熱していくのを感じる。
「“言の葉ノままヨ。小僧ノ魂と肉体はドチラも、我ガ闇に取り込マセてもラっタ。『希望』の力は厄介デアッたカラな”」
心の中でカチリと怒りの撃鉄が上がる。
「さっさと吐き出しなさい、このクソ神…!!」
「同感だぜ!」
呼び出した二丁拳銃から弾丸を瞬時に撃ち放ち、ホナタの烈風と共に叩き込む。
叩き込んだ、はずだった。
「「……!」」
「“能わズ”」
繰り出した攻撃の先に魔神がいない。手応えがなく
「なんですのコレ、っ」
「なら、これでッ!」
「ウチも続くよ!!」
ルゥの踵落としと、カナミのハルバードによる刺突が同時に放たれる。
「“届かズ”」
暗黒の障壁が張り巡らされる。すぐに届くはずの二人の攻撃が、なにかに押し潰されるかのように威力を失い、地べたに叩きつけられた。
「どう、して…!」
「“希望ハ反転し、絶望へト。あノ小僧を吸収シタおかゲだ。我も使えルようになっタ。コノ力を!”」
学園生ならよく知るだろう、あの少年が操っていた白光があろうことか魔神の全身から放たれる。
それは異界の力を時に借り受け、時には打ち消す超常の光だ。黒く濁った白光に当てられた全員が急激な脱力を感じ、その場に膝を突き、倒れる。
「ぐ…最悪ですわ…! 彼の光をこんな風に…!」
「クソが…。舐めてんじゃねぇぞ…!」
「埒外の力、こんな風に使われるとは…」
「厄介だねえ、まったく」
魔神が口角を吊り上げて嗤った、ように見えた。
「“あァ…アア! 世界ノ『扉』、その一端ガ我が手ニ…今度こソ全てノ平行銀河ヲ統べル時ッッッッッッッ”」
黒闇、紫電、白光。それら全てが混ざり合って、天を仰ぎ見て吼える魔神を取り巻く。大地や空間が濁り切った澱に呑み込まれて、その色を失っていく。
「マズいですわ…。このプレッシャー、わたくし達にはどうしようも…」
「さっさと諦めてんなよ、後輩共ォ!」
「グレゴリア先輩!?」
絶望的な状況を切り裂くかのように、筋骨隆々の女生徒、
普通の魔族を遥かに凌ぐ量の魔力が束ねられた緋色の拳が闇の結界と拮抗して、火花を散らす。
「なにボサッとしてやがる! 今のうちに逃げやがれッ!」
「“叶わズ!”」
「がァ…」
「先輩!!」
グレゴリアの周囲から闇の触手が、巨大な掌のように彼女の体を包み、その姿を消し去ってしまった。そして、その闇の五指は続けてユイたちを取り込み始める。
「“全テ…全て、我が闇デ喰らいつクしテくレルぅウウウウウウウ!!!”」
遠のいていく思考の中で、ユイは想う。どう考えても詰みだと。
しかし、こんな状況であっても。
(ああ…。最後に彼と一言でも、お話ししたかった、ですわね……)
そう想いながら、ユイは意識を手放してしまった。
◯●◯●◯●◯
世界が眠るように溶けていく。
存在していたはずの境界が曖昧になり、一歩先すら見通すことを許さない闇が
この異常事態の発生に対して、既に日本や各国は動き始めていた。
機能を回復させつつあった瓦解した国連本部でも協調の動きが強まり、特別部隊が結成されていた。
鳴り響くアラートの中、人種を越えた多くの地球人が一つの目的のために動き出す。
「隊長。準備完了、いつでも出撃可能です!」
「了解。これより、我々、国連特別鎮圧部隊は目標地点・異世界交流支援教育機関〈ユニベルシア〉へ向かう。今回の異常を食い止めるべく、諸君らの奮闘を期待する!!」
「「「ラジャー!!」」」
部隊を指揮する特殊スーツに身を包む女性、琉香が〈アモン〉と呼んでいた人物は、拳を静かに握り締める。決戦へと動き始めた世界の第一陣を担うことになった幸運を噛み締め、しかし同時にこうも考えていた。
「〈キマリアス〉…。よもや、これも貴様の思惑通りか?」
その呟きを拾う者はここにはいない。
こうして、地球と異世界双方の命運を賭けた大きな戦争の火ぶたが、確かに切られるのだった。
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