第47界 せまるハロウイン?

 …………。


「知らない天井だ。…なんて」


 よっこらせと体を起こして部屋を見回すと、保健室だった。察するに、境界洞窟ホライゾンケイヴでの戦いの後、気絶してここに運び込まれたといったところか。


「っつ…。なにか忘れてるような気がする……」


 頭が痛む。重要な記憶が抜け落ちている感覚がある。初めてじゃない、以前にもこんなことがあったような。


「おや、起きたかい。外傷は残念ながら見当たらなかったけど、疲労が凄まじかったからね。もうしばらくゆっくりしていくといい」

「お久しぶりです、リモル先生。相変わらずな言いようですね…」


 患者のケガを願うとんでも保険医曰く、どうやら俺は二日ほど寝ていたらしい。交互にお見舞いに来てくれたみんなが騒がしくて大変だったらしく、傍の机に山と積まれている果物やお菓子を見て納得する。迷惑をかけてしまって申し訳ない限りだ。


「はは。まあ、それだけ君は友達に恵まれているというわけさ。誇っていいことだろうよ」

「そうですね…」


 本当にもったいないくらいに最高の友達たちだと思う。この学園に来てできた大切な仲間。自分みたいなただの一般人が何をと笑われるかもしれないけれど、それでも力の限り共に戦って、守りたいと思う。


「おや、いい顔だ。ここに来たばかりの時よりも引き締まっているじゃないか」

「あはは、ありがとうございます。それじゃあ、そろそろお邪魔しますよ」


 そうしてベッドから降りて保健室を後にしようとすると、突然ものすごい勢いでドアが開け放たれた、いやもはや蹴破られた。


「な、なんだ?」

「カズマさん!! 目を覚まされましたわね!? ほら、さっさと行きますわよ!」

「ユイ? え、いや、どこに!?」


 突っ込んできた紅髪のクラスメイト、ユイに強引に連れ出される。こけそうになりながらもついて行き、校庭に出ると、そこにはホナタやルゥ、カナミ、さらには友里すら揃って数多のクラスメイトが騒いでいた。


「みんな、何してるんだ?」

「なにって、ハロウインフェスタの準備ですわ」


 ハロウィンて。もうそんな季節かー。なぜか半壊してる校舎があったりするところを見るに、俺が境界洞窟に潜っている間にも色々あったようなのに、えらい呑気なことである。


「けど、この学園でハロウィンなんてどうするんだろうな」

「わたくしもよくは知らないですわね。けど、先生は何やら悪霊を祓うとかおっしゃってましたわよ」


 どうして。確かにハロウィンといえば、仮装をしてトリックオアトリートなんかの行事という印象ではあるけれど。この異世界真っ只中な学園で悪霊なんてシャレにならないぞ。


「まー、心配すんなってカズマ! そんなもんオレがぶっ飛ばしてやっからよ!」


 ホナタよ、悪霊に物理攻撃が効くと思うなよ。特に、ここは一応土地的には日本の学園だ。ジャパニーズホラーなんて一番タチの悪い類いの霊なんだが。


「悪霊、情報体。不可解。存在、疑問」

「まあファイブの言うこともわかるけどさ。幽霊っているもんだよ、案外」

「む。要検証、再定義必須」


 いい機会だし、ファイブが言う通り調べてみるのも面白いかもな。


 それはそうと、真横でいつも通りな面持ちの紅髪の少女を見やる。


「精霊族のユイ的には、どうなんだ? こういうのをお祭りにするって」

「どうもこうも何もありませんわ。わたくしたちの在り方と、この世界の霊とやらは根本的に別物ですもの。なんとも思いませんわよ」

「そんなもんか…」


 もう慣れてきたけど、妙なところでドライなのはユイの性格なんだろう。その分本音だとわかるから、気楽に話せる。もっとも、この学園で出会った友人のほとんどがとても素直ないい奴らばかりだけどな。


「ふーんだ。お祭りだってのにつまんないね、ユイちゃんは! こういうのは楽しまなきゃだよ!」

「そういうなよ、友里。人それぞれだろうし」

「はいはい、皆さん。集まりましたね〜?」


 そうこうしていると、お立ち台に立ったマイヨ先生から、ハロウィンフェスタとやらの説明がなされる。どうやら毎年の恒例行事で、学園に湧き出る悪霊を現世から退去させる、それが祭りの主目的らしい。要するに、派手に騒いで陰の気を祓おうという、日本の盆に近いものか。そして、俺たちがわざわざ集められている理由は。


「今回はですね~、特に危険すぎる悪霊の退治をお願いしたいのですよ~」

「祭りで退去させるんじゃないんですか?」

「そうです~。けれど、中にはそう簡単にはいかないモノもいるのです~。負の念を取り込み過ぎて、肥大化した妖霊とでも呼ぶべきものが。皆さんには、それを倒してもらいます。やはり自分たちの学園ですからねぇ。それにここの生徒さんたちの実力なら余裕のよっちゃんだと思います~」


 いつの世代だ先生。


 にしても、悪霊ときたか。関係があるのかわからないが、境界洞窟で国連の派遣部隊を襲った闇の何かを思い出す。結局、あの洞窟では遭遇しなかった。今でもあの奈落でくすぶっているのか、それとも――――


「つきましては風紀委員、新辰一真さん。あなたに生徒会長からの依頼をことづかっています~」

「俺?」

「ええ。特に危険な悪霊の鎮圧部隊をあなたに指揮してもらいたいそうです~」


 なん、だと。どうしてそんな面倒そうなことを…。


「今日の放課後にブリーフィングを行うそうなので、大講堂に集まってほしいそうでよ~」

「はぁ…わかりました」

「むむ。わたくしも志願したいところですわね」

「面白そうじゃねぇか。オレもやりてぇ!」

「うーん、ユイとホナタの力なら問題ないと思うけど。会長に訊いてみるか…」


 にしても鎮圧部隊とは仰々しい言葉だ。そんなに危険な相手なんだろうか。異世界のあらゆる異能が集められたこの学園の生徒が “鎮圧” せねばならないほどの。


 ◯●◯●◯●◯


「おっせぇぞ、一年坊主!!!」

「えぇ…」


 放課後、学園の端にある多目的交流施設群に位置している大講堂。生徒会長からの伝言通りに集合した俺を待ち受けていたのは、大声での怒号だった。


 発した主は檀上にて態度悪く胡坐あぐらをかいている長髪の女子生徒。いやどう見ても、女子というよりは筋肉隆々の成人女性、女傑とでも呼ぶべきガタイの良さだ。


「えーと…?」

「んだよ、あの腹黒女。このワタシの説明もなしだとぉ? ふざけやがってんな相も変わらず」


 うーむ、初対面だがわかる。この人は、相当短気だ。正直関わりたくないタイプの性格だな…。


「耳の穴かっぽじってよく聞きがやれ。ワタシは高等部三年生のグレゴリア・アーカイブ。種族は魔族デモニスだ。今回てめぇの指揮下に入れっつうお達しを、腹黒女から受けてわざわざ来てやったんだ、ありがたく思えよクソ地球人が」


 言いたい放題か、この大女もとい先輩。腹黒女って生徒会長のことか?


「黙って聞いていれば、なんて品のない喋り方ですの。一真さんが相手をする価値もありませんわ」

「まったくだぜ。センパイかなにか知らねぇけど、調子のんなよな!」


 ユイとホナタが噛みつくのも今回は仕方ない。これから一緒に戦おうとしている相手への態度じゃあない。


「ぁあ? なんだ、ジャリガキども。文句があんなら力で示せや。どうせ暴力しか能がねぇんだ。いっそ派手にやり合おうぜ!」

「それは聞き捨てならないですよ、先輩」

「あ? なんか言ったかぁ、クソ地球人」

「言いましたよ。ユイやホナタの力が戦うためだけのものだって? そんなわけないだろ、ふざけんな。二人だけじゃない。みんな色んな力を持っているけど、それは生きていくためだ。みんなが異端なんじゃない。みんなからしたら、この地球が異世界ってだけだ」


 そうだ。だから、彼女たちを恨んだり追い出そうとしたりするのは筋違いなんだ。これは昔から曲げられない想いだった。


「はっはぁ! いいねいいねぇ。聞きしに勝るイカれ具合だよてめぇは! そんな綺麗事並べたってな、力がなけりゃ意味ねんだよ!!」

「ッ!!」


 咄嗟に〈ウィアルクス〉を呼んで防御しなければ危なかった。防いだ上から伝わる衝撃と痛みが脳を揺さぶり、戦闘態勢へといざなう。


「いきなり何をしますの!?」

「テメェ、やる気か」

「二人とも…駄目だ…!」


 今の一撃。なにをされたかわからなかった。〈ウィアルクス〉のおかげでたいていの異能や攻撃は理解できるようになっているにも拘らず。つまり、目の前の女傑、グレゴリアはそれだけの強さを持っているということだ。


「いいぜエ。一つ相手をしてやろう、甘っちょろいガキども!!」

「吠えましたわね蛮族! 燃え尽きなさい、――― 精霊術・火牙!」

「打ち砕け、嵐・乱・RUNッ!」


 ユイの二丁拳銃から練り上げられた炎の弾丸が奔る。ホナタの拳から烈風が吹き荒れる。怒涛の連射による弾幕、そして空間を埋めるように吹きすさぶ風の刃。並の相手なら、防いだり見切ることすら難しい攻撃のはず。だが。


「だからよぉ、そういうのが甘いっつーんだよクソボケ!」

「!」


 不可視の一撃がグレゴリアから再度放たれ、炎と風のことごとくを消し飛ばした。それに留まらず、視えない攻撃が二人にも襲い掛かった。


 そこまでは視えた。だから。


「〈ウィアルクス〉―――!!」


 その間に割り込んで、なんとか防ぐ。二度目は受け止めきれずに大きく後ろに弾かれたが、剣先を床に突き刺すことでどうにか転倒せずに済んだ。


「た、助かりましたわ」

「悪りぃ、カズマ! クソ、なんだアイツ…」

「あんな密度の力を操れるなんて…。異世界にはとんだ存在がいたものですわね」

「初手から全力で叩き潰す。それがいくさの上策だぁ。てめぇらのように、チンタラと小技をぶつけ合ってちゃあ勝てるもんも勝てねぇなア」


 なるほど…。一理はある。ムカつくけど。


「その辺にしときなよ、グレ子。下級生をいじめるもんじゃない」

「あぁ? 誰がグレ子だよぶっ殺すぞ、エセ貴族が」


 講堂の垂れ幕の陰から飄々とした声とともに、男子生徒が出てくる。見た目は、眩しい金髪に、体中のジャラジャラとしたアクセサリーと完全に不良のそれだ。しかしどこかで見たことのあるルビーのような瞳をしている。


「誰だ…?」

「君が新辰一真か。初めまして、俺はクリムゾ。クリムゾ=アーガレス。妹のテッサが世話になっているね」


 え。


「テッサのお兄さん…!?」


 俺の驚愕を余所に、クリムゾは不良丸出しの外見とは真逆の、にこやかなスマイルを投げかけてきた。

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