第46界 変革が始まる
無数の異次元世界と繋がってしまった稀有な立地にある星 ―――
吹雪などまるで意にも介さず呑気に歩みを続けるその人間は、背に巨大な円環を携えていた。尋常ならざる存在感を放つその異物こそ世界の求める答え。他の世界が欲して止まないアーティファクト。
「だけれど、これはそれ以上のモノ。誰も彼もそれをわかっていない」
そうは言うけれど、と。
とっくにどこの誰でもなくなったダレカが脳味噌の奥底から囁く。もうこの時間軸にはいないはずの
視界すら満足に確保できない悪天候、極寒の氷嵐の内にてその麗人は嗤う。石動琉香、彼女の前にはずっと打ち捨てられていた様子の空の台座があった。
「さてさて。異世界からの来訪者を受け入れる学びの園〈ユニベルシア〉、地球の軍事力を束ねて異界への対抗手段とする国際連合。この二つの組織の実力を探るのも飽きたし、そろそろ予定通り終わらせようかな。馬鹿弟子くんの底も見えちゃったし、お仲間ちゃんたちも今以上の成長は見込めなさそうだし」
本当に? 貴女が勝手に見限っているだけじゃない?
「うるさいなぁ。彼らじゃあ、今のボクにすら勝てないじゃないか。なら、遠慮なくボク自身の筋を通させてもらうとするさ」
台座の湾曲した窪みに、円環をそっと設置する。それに呼応して、環の内円で時を刻んでいた白と黒の刀剣が輝きを放ち始める。
「始めよう。――――断絶から始まる
氷の岩盤が砕け散り、円環を納めた台座を囲う形で無数の石礫が細かな部品のように集まる。不完全の証たる亀裂が徐々に埋まり、一糸乱れぬ鋼衣となって麗人を覆う。しまいには氷の大地を覆いつくすほどの影を地上に落とす。
「これぞ、名もなき神の箱舟。門であり、証。盟約はここに破棄され、全てはゼロに。世界を好きに作り変える。これ以上、異界の存在に母なる星を荒らさせはしないとも」
【吼えたな旧辰。己も人外で在りながら、星を気遣うような台詞を】
「へぇ。キミは…」
超大巨躯となった空飛ぶ戦艦の甲板に仁王立つ琉香の前に、エネルギーの発露が立ち塞がった。様々な時代や国の文字、記号が乱れ舞い、しまいには意味のある形へと変わった。氷山に封印されていた力の象徴たる “権能” の塊。
「“iss” …。氷の象徴たるキミがまだ溶けずにいたことは驚きだ。この世界の神格も捨てた物じゃないねぇ」
【黙れ。今さら古きモノの眠りを妨げることは許さぬ。我が神意を見よ】
戦艦をさらに上から圧し潰すように、無垢な白壁が迫りくる。単に氷の質量だけではなく、そこに練りこまれた “権能” の凄まじさは、もはや異世界の力ですら一歩も及ばないほどの密度。もしこの場に精霊族でもいれば格の大きさに卒倒していただろう。
「アハハハハハ! いいねぇ。そうでなくては神とも呼べない。だけど、やはり」
琉香は笑みを崩さないまま、ふわりと右手を横に薙いだ。親しい人間の頬を撫でるような気軽さで。しかして次に起こった事象は。
【―――!】
無垢なる氷壁が粉微塵と化す。少しずつ砕けたわけではない。一点からひび割れたわけでもなく、ただ純粋に塵へと還った。
「キミにもご退場願おう。いらないんだ、古き神なんてものも。盟約も含めて、この世界に巣食う旧きモノは全てボクが持って逝く。さよならだ、■■■」
【貴様、そのような勝手許さぬぞ…。己のみが、次に、新たな天地に行こうなどと…! ●●●●●!!!】
「はぁ、そんな程度の考え方だからイヤだと言ってるんだよん」
船首を転身させて何処かへ飛び去ろうとする空中戦艦に、背後から流氷の濁流が差し向けられたが、それも琉香には届かない。空っぽの手、次は左手を、ぎゅっと握り込む。向けた先には瓦解していく北極点と視えざる超常。
そうして。神だったモノが、断末魔すら残さず、存在の残滓をこの世から消滅させた。
「同胞を屠らないといけないとは、残念でならないよ。まあ些細な問題だけどね。これからボクが為すことを思えば、さ」
神の器たる戦艦は大空を征く。その手に全次元を揺るがす力を持ち、因縁に決着をつけるために。
「さぁ、今度こそボクは間違えないよ。馬鹿弟子くんにも他の誰にも邪魔はさせやしない」
――――やり直すのだ、なにもかも。
◯●◯●◯●◯
ああ。そうですか。
異世界の学生が集う学び舎〈ユニベルシア〉の中央校舎最上階にある生徒会室で、菊世は心中でそんな風に独り言ちていた。
彼女の手元には愛弟から送られてきた報告書があった。地下堂に封じられていた《コア・ポルタ》を石動琉香に奪われたこと、自身も存在を一輪削られたことがそこには記されていた。
「まったく…。度し難いですね、
それもこれも全部、あの日あの少年が転入してきてから狂い始めたのだ。新辰一真の手に白き
「それに、彼女らを手懐けてしまったのもよろしくなかったのよね…。おかげで敵を作りにくくなってしまったじゃない」
とにもかくにも、一から十まで今回のルートはイレギュラーが過ぎた。
「でも、まあ。役者が違うこと以外にはもう大した問題はないわね。既に目標の “回数” は満たされていることですし。石動琉香がやろうとしていることもせいぜい利用させてもらおうかしら」
彼女の進む道、その目的地、最終地点は既に決まっている。最初から決まっていたと言ってもいい。どんな道筋を辿ろうとも、彼女は、匂王館菊世は定められた数を越えた先で常に一つのエンディングに帰結する。そういう風になっているのだから。
「それがわたしの選ぶ道。万象世界を在るべき姿に戻してみせるわ、今度こそね」
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