第61界 菊世の真意、開かれる神威

 〈ユニベルシア〉中央校舎に囲まれた管制棟、通常は一般の立ち入りは禁じられている、その最上階屋上。


 吹き抜ける風に髪をなびかせながら、探し人はそんな屋上に立っていた。眼下で上がる火の手を感情のこもらない瞳で眺めている様子であった。


「……菊世会長」

「ふむ。本当に諦めの悪い人ですね。あるいは、それがあなたの異能なのでしょうか」

「そんなことどうでもいい。もうこんなことは止めてくれ、会長」

「無理ですよ。もう世界のやり直しは始まってしまった」


 世界のやり直し…? それが彼女の目的ということか。言葉通りの意味なのか、別の…?


「この世界はかつて、選択を間違えてしまった。数多の世界が無秩序に乱立し、途方もない数の可能性が野放しになった。ゆえに、剪定することにしたのです」

「だとしても、他にやり方があるんじゃないのか。こんな全部壊してお終いにしようだなんて、短絡的すぎる。みんなで知恵を出し合って、より良い世界にすることだってできるはずだろ!」


 そうだ。それに近いことを、俺は多くの異世界人のみんなと話し合ってぶつかり合って、仲良くなることで実践してきた。


「俺にできて、あんたにできない訳がないだろ。俺よりよっぽどスゴい力を持っているのに!」

「……力ではどうにもならないのです。話すだけ無駄だという意見は変わりません。あなたももう消えてください、いい加減目障りですので」


 殺意の圧が膨れ上がる。臨戦態勢といった様子だ、言葉を交わす気はもうないらしい。


 仕方ない。これもいつも通りだけど、言葉で収まらないのならば戦って止めて、その後で話し合おう。


「頼む、〈ウィアルクス〉。力を貸してくれ!」

《alright.》

「一撃で終わらせましょう。『成長グロウ』せよ、"破壊の種" !」


 剣を構えたところで、周囲の空間が爆ぜた。防御も間に合わない。横殴りの衝撃波に意識を持っていかれそうになるが、どうにか踏み止まる。


 予想外だったのか菊世に戸惑いが生まれる。


 チャンスだ。


「スキル『加速』!」


 勢いよく地面を蹴って跳躍。〈ウィアルクス〉の刃を連続で振るうも、鉄扇でガキンと弾かれて虚しく空を切る。


「届きませんよ」

「届かせるんだよ!」


 異世界人エイリアスとの戦いで俺なんかの一撃目が通らないのなんて慣れている。先ほどの小雪書記との戦いでもそうだった。


 大切なのは止まらないこと。よろめきながらも次のスキルを装填する。


「スキル、『嵐』『激流』!」

《SKILL re:load. 『TEMPEST』,『STREAM』!》


 細かな水の粒を風の流れに乗せて、ドリルのように高速回転させる。ジェット噴射にも似た突破力で、貫通性能を高めた〈ウィアルクス〉で思い切り突き、鉄扇によるガードを崩した。


 その隙に握りしめた左拳を叩き込む。


 左掌で弾かれたものの能力以外で対応させたことは大きい。間髪入れずに〈ウィアルクス〉を槍モードに変えてリーチの外から水嵐を打ち込んで吹き飛ばす。


「くっ、どこまでも借り物の力でちょこまかと…!」

「みんなの力を借りてでも、俺は前に進む。それが諦めないってことだからな!」

「黙りなさいッ」


 またもや空間が爆ぜるが、今度はどうにかかわす。『成長』という能力スキル。数度戦ったことで、〈ウィアルクス〉から、その情報は断片的ながら伝わってきている。


 それによれば、この能力スキルは、彼女が "種" と呼ぶ物質の質量や移動速度を増加させるものだ。ゆえに『成長』。恐ろしいのは力の行使速度だ。通常の無効化では間に合わない。


「だったらこの力で、スキル『記録』!」

《SKILL accepted. 『SCORE』, re:load.》


 境界洞穴においてコスモスから受け取った新たな力。スキルを読み込んだ〈ウィアルクス〉の刀身が小刻みに振動し、琥珀色の輝きを放つ。


「いったい何を…。『成長』せよ、“刺突の種”!」

「巻き戻せ、『記録開示スコアオープン逆行リバース』!!」


 菊世の足元から瞬く間に伸びた鋭利な樹の根だったが、琥珀色の波動に触れた瞬間、まるで動画の逆再生のように元の "種" の状態へ押し戻されてしまった。


 これが『記録スコア』の力。なかなかにとんでもない。


「ぐ、その剣もあなたの存在も、何もかも忌々しいイレギュラーですね…」

「そういや、この剣は "鍵" だとか言ってたっけか。どういう意味なんだ」

「どうでもいいことを覚えているのですね…。そのままの意味ですよ。十の世界の力を得たその剣は、ワールドゲートを再び起動させる "鍵" となるのです」

「なっ」


 そうか、そんなスゴい代物だったのかこの剣…。まさかワールドゲートの鍵だったとは。


「しかも、その真価を新辰さんは発揮できるご様子。何故ですか? ただの地球人に過ぎないあなたが」

「さあな。そんなことはどうでも良いさ。俺とみんなの為の力になってくれるのなら!」

「愚かな…。あの門をもう一度開くわけにはいかないんですよ!」


 足元から素早く伸びた樹の根を、『記録』の力で巻き戻し無効化。そのまま横薙ぎの『嵐』の刃で菊世を吹き飛ばす。


 段々と余裕がなくなってきているのか、菊世の動きのキレが落ちてきている。


 今なら止められる。あと少しで…!


「あ、ぁ、あああああああ! こんな…こんなところで時間を使っている場合じゃ…」

「もう止まってくれ、会長!」

「あなたと同じですよ新辰さん。私も諦めが悪いんです。だから、もう計画を止めることはできない!!」


 両手を足元に向けて絶叫した菊世から、一際強い圧が放たれる。


 極太の幹が屋上を突き破って生え出てくる。そのまま菊世の体を遥か頭上に押し上げていく。


「今登っても追いつかない…。それなら、斬り倒す!」

《alright.『TEMPEST』『BRAZE』『MAGIC』『SHINING』『CRAFT』『STREAM』『CONTRACT』『QUANTUM』『SCORE』... NINE SKILL UNION full burst.》


〈ウィアルクス〉の刀身から色とりどりの九つの光点が伸び、一つの長大な剣を形作った。


「切り開け、天智開白アストラル・バニッシャーッ!」


 異なる性質を持つスキルを束ねることで生み出された万象に届く権能の剣は、しかし、望まれた結果をもたらさなかった。


「なっ」


 『記録』の力も織り込んだ一撃なら、『成長』した目の前の幹も消滅させられると思った。だが、事実として幹は健在で、今もなお、ぐんぐんとその高さを増している。


 恐らくは遥か上空に移動した菊世の力によるのだろうが、何度斬りつけても幹の表皮はびくともしない。


「直接乗り込むしかないか…!」


 『跳躍』の力で空を蹴りつけ、『嵐』の力で加速して巨大な幹を駆け上がる。頂上と思しき、平たく横に伸びて絡み合う枝のテーブルに着地した。


 天を覆わんばかりに広がったその空間の中央に、菊世はたたずんでいた。彼女の傍には何かのコンソールのような無機質な石板が生えている。


「これは世界樹の管制装置です。これを起動させることで、新たな世界樹を生み出して。わたしはこの世界を創りなおす。邪魔はさせませんよ」

「それは…!」


 先ほど戦った儀典兵騎フェイルリッターを生み出していた金属製の匣が、菊世の手に握られてた。さらには、黄泉の国で回収していた謎の宝玉も手にしていた。


「生み出し、終わらせる。生死を循環させるパーツと、わたしの『成長グロウ』の能力。これらを組み合わせ、新たな世界のひな型とするのです。そうすれば、柱を失った今の世界は閉じ、命に終わりのない完全な世界が訪れる―――」


 そう語る菊世の瞳はどこか遠くを見つめているような、淡い熱に浮かされているようだった。


「命に終わりがない…。誰も死なないってことか。確かにスゴいことだと思う。けど、本当に今の世界を壊してまでやることなのか? みんながそれを望むわけじゃないだろ」

「関係ありません。これは我が悲願。全てを、わたしは正しい道へと戻すのですから!」

「待ってくれ、会長!」


 匣と宝玉をコンソールにセットし、恐らくは最後の行程を終わらせようとする菊世に向かって駆ける。〈ウィアルクス〉を握る手に熱が伝わり、彼女を止めろと囁いてくるようだ。しかし、俺の手が届くことはなかった。


「――――――え」

「!!」


 冷たく鈍い輝きを帯びた金属の塊が、菊世の艶やかな着物を突き破って、胸元から突き出している。


 なにが起きたのかわからない。菊世から零れ落ちた鮮血が枝を濡らし、彼女の華奢な体が崩れ落ちる。


「会長!」

「まったく…。システム・イグドセフィラをそんなことに使おうだなんて…。随分と保守的な存在だったのだね、生徒会長君は」

「……師匠!!」

「やあ、馬鹿弟子君。久しぶりだね、元気だったかい?」


 その手に血濡れた剣を手にした漆黒のコートを纏った麗人、石動琉香が異常なほどに気軽な態度でそう宣いながら、姿を現す。



 この時。彼女の登場に呼応したかのように、コンソールがひとりでに起動したことにまで意識は回らなかった。

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