第36界 襲来の幼馴染み

 〈ラーティティア〉における天使との遭遇戦の後、本来の交流学習が終わって学園に戻ってから数週間が経った。

 その間に改めてルゥとはデートのような事もしたけれど、それはまた別のお話。


 あれから、師匠は〈ハーゲンティ〉を連れてどこかに消えてしまい、連絡を送ってくる様子もなかった。謎を謎のままにされたのは本当に腹が立つが、まあ仕方ない。


 とりあえず今自分がやるべきことは、かつて地球と異世界を繋いだ『門』について調べる事だと、一真は考えていた。全ての始まりである世界を繋いだゲート。おそらくは、それこそが自分を取り巻く事象に関係あるはずだから。


「なーに、難しい顔してんだよカズマ」


 教室の自机でのんびりと考え込んでいると、野生味溢れる緑髪が視界に映り込む。草原のような匂いが鼻をくすぐる。ホナタだ。


「ちょっと考え事をさ。そっちこそ、最近ずっとトレーニングばかりなんじゃないか?」


 聞いた話によると、獣人族ベスティアに声を掛けまくってずっとバトルをしているらしい。“暴れ姫” が戻ってきたと学内でも噂になっていた。


「おう。オレもまだまだ強くならねぇといけねーからよ」

「そっか」


 少し思いつめたようなホナタの表情は気になるけど、彼女ならきっと本当に強くなるのだろう。俺も負けてられないな。


「相変わらず暑苦しいですわね、狼娘は。もっと優雅になさい」


隣の席に、お手製の紅茶を片手にしたユイが座る。彼女は彼女で、なにやら精霊族アストラリアス同士での話し合いを繰り返しているそうで、忙しくしていた。


「うるせー火の玉女。テメェもずっと悩んでたのは知ってんだからな」

「なっ! き、気のせいですわよ大馬鹿者!?」


 うむ、いつも通りのやり取りで和む。これを守るためにも、ちゃんと前に進まないとな。


「おーい、新辰く~ん!」

「ん、ピットじゃないか。どうしたんだ?」


 そうこうしてると、小柄な体が教室の扉を壊さん勢いで走ってくるのが見えた。隣のクラス所属の石霊族ドワーフであるピットだ。相当な慌てようだがどうした。


「はぁはぁ、聞いたかい! 新辰くんのクラスに転校生が来るんだって!!」

「てん、こう、せい…?」


 ふむ。どういう意味だろう。転校生。読んで字のごとくだろうか。


「ハァ? んなもん、どうして今来るんだよ。つーか、来たんだよ」

「確かに妙ですわね。『門』は今は閉じているはずですわ。そしてこの学園に入れるということは異能を持っているということですものね。“例外” はありますけれど…」


 おい俺の方を見ながら言うな、ユイ。


 けど言われてみると不思議だ。俺のように、地球人で何らかの理由でここに送り込まれた人間がいるということだろうか。そういえば……、そんな存在とつい最近戦った記憶があるな。


「みなさ~ん、席についてくださ~い。ピット君は自分のクラスに戻って下さいねぇ」

「あっ、先生が来ちゃったね。また話を聞かせておくれよ、新辰くん! またね!」


 慌ただしく走り去るピットを見送って、マイヨ先生の方を向く。


「さてさてぇ、今日はホームルームの前にお知らせがありますぅ。なんと、転校生です! 新辰くんに続いて二人目の! 皆さん、仲良くしてあげくださいねぇ」


 本当に転校生が来るのか。いったい、どんなやつなのやら。


「ほらぁ、入ってきてくださ~い」


 先生に促されて教室から入ってきたのはかなりの美人で、黒髪のロングヘアをなびかせながら、高校生離れした抜群のスタイルを誇示するように見せつけている。そして、その容貌は見覚えしかない。


「転校生の十塚友里です! これから、よろしくお願いします!」


 ほほう。


「って、ぇええええええええええええええええええ!??!?」

「あっ。カズくんだ。いえーい、また会えたねっ」


 俺の驚愕なぞどこ吹く風とばかりに、呑気な幼馴染みは笑いかけてくるのであった。


 ◯●◯●◯●◯


 お昼休みを経て、放課後。


 クラスメイト達の興味好奇心疑念そのすべてを見に受けながらも、圧倒的ポジティブで楽しそうにしてる友里を見ても、俺はため息しか出てこなくて困る。


「あいつ、どうしてこの学園に…」

「彼女、〈ラーティティア〉で襲ってきた天使の娘ですわよね。どうして敵陣の真っ只中に来るような真似を…?」


 俺に訊かれてもわからない。とはいえ、友里が天使の一味であることは、文化交流の時に戦ったメンバーしか知らないはずだから、潜入をするというのなら彼女はうってつけだろう。朗らかで友好的な性格。少なくとも表向きは。


「なーに、難しい顔してるのかなカズくん」

「何が目的なんだ、友里。急にやって来て…」

「ふふふ。よくぞ聞いてくれました! 私の目的はズバリこの学園の『門』だよ」

「なっ」


 単刀直入すぎて鼻水が出るかと思った。なんだって?


「この娘には潜入とか無理そうでなくって?」

「失礼だなぁ、精霊族さん。隠し事とか嫌いなんだよ。だから最初に言っておくの。私はこの学園に隠されている『門』を探しに来たんだよ」


 驚きはしたが、一周回って逆にチャンスかもしれない。友里のこの感じなら、すぐに戦おうというわけではなさそうだし、俺自身の調査に協力してもらえる可能性も。


 なにより幼馴染のがクラスメイトになるのは素直に嬉しくて、これからが少し楽しみになった。


「まぁ、異世界人エイリアスはだ~い嫌いだから、そこんとこよろしくねっ」

「小声で怖いこと言うなよ…」


 ニコリとしつつも、友里の目は一切笑っていなかった。


 前言撤回だ。割と大変な学園生活が始まろうとしているらしい。

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