平行銀河の風紀委員

藤平クレハル

第1部 第一章 ようこそ、学園へ

第1界 手荒い歓迎


 突然だけど、人生何が起こるかわからないもんである。


 急に宝くじが当たったり、曲がり角でパン咥えた女子とぶつかったり、交通事故であっさり死んだと思ったら異世界転生だったり、はたまた幼馴染が実は天使の生まれ変わりで、とか。まぁ、色々ハプニングはあるはず。異論は認める。


 さて、俺、新辰一真あらときかずまの場合は。


 中学に入学早々、校長に転入をお願いされて (比喩ではなくお願いされた。なんなら土下座された。どうなってる)、尋常じゃないスピードで手続きを済まされて、桜もまだ散ってない春真っ盛りな今日がその転入初日。そんな感じのハプニング、なのだが。


『えー、全館に連絡! 全巻に連絡よ! ただ今、襲撃者を校庭に追い込むことに成功。手の空いてる者は加勢するように! ポイントは弾むわッ!』


 これから転入するはずの学校の校舎で、火の手が上がっていた。ボヤレベルじゃなく、あり得ないくらいの勢いで。


「いや、おかしいだろっ!?」


 ツッコミを我慢するのも限界だ。


 今の放送はなんだよ。襲撃者? ポイント? 状況が全くわからない!


 大体、校長と一緒になってこの学園への転入を依頼してきた怪しい男は、どこのどいつだったのか。そして、この意味不明な手続きをすんなり通せるってことは、権力を持ってる誰かが動いたのだろうか。もしくは国絡みか。けど、なんのために。こんなしがない一般人捕まえて、どうしようってんだ。


「……はぁ。考えても、キリがない」


 ひとまずは、目の前のめんどくさそうな現実に向き合わなくては。


 見た感じ、校門には守衛らしき人物が立ってる様子はない。さっきの物騒な放送の影響だろうか。


 おかげで楽々と入れたが、問題は今起きてるのがどういう事態かだ。


「校庭って言ってたな…」


 ひとまずそちらに行こうと、校舎に繋がっている小道を歩こうとしたその時。


「せぇえええええええええい!」

「!?」


 ビームのように真っ直ぐな線を描いて、目の前に何かが着弾した。いや、何かというか誰か、という方が相応しい。


 土煙が晴れてそこにいたのは、学園の制服を着た、凛とした雰囲気の少女だった。そして亀裂の入った地面にめり込んでるのは、彼女の足だった。…えぇー。


「だ、大丈夫か、その足?」

「心配ご無用。それより、貴方は誰ですか? 奴らの仲間ですか」


 言葉の通り足を難なく引き抜いて、少女がキツイ眼差しを向けてくる。完全に侵入者だと思われてる。確かに侵入したけども。


「俺は怪しい者じゃないよ、ここの転入生……の予定だ」

「転入生? ああ、それで…。ん、男の子…いえ、女の子…?」


 俺が着ている学生服を見て、納得してくれたらしい。剣呑な雰囲気が和らいだ。最初の勢いが嘘のようだ。しかし、聞き捨てならない単語を呟いてる。


 確かに昔から中性的な顔立ちで、男子か女子か間違えられたりしてたけどもっ。声も高めなのが災いして…。いや、今はそれどころじゃないな。確認せねば。


「なあ、何が起きてるんだこれ?」

「ええ、ちょっとした襲撃です。よくあることですよ。すぐに終わります」


 爆発する校舎を背に言われても、安心できない。というか、よくあるのか。それにしては、目の前の少女はあまり余裕がないように見えるけど。


「俺にもできることはないか?」

「ありませんね。"力" が不明な人をアテにしするのは不安ですし。大丈夫ですから」


 冷たい言い方だな。どことなくこちらを心配してくれてるのはわかるけど。まぁ、そう言うなら、ひとまず俺はどこかにでも避難して…。!


「危ないっ」


 咄嗟に前に飛び出て、少女ごと地面を転がる。わずかに遅れて再び轟音。新たに宙から降ってきたのは。


「っ、《エイリアス》…!」


 揺らめくのは人外の証、巨大なトカゲの尻尾がズシリと土煙の中蠢く。……異世界人。数十年前に地球と繋がった異世界の門からやって来た、別の世界での人間。あったかもしれない可能性の宇宙と、学者連中は発表していたが、実際はマジな異世界なのかもしれないし真相はよくわかっていない。


 確実なのは、そのせいで多くの人間の平凡な日常ってやつが壊されたという事だけだ。


「なんだ張り合いのねぇ。ココなら、ちったぁ骨のある面白ぇヤツがいると思ったのによぉ。…お?」


 両手の鋭利な爪をカチャカチャと鳴らしつつ、つまらなさそうに欠伸をしているトカゲ、もとい"レプティノイド"の男。四肢にまとわりつく鎖の破片を見るに、どこからか脱走してきたのか…?


 そんな襲撃者が、ふとこちらに視線をよこしてきた。いや、見られても困るけどな。嫌な予感がする。


「新しい獲物ぉ、みーつけた」


 ですよねー…。


「逃げてください、転入生さん。私がどうにかします」

「いや、おまえにも無理だろ…! だいたい、キックで倒せる相手には」

「おまえじゃないです、ルゥです。それと私も…同じなんです」

「なんだって…?」


 前に飛び出た少女、ルゥが胸元のバッジを弾く。それに反応してか、彼女の姿が変わる。人間の姿から、頭部にウサギの耳が生え、強靭な筋力を備えた脚を持つ獣人へと。


 そうか、こいつも《エイリアス》か…! どうやら、あのバッジで見た目を偽装してたようだった。なるほど便利だなぁと、場違いな感想を抱く。


「騙したみたいでごめんなさい。けど、今は逃げて!」

「そんなこと言われたって」


 逃げられるか、と。言葉を続けかけた次の瞬間、ルゥが俺の視界から消えた。文字通り、わずかに残像だけを、視界の端に捉えることができた。


 鋭い破裂音が響く。一発どころではない、何発も何発も。繰り返し、小刻みに。


「速ぃ、速いなぁ、いい速さだァ!」

「黙れ…! 私たちの学園からっ、出てけ!」


 高速で動き回る、否跳び回るルゥの蹴りが次々に"レプティノイド"にヒットしていく。この勢いなら本当に勝てそうだ。ジリジリと、男の巨躯が後退させられていくのが見て取れる。


 が、そう甘くはなくて。


「きゃぁっ!?」

「ルゥ!」


 急に吹き飛ばされて来た少女を、咄嗟に庇って受け止める。受け止めきれずに、地面になぎ倒された。


「ててて…、大丈夫か?」

「なんとか…。ありがとうございます、面目無いです…」


 考えてみれば、仕方ない。いくらエイリアスが強いとはいえ、それはあくまでも地球人基準だ。圧倒的に強い存在は何をしても強いと思われがちだ。しかし、同じ《エイリアス》同士なら、"レプティノイド"は屈強な大男。ルゥはか弱い少女ぐらいの見方で妥当なのだろう。単純に力の差があり過ぎる。


「他に、応援は呼べないのか?」

「皆さん、別の侵入者と戦ってるんです」

 こんなのがまだいるっていうのか。転入初日から散々だな。どうしてこんな目に、とは言わない。まだ想定内だ。


 学園などといっても、その成り立ち上、異世界ど真ん中のような場所なのだし。


「オイオイ、やっぱ甘ちゃんだなァ。弱すぎるぜぇ、ここのガキどもはヨォ。ただの蹴りでオレに立ち向かうタァ」

「黙りなさい。…くっ」


 今の攻防でルゥは足を痛めたか、顔を歪ませながら、よろよろと立ち上がり。それでもなお男を睨みつけている。


 ……この場で俺にやれることは一つだけだよな。


「ちょっと、貴方何を!?」

「あんだぁ、次はテメェか。女みてぇなボウズ」


 ルゥの前に出る。強まる風が砂埃を巻き上げ、さながら西部劇の決闘のような雰囲気。まさにその通り、これは戦いなのだ。文字通り命懸けで、誰かを守るための。


 それだけは俺にもわかる。


「ああ。女の子にだけいいカッコさせられないだろ」

「ダメですよ!」

「くはっ、その手のバカはぁ、真っ先に死ぬぜぇえええぇえええ!」


 ルゥが悲鳴のような声を上げ、男は狂ったように吐き捨て、爪を振りかざして突っ込んできた。


 ……さぁ、自信なんてないけど。始めよう。


 俺の戦いを。


 この世界を守ると、誓ったのだ。手始めに、友達を一人守ってみせようか!!

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