第53界 取り戻すために

『今日この日この時刻をもって、当学園は地球サイドとの決別を図ります。つきましては、各自意思の提示をよろしくお願いします。共に戦うのか、特別地区に避難するのか…。次元関通信も短時間であれば可能です。生徒会長匂王館菊世まで申し出くださいな。--以上です』


 裏山での一件、---新辰一真の死という一報は瞬く間に学園中に広まった。菊世による最後通告と言うべき校内放送が発布されたのは、そこから2週間が経った日のことだった。


 ある者は嘆き、ある者は驚き、ある者は喜び、ある者は。


「どうなってるのさね、鞠灯もりびィ!」

「なんですの…藪から棒に」


 学生たちが使う共用ラウンジ。その一角でいつも通り優雅に紅茶を嗜むユイのもとに、扉を蹴破る勢いで飛び込んできたのはカナミだった。


「お前さん、よくもそんなに落ち着いていられるね!? 一真が死んだって…どういうことなんだ…ウソに決まってる…。決まってるがッ」


 堪えようとしたのだろう涙が、カナミの瞳から零れ落ちていく。勝気で気丈な彼女が見せるその弱さに、ユイも痛ましそうに目を伏せる。だから彼女は伝えなくてはいけない。


「はぁ…。は、生きていますわ」

「なんだって…? そいつァ、ホントかい!?」

「落ち着きなさいな…。人の胸ぐらを掴まないでくださいまし」

「わ、悪ィ」


 そう言いながらもカナミの目は泳ぎ続けている。動揺するのも無理はないと、ため息を吐きつつユイは一枚の写真を見せた。


「彼は今ここで療養中ですわ。傷はほぼ癒えました。が、意識不明なのは変わらずですのよ」

「どういうことなんだい。精神に攻撃を?」

「原因は不明ですわ。こういう時に頼れそうなリモル保険医も見当たりませんし…」


 実際打つ手がない。傷の方は、ホナタやルゥの持っていた獣人専用の傷薬で治ったのだが、目が覚めないのだ。


「肉体は治癒されたのに、魂が行方不明とは…。地球人にはわたくし達とは死の基準が違うとでも?」

「黄泉平坂…」

「ヨモツ…なんですの?」


 カナミの発した、聞いたことのない名称に首を傾げるユイ。


「この世界で言うとこの、死後の世界ってヤツさ。組のもんから話にだけ聞いたことがあってね。地球では人間の魂は、死んだ後そこに収容されるらしいんだ」

「そんな場所が。魂の牢獄とでも呼ぶべき場所ですわね。魂とは自由であるべきですわ」

「お前さんの価値観は知らん。だが、手がかりはもうそこしか」


 なんにせよ、すがれる情報が限られ過ぎている。暗中模索。こういう時、彼ならどうするだろうか。


「諦めない、ですわよね」

「?」

「いいえ。なんでもないですわ。そのヨモツとやらに行きましょう。そして救い出すのですわカズマさんを!」


 と。鼻息荒く意気込んだはいいものの。


「駄目ですわ…。なんにも見つかりません…もう駄目ですわ……」

「諦めねェんじゃなかったのかよ! ったく、しゃきっとしな。図書館程度でわかるネタでもないだろうがい」


 とりあえず黄泉平坂の情報を調べようと学園内の図書館を訪れていたユイとカナミ。


 だがどの書物にもそれらしい記載はなく、あるのは各次元世界におけるその役割を果たす空間についてのみ。


 地球にそういう場所があるかどうか、一切が不明。万事休すかと二人して机に突っ伏していると。


「あらら、二人ともどうしたのですかあ?」

「マイヨ先生。貴女こそ、このような所でどうしたんですの」

「先生は書類整理ですよお。匂王館さんの発言のせいで学園中がてんてこ舞いですからねえ。事務作業も増えて大変大変です」

「生徒会長、匂王館菊世」

「も、守灯さん? 顔が怖いですよ?」

「…なんでもありませんわ」


 正直、一真を殺しかけたあの女を許す気にはなれない。次に会ったら必ず焼き殺す。そのつもりはある。


「先生、ウチらは黄泉平坂っつー場所のことを調べてんだ。何か知らねェかい」

「根ノ国のことですかぁ? この時期ですしねえ、勉強熱心で感心ですよお」

「!? 貴女、ヨモツのことを知っているんですの!?」

「え、ええ。そりゃあ、先生は幽霊族ですからねん。ある種実家のようなものですよお。お盆やハロウィンになるとお小遣いをもらいに行くんですう」


 小遣いって。そんな軽い感覚なのかと、目眩を起こしそうになるユイであったが、そういうことなら話は早い。


「先生。わたくし達は故あってヨモツに行かねばなりませんの。ぜひお力を貸してくださいなッ!!」

「ウチからもお願いするよ。どうしてもそこに取りに行かにゃならんもんがある」

「え、えええええ!?」


 ◯●◯●◯●◯


「……量子の揺らぎを、検知」

「こちらの方角であっているようですね。それにしても、ファイブさん。あの世と繋がる『門』のデータなんてよくキャッチできましたね」

「無問題。元々、ハロウィンという祭事の為調査していた事」

「ですか。私にはその辺りの仕組みはさっぱりなので、助かります」


 学園の裏山。その誰も立ち入らない獣道を、ルゥとファイブは探索していた。一真が死の淵に瀕している事実を受け止めた後、悲嘆に暮れるでもなくこの二人はすぐ行動していたのだ。


「必ず助けますよ、新辰さん」

「肯定。理論上は彼の霊エネルギー波はこの位相に不在。しかし」

「ええ、逆位相の世界…死者の世界でなら新辰さんに会えるわけですね」


 奇しくも、それはユイとカナミがたどり着いた結論と同様。


 そんなルゥとファイブの視線の先には、空間そのものが歪むことで生まれた巨大な “うろ” が大口を開けていた。

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