少女の死
いよいよ、少女の旅が終わる。
彼女は疫病神の呪いから解放されて今、自由の身となる。
希望が見えた矢先、目の前を黒い影が横切った。
敵の気配。
戦慄が頬を撫で、即行で身構える。
しかし、そのときには大量の兵士が、二人を包囲していた。
「そんな……」
ジェシカが身を固める。
彼女にとっては大勢の敵に囲まれて、絶望するしかない。
クリスも似たような気持ちである。
彼にとっては厄介という感覚が強いのだが。
「単独で攻略できないのなら、大勢で攻めるのみ」
兵士の影から女騎士が、ぬっと姿を見せる。
「あなたは悠長。だから私たちに追いつかれる」
彼女が咎めるような口調で、クリスの慢心を指摘した。
「油断?」
「そうだよ。まったくもって、その通りだ」
潔く認める。
すると女騎士はかすかな驚きを表に出す。
クリスの返答が意外だったのだろうか。何度か瞬いている。
とはいえ、ほかに口にすることもないらしい。
女騎士は静かに腕を前に出す。
兵士は従い、一斉に動いた。
彼らは杖を青年へ向ける。
その先端から、光線を発射。
赤・黄色・緑――まるで、虹のよう。
だが、のんきに見とれている場合ではない。
次の瞬間、クリスは光線で貫かれた。
衝撃と灼熱の痛み。
体に穴が空き、血が滴る。
ナイフが刺さった酒樽のようだった。
「ああ……!」
動揺の声が聞こえた。
クリスはうろたえない。
傷はすぐに再生する。
火の鳥の力だ。
『汝、「再生するから問題ない」と、思ってはおらぬか? 妾がおらねば即死だぞ』
「大丈夫だって。君がいなくなったら、ちゃんと対応するから」
『縁起でもないことを言うでない』
話している間も、炎が傷を癒やす。
その様を見て少女は驚愕に表情を張り詰め、息を呑んだ。
クリスはそちらをチラリと覗く。
ジェシカは信じられないものを見る目をしていた。
そういえばと思い出す。彼女には自身の力を見せたことがなかった。
しかしながら、気にかける暇はない。
一方で、兵士は次の攻撃へと移ろうとしている。
「降参せよ。足手まといを守りながら戦うのは無謀だ」
彼らの真ん中で、女騎士は提案を繰り出す。
従えば見逃すと言っているが、クリスに聞く気はない。
「足手まとい……」
か細い声が耳に飛び込む。
少女が瞳を震わせていた。
深刻そうな顔をした彼女を見て、クリスは焦る。
早まったことをするのではと。
「私を捕らえてください」
クリスが動くよりも先に、ジェシカが飛び出す。
彼女は青年を庇うように両手を広げた。
「待つんだ」
クリスが呼び止める。
少女が振り返った。
彼を睨む。
両目から鋭い光がこぼれた。
「相手を頼れと言ったのは、あなたのほうでしょう?」
かすかな怒りと決意のこもった発言。
クリスはようやく悟る。本当に突き放したかったのは、少女のほうだと。
第一、泉を探す最中も、彼女は話していた。
自分を見捨てろ、構うなと。
「本当は投げ出したくて、仕方がなかったんでしょう? なら、いいじゃない」
口元が緩む。
慈愛に満ちた笑みだった。
「あなたも、これで解放される」
クリスは言葉を返せなかった。
解放されたり。
自由でいたい。
一人でいい。
少女は明確に彼の本心を言い当てた。
なんともいえない気持ちを懐きながら、青年は口を閉じる。
そもそも、ジェシカはおのれの意思で前に出た。
こちらに彼女を止める権利はない。
少女は前を向いて、歩き出す。
直後――
「放て」
女騎士が腕を下ろす。
兵士が光線を発射。
中心に立つは、少女。
瞬間、青年は察した。
瞳が揺らぐ。
鼓動が加速する。
ジェシカの顔がフラッシュバックした。
脳内の映像にノイズが走る。
墨のような闇に飲まれて、少女の顔が消えた。
炎がジェシカを包む。
火炙り。
かつての自分が処刑されたときのよう。
一瞬の内に少女は視界から消えた。
地面には焼き焦げた物体が転がっている。
くすぶった臭いが鼻を突き抜けたが、なにも感じない。
ただ一つ、事実を受け止める。
彼女は死んだ。殺された。
愕然。
驚愕。
呆然。
目の前が真っ白になった。
「少女は国に災厄をもたらす者。彼女の始末が、我々の使命」
無表情を顔に貼り付けたまま、女騎士がクリスへ語りかける。
「幸福だ。彼女の魂は浄化された」
少女は死を迎えて、救われた。
分からなくはないが、納得はできない。
どうせなら、もっと穏やかな最期でもよかったはずだ。
もやもやが止まらない。
「任務、遂行」
女騎士は肩から力を抜く。
彼女の闇にとらわれたような黒い瞳は、いまだに青年をとらえて、離さない。
「要求。我々と共に来るか否か」
敵対していた者に対する問いがこれとは。
クリスは苦笑を漏らす。
「少女なき今、我々とあなたの関係はフリー」
まるで少女を邪魔者だと思っていたかのような、言い回しだ。
実際に彼女にとってはそうなのだろう。
「あなたは悪人にあらず。ならば」
「ああ――悪いけど、断るよ」
クリスは頭をかきながら、切り捨てる。
「性に合わないんだ。仕事とか嫌だし。もっと気ままに生きていたいんだ」
平然と答える。
女騎士は首をかしげた。
「疑問。あなたはなぜ我々を恨まない」
そんなものは自分でも分からない。
クリスはしばし、無言になる。
相手も聞き出そうとはしなかった。
「撤収」
女騎士の声に従って、兵士はまず、遺体を回収。
それから足並みを揃えて、去る。
彼らの姿は木々に飲み込まれるように見えなくなった。
剣は向けなかった。
復讐する気にはなれない。
これは自分の責任。
自分が悪かった。ただ、それだけのこと。
その後、クリスは泉で体を清めた。
しかし、すっきりとはしない。
頭の裏側に炎が――処刑された日の光景が焼き付いて、離れない。
おのれの体内に火の鳥を冠する悪魔が、眠っているためだろうか。
赤く焼けた空を見上げながら、青年もまた歩き出す。
動く足首。
火の鳥の紋章がルビーレッドに輝いた。
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